『会報 2011年3月号』(発行:東京都社会保険労務士会)より

 

労災認定 精神障害より自殺した事案(7)

 

平成22年、全国で自殺した人は3万1,560人にのぼり、これは毎日86.5人が自殺していることになります。前年対比では若干減少しましたが、未だに13年間連続で3万人を超えるという痛ましい記録です。自殺者の特徴は、45~64歳の働き盛りの年齢層で山を形成し、40歳代、50歳代は経済・生活問題が自殺理由のトップを占めています。今回の事案は、過重な労働時間が理由ではありませんが、粉飾決算を求められたケースと、仕事上の不利益と業務以外の負荷によるケースで自殺に至ったというものです。1つは労災認定され、もう1つは認定されませんでした。認定された/されなかったのポイントを中心にまとめてみたいと思います。

 

1.必要経費の捻出で粉飾決算を求められたケース

(1)事案概要

被災者は港湾運送業の現業部門に採用され、22年後、取締役支店長として経理を担当していましたが、ある日、勤務後に所在不明となり、「粉飾売上を計上した」旨のFAXを会社に送信、駐車場で縊死しているのが発見されました。

(2)被災者の心理的負荷の原因

精神障害部会の意見書では、自殺する1週間前ごろからうつ状態に罹患していたと推察され、ICD-10『うつ病エピソード(F-30)』に該当するとし、精神障害に伴う自殺念慮により自殺を企図し、死亡したとされました。

被災者は次の2点による業務上の心理的負荷により精神障害を発症したと主張されました。

①長時間労働で過剰な業務負担を強いられた。

②粉飾売上を計上せざるを得ず、未清算による損失が生じて心理的負荷があった。

 

被災者の労働時間の確定は困難でしたが、勤務が深夜に及ぶ恒常的な長時間労働の実態を認めることは困難とされました。会長宅の雑務や麻雀は、これを業務命令による労働と認めることは困難であり、心理的負荷を評価する対象とはなり得ないとされました。

粉飾売上の件は、「仕事の失敗、過重な責任の発生」に該当します。暴力団による出入り手数料など、必要な経費であることを説明しても会長は取り合わず、そればかりか、支店の必要経費であった未清算仮払分を被災者に押しつけた、とのことでした。

これに対し会長は、被災者が過去に会社の金を使い込んで自殺を図った前歴や離婚問題でサラ金に走った旨を陳述し、両者の主張は大きく食い違いました。

(3)心理的負荷の強度は「Ⅲ」

そして、借金のため会社の金を横領したか否かが検討されましたが、被災者が会社の金を使い込みしたことを裏付ける証拠はなく、サラ金から借金した客観的な事実も認められませんでした。結果、会長の指示により帳簿上載せられない必要経費を捻出するため、粉飾決算を実行せざるを得なかったと考えるのが妥当と判断されました。

被災者は、粉飾計上が清算不能となったことに責任を感じており、この出来事は心理的負荷の強度が「Ⅲ」と判定されました。一方、個体側要因は、精神的脆弱性は否定できないが、特に問題は認められませんでした。

以上を総合して、被災者の精神障害は業務による強度の心理的負荷が有力な原因となって発症した精神障害により自殺に至ったものと判断され、労災認定がなされました。

 

業務上の負荷としては、深夜に及ぶなどの長時間労働が代表的なものですが、このケースでは長時間労働ではなく、粉飾決算の責任による心理的負荷で労災認定がなされています。精神障害発病の原因は多角的に考えることが必要なんですね。

 

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