「なぜあの人はタフなのか」中谷彰宏著より。

振り返ってみれば、今までいくつもの趣味を楽しんできた。しかし、それらは本当に趣味と言えるかどうかあやしい。何もかもが中途半端だったような気もしてくる。

飽きてしまうまで徹底的にやったものなどなかった。“飽きた”というよりむしろ途中で放り出してしまったかもしれない。その時だけ楽しんで身についた趣味などほとんどなかった。

中谷氏は飽きるまでやったなら、そのあとは好きになるか嫌いになるか分かれるという。考えてみれば自分は飽きっぽかったので、短期間で飽きる前に“諦めて”いたようだ。

結局早い段階で飽きたものは本当に関心や興味がなかったことに違いない。“飽きる”と“諦める”は似ていそうでまったく違った言葉だ。

勉強でも仕事でも趣味でも飽きるまでやり続けられる人は幸せな人だろう。私の場合はたいてい短期間で挫折してしまっている。何事も長くは続かない。熱しやすく冷めやすい性格でもあるし・・・。

そう考えると飽きるまでやれるということは、タフでエネルギーが必要なことでもありそうだ・・・な。