晴れ「人を動かす文章術」齋藤孝著より。!?

気づきとは、発見でもあるのだった。もし課題を与えられて当たり前の意見しか書けなければ、何の印象も残らない。誰もが同じような意見だったら意味がないだろう。

むしろ独自の意見があれば、それをどう表現するかが大事だった。新しい意味を見出すというのが、書いて発表するための目的だろう。

ほかの人が気づいてないような部分を取り上げて書いていくというのも大事なことだろう。つまりどこにスポットを当てるかということだ。

たんなる賛成、反対、善悪ではない部分にどんな意味合いを見出せるかということもポイントかもしれない。光る文章はやはり深い考えがないとできないことだ。
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晴れ「人を動かす文章術」齋藤孝著より。ひらめき電球

これは、文章術というものに関してのことを言っている。もし、小論文をかくという場合、それなりの引用があれば説得力も増すからだった。ある意味客観的な意見ともなる。

むしろそれが引用されることで、読み手にはホー!と驚かせることもできる。それはいい意味での驚きだった。むしろ強引な引用でも内容にふさわしければ評価されるようだ。

筆者の採点の経験では、全体の八割の小論文は「平凡」で、うち二割は正直ひどいレベルだそうだ。

非凡と呼べるのは上の二割程度だったのだ。「光っているな!」と感じさせる小論文は、ここのゾーンに入るのだった。やはり、日常でもこれを目指したいものだ。
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晴れ「人を動かす文章術」齋藤孝著より。パンチ!

筆者は、本というものに対してあまり過大な期待を持ってはいけないと述べている。そこで、おみやげを一つ持って帰れれば上出来だという。

ここでの、おみやげ(=気の利いたセリフ)という表現は実に面白い! しかも、その一つのセリフで、文章が一本かけたら、おトク感があったと思っているそうだ。

確かにそうかもしれない。今書いているフレーズもそうだ。ちょっと気になったフレーズが見つかったら、それについて書いているだけで、一日の日記にもなるからだ。

なかなか一冊の本を読んだとしても、印象に残る言葉に出合うのは容易ではない。むしろ、小説よりも自己啓発の本のほうが、気になるフレーズは多い。やはり、小説だと話しにのめりこんでしまうからだろうか。
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晴れ「人を動かす文章術」齋藤孝著より。爆弾

小説を読んでいて、最後に結論がはっきりしていないものがよくある。しかし、それがある意味余韻となって印象に残る場合も多い。

単なる善悪だけではなく、話の深さを味わうことも醍醐味なのだろう。つまり人間がしっかり描かれているかどうかが、小説家の力量だというが、なるほどと思える。

人間をどう描けるかが大事なことだった。人間の生きざまが、あらゆる出来事や言葉で表現できている作品ほど評価が高いといえるのだろう。

作者の経験や考え方の深さがどれほどあるかで、話にも深みがでてくるのだろう。それは誰にでも容易にできることでないからこそ、プロは一味違うといえそうだ。
くもり「選ぶ力」五木寛之著より。クラッカー

宝くじ売り場の前を通ると、ここで○億円が出ました!などということが書かれているのをしばしば目にする。それはセールスのためのアピールでもあるだろう。

似たようなことが、本にも言える。○○賞受賞作品というのも、販売の目的には大きい宣伝になる。それまでまったく無名の筆者も一夜にして知名度が上がる。

それは専門家が評価したというお墨付きでもあるから、安心して買うこともできる。映画も同様で、アカデミー賞受賞作品ともなれば、主役も作品も監督も知名度は一気に上がる。それも大きな宣伝効果だ。

多くの人がそれなりに評価したものであれば、レストランでも車でもなんでも、興味を持たれるのは当然なのだろうな。
くもり「選ぶ力」五木寛之著より。ニコニコ

すでに80歳をいくつか過ぎた大作家がこういうのだから、それは誰にもあることだ。選ぶということで思い出すのは、学生時代の試験の問題だった。そこには選択せよという設問が必ずある。

あまり勉強していなければ、どちらとも取れそうな選択肢ばかりのようにも見えたものだ。それでもどれかを選ばなければならない時は、鉛筆や消しゴムを転がすということもあったかもしれない。

筆者の五木氏は大学も中退せざるを得なかったようだが、氏の作家仲間には授業料も払えずにそうなった人も多いようだ。ちゃんと大学を卒業できた人には、堅気のコースを歩んだ人が多いらしいが、五木氏はそれができなかったので、物を書いて生きる道を選ぶしかなかったという。

その後の努力と才能と素晴らしい出会いがあったからこそ、作家として成功したのだろう。しかし、競馬などの勝負ごとには向いていなかったと振り返っている。
くもり「選ぶ力」五木寛之著より。!?

今は読みたい本があれば、自分から調べて手にすることができる。また流行っている本があれば、それも容易に読むこともできる。本から選ばれるとは、どういうことだろうかと思った次第だ。

人の場合は、自分が選んだからといって、向こうも選んでくれるわけではない。友人関係なら、自分が気に入った人とだけつき合えばいいのだろうが、仕事ではそれが難しい。仕事と思って割り切って、チームのなかでやっていくしかないのだろう。

また配偶者を選ぶというのも、その後の人生に大きな影響を与えるものだろう。その場合、まったく一方通行はあり得ない。お互いにある程度の妥協もあるものだ。選ぶと同時に選ばれているということも振り返る必要があるのだろう。

相手を一度決定したら、なんとか折り合いをつけてやっていくしかない。その中でお互いの価値観を見つけ出していくのがいいのだろう。
晴れ「選ぶ力」五木寛之著より。あし

こんなことは、まったく意識していないが、朝起きた時からすべてが選択の連続だと気づかされる。着るもの食べるもの、その量など無意識でやっていることがほとんどだ。

選ぶとは、意思決定することとイコールだろう。だから、単にAかBかだけではなく、無数の候補から決めなければならない時もある。自分が安全で少しでも快適な通勤をしたいと思えば、そのためにもいろいろな選択の必要が出てくる。

もし、それを面倒だと思っていたら、精神的にも参ってしまうだろう。むしろ選ぶことが楽しいとなれば、気持ちも軽くなるものだ。

先日はバスの中で、話をしている人がいて、嫌でも聞きたくもない駄話が耳に入ってくるのが迷惑で苦痛でもあった。そんな時には耳栓でもあればと思った次第だ。

聞かないようにできる選択もあるべきだと痛感したものだ。周囲の人もきっと同じ思いだったろう。まったく空気を読めない人間は迷惑なものだ。
くもり「人を動かす文章術」齋藤孝著より。 音譜

想像力を膨らませて、アイデアを連鎖させることが書く際のポイントの一つらしい。ここでは、落語が引き合いに出されていた。

春風亭昇太師匠には「花粉寿司」という演目があるという。もしも、寿司職人が花粉症だったら、という噺のようだ。もう、これだけで面白そうだと思える。

まったく、想像できないことをつなげてしまい、話を展開するのだ。発想が芋づる式につながって出てくれば実に気持ちがいいことだろう。

まずは頭に浮かんだことを書いてみることから始まるようだ。実際に書きはじめると、途中でさまざまなアイデアが浮かぶことも多い。アイデアの連鎖を大事にしたいものだ。
雨「人を動かす文章術」齋藤孝著より。叫び

これは何とも新鮮に感じる意見だった。文章を書く場合も、あたりさわりのないものだと、印象にも残らないし、説得力にも欠けるだろう。

筆者は、無理や歪みが一切ない整然たるものというのは面白くもなんともない、と語っている。むしろ、なんでこれ!?と驚かれるようなものを文章に放り込んでおくべきだという。

たとえば、映画「アバター」の映画評を書く際に、もし吉田兼好の「徒然草」を引用したら、「無理でしょ、それ」と思うかもしれない。それがどこかでつながったら、とも述べている。

普段から幅広い知識を持っているほど、関心の幅が広いほど柔軟性のある文章も書けそうだ。