ちょっと気になるフレーズ

自分の身の回りで気がついたちょっと気になるフレーズに少しだけコメントつけてます。
意外に何気ないところで目にしていますね。
もしかしたらそんな言葉が、心のビタミンになるかも・・・

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晴れ「笑われた人が、ヒーローになれる」中谷彰宏著より。てんとうむし

この本の元の題名は「顰蹙のススメ」だった。たとえ読めても書くのは実に難しそうな漢字だ。目次を見れば、その題名だった理由もわかる。そこには次のようになっていた。

第一章「正しいヒンシュクの買い方」。第二章「ヒンシュクモノが、時代を変える」。第三章「ヒンシュクモノが、成功する」。第四章「ヒンシュクモノが、夢を実現する」、というふうになっていた。

たまにヒンシュクという言葉を耳にすることはあるが、あまり深く考えたこともなかった。筆者はヒンシュクを買うということは、スキを見せることだという。意外に簡単そうだが、それを意識的にやるのは難しいのかもしれない。

たまに、同僚でもおバカなことやっているな、と思われる人は、多くの人に好かれている。また人望もあったりする。やはりある程度人からツッコまれるような人が友だちも多いのだろう。

逆にあまり完璧すぎるように見える人には近づきにくいものだ。自信があればこそ、スキを見せられるということも言えそうだ。よほど自信がないとヒンシュクを買うことはできない、というのも面白い考え方だと思った次第。
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雨「齋藤孝の30分散歩術」齋藤孝著より。カメ

「子ども力」とは、また面白い表現だ。確かに子どもの頃は、外に出て動き回り、走り回り、歩き回るのが楽しかった。

何の目的もなく自転車を乗り回していたこともあった。しかし、大人になるにつれて、そんなことが面白いとは感じられなくなってしまう。

歩くもことも単なる移動に過ぎなくなってしまっている。そろそろもう一度歩くことの楽しさを取り戻したいものだ。

歩くことは楽しいことだと意識すれば、子どもの頃の感覚を思いだせそうだ。また新鮮なものの見方もできるかもしれない。

やはり何かある程度の目的意識を持って散歩するのがいいのだろうか。身近で何か新しい発見でもできれば楽しそうだが。

そういえば、作家の森村誠一氏は散歩にはデジカメを持って、写真俳句を作っていたな。すごい創作意欲だ。何かを記録するのもいいのかな・・・
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晴れ「齋藤孝の30分散歩術」齋藤孝著より。ウサギ

私たちは、錯覚あるいは身体の感覚に支配されがちな生き物らしい。もし体が爽快であれば気持ちもやはり軽くなりやすいものだ。

気持ちは身体の影響を受けやすいというのもよくわかる。だから歩くという運動でさえも、気持ちを変えてくれるようだ。

健康ということを考えれば、歩くということも楽しい仕事と考えてしまうこともメリットがありそうだ。一日のうちで、30分から1時間程度を健康維持のために使うのは必要なことでもあったのだ。

しかし、ただ30分を義務で歩いても面白くはないと思えるが。実際に歩くことを継続するとなると、それなりの工夫も必要になってくるだろう。通勤だけじゃまだ足りないか・・・
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晴れ「齋藤孝の30分散歩術」齋藤孝著より。ブーケ1

ここでは歩くこととアイデアの関連について述べられていた。散歩でもその途中で目にしたものなどを記録しておくと、さらに考える内容も深まるという。

そんなこともあるなら、散歩の効用とでもいえそうだ。つまり筆者は記録は「クリエイティブウォーキング」の基本だと言っている。

ウォーキングがクリエイティブに影響を与えているというのも面白い考え方だ。それは、いつもなら意識してなかったことにも注意が向くようになるからだった。

散歩の記録をつけることは、スポーツ選手がトレーニング日誌をつけるのと同じことで、目標設定にもつながるらしい。これは継続できればいい習慣とも言えそうだが試してみる価値はありそうだな。
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くもり「齋藤孝の30分散歩術」齋藤孝著より。ヒツジ

現代はひとりになる時間は案外持ちにくいものになっている。逆にひとりのプライベートな空間をもつことは価値があるということにもなる。

たとえば外に出て歩く時間はひとりになれる時間でもあった。考え方によってはパーソナルスペースを異動させているということになる。

つまりひとりで歩く時間は積極的なひとりの時間がキープできるということでもあった。人と一緒にいて楽しい時間もあれば、ひとりでいて楽しい時間もあるものだ。

あまり夜の時間にひとり歩くことはないが、そんな時はまた別の発想が浮かぶのだろう。昼間と夜間とでは発想も異なるのかもしれないな。
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晴れ『なぜ、タモリさんは「人の懐」に入るのがうまいのか?』内藤誼人著より。ヒツジ

たかがという意識を持つと、肩から力が抜けるそうだ。実際にほとんど口にしたことはなかったが、これはいい方法だとも思える。

タモリさんは、テレビを“虚業”だと考えているようだ。そこで、「たかがテレビ」と考えると、肩の力が抜けて仕事ができるそうだ。

私たちも仕事で困難なシーンがあっても、その仕事を飲んでかかれればいいのだという。つまり「たかが、こんな仕事・・・」というふうに。

もし、「たかが・・・」とつぶやいてみて、それで達成が難しいと思われた仕事もなんとか切り抜けることができるならもうけものだろう・・・な。
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晴れ『なぜ、タモリさんは「人の懐」に入るのがうまいのか?』内藤誼人著より。てんとうむし

ここでの小タイトルは「知的に見えるような会話をする方法」となっていた。確かにタモリさんは、多くのタレントの中でも知的な感じがする。

さまざまな方面の知識が豊富だと感じることも多い。インタビューをしていても誰とでも、会話を弾ませることができる。頭の中に知識を詰め込んでも、それを外に出さなければ、相手に教養は伝わらない。

そのためには、積極的に、本を読んで覚えた知識は人に披露するといいらしい。しかし、本を読んでもかなり忘れてしまっていることが多いかも。

もし、しっかりと話せれば、自分の知識として身についていることも確認できる。タモリさんは「知識は持っているだけではダメだ、使いこなせ」と語っている。

筆者によれば、たとえある程度あやふやな知識であろうと、話すときはハッタリでもかまわないそうだ。遠慮することなく、知性の演出を心がけるのもいいようだが・・・
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くもり『なぜ、タモリさんは「人の懐」に入るのがうまいのか?』内藤誼人著より。チューリップ黄

このセンテンスのつづきは「・・・しなければダメである。」となっていた。タモリさんの仕事は、連日忙しい。テレビやラジオの収録の時だけでなく、その準備やリハーサルでもかなりの時間を拘束されている。

それにもかかわらず、驚くほど多趣味で、話題も豊富だ。もともと趣味として、いろいろなことを調べるのが好きだそうだ。化石、仏典、地図、坂道、オーディオ、散歩、鉄道・・・などなど。

趣味に没頭できるからこそ、精力的に仕事をしようというパワーも生まれているようだ。仕事が忙しくて、趣味の時間がとれないといっている間は逆に仕事の能率も落ちてしまうらしい。

筆者は、趣味に没頭できるかどうかは、その人がどれくらい創造力のある人かどうかのバロメーターになっているとも語っている。創造性を増すためにも趣味は持ちたいものだと思った次第。
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晴れ「モチベーションを思うまま高める法」小山龍介著より。カエル

サービスでもそれをすることによって、相手が喜んでくれるとそれだけでも嬉しく感じるものだ。その積み重ねでよりよいサービスに努めようと思ったりもするのではないだろうか。

相手の笑顔が何よりの喜びにも感じられることもあるものだ。すると今度は進んで相手が喜びそうなことを考え出したいとも思う。これはいい連鎖だとも思える。

同じようにボランティアでも、労働を提供すること(つまりここでは贈与という表現もあったが)で、そのことが社会的に役立っていることを実感出来れば、それが報酬とも考えられる。

報酬がないことで、純粋にその労働を楽しもうという気持ちも生まれるようだ。やりたいことをやることに意味があるのだろう。目的は感謝ではないというところがポイントとも考えられる。
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晴れ「モチベーションを思うまま高める法」小山龍介著より。電車

つまりこうした、創造的な生き方は「クリエーターとして生きる」ということでもあった。べつに一部の芸術関連の仕事をしている人に限らなかったのだ。

小山氏は、モチベーション管理として、大きく3つのことを取り上げていた。それらは、「成長実感」「熱中」「ひらめき」だった。仕事がスムーズに行くようにその方法を考えることも含まれていた。

報酬のために仕事をする、というよりむしろ仕事がおもしろいから仕事をするのだそうだ。これができれば理想的だろう。ここで、筆者はややユニークな表現を用いていた。

それは、「人生のコンシューマーになるのではなく、人生のクリエーターになるべき」だという。つまり受動的に生きるのではなく、能動的に生きるべきだと提案している。それがクリエーターだったのだ。

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