くもり「怒らない人は、うまくいく」中谷彰宏著より。ニコ

確かにそれは言えるだろう。怒られれば気分は悪くなる。すると怒りたくなってしまうものだ。ああ言えばこう言うが続いてしまう。

そのうち、言い方が悪い、態度が悪い、対応の仕方が悪いなど本来の問題からそれてしまうことも多いだろう。それが怒りを増幅させてしまうのだ。起こらないコツは、単純に怒り返さないことだという。

客観的に見えているうちは、怒ることはないようだ。怒りっぽい人は、客観というと「人からどう見えるか」だと思ってしまうようだ。

正しい客観は、「離れたところで、自分が自分を見ることだった。つまり、自分が自分を冷静にみることができているうちは、怒ることはないのだった。

 

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雨「怒らない人は、うまくいく」中谷彰宏著より。爆  笑

こんな考え方はしたことはなかった。出来事とはたとえば、レストランで食べたい料理が品切れだったというようなことだった。

その時にムッとするかニコッとするかは感情次第だった。それは自分で選べることだった。別にムッとするのが当たり前だと考えることではなかった。

ニコッとするのも選択肢だったのだ。いくらムッとしたところで、事態が変わるわけでもなかった。むしろ相手も不愉快になってしまうものだ。

 

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雨「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。イヒ

いきなり、こんな数字が出てきたがこれは、この本に気づく人が全体の30%としたら、読み通す人は3%と想定している。しかも、行動に移す人は、0.3%だろうという考えだった。

だから、人生を変える扉を開けるのは、行動する0.3%の人ということだと筆者は主張している。

「早起き」×「読書」×「伝える」のスイートスポットに入って、人生を変える扉を開ける人は1000人のうち3人だというのだ。これはちょっと面白い考え方だとも思える。

あるいは、すでにこの本を読まなくても、意識しなくても、それを実行している人も多くいることだろう。

別のことでも言えそうだ、早起き、散歩、記録でも別のスイートスポットが考えられる。早起きでなくても、写真、ネット、交流でもまったく別の交流や発想、ヒントも得られそうだ。

いずれにしても、思い付きに価値を見出して、継続行動できるかどうかがポイントだろう。

 

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くもり「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。UMAくん

筆者は「自分時間」は、自らつくり出すものだという考え方だった。人それぞれ置かれている状況は異なるから、自分時間をつくるのは難しい人もいるだろう。

早寝早起きができればそれも可能だともいえる。自分で自分の時間をコントロールできるならいいが、家族がいたり体調の状況でも異なってくるだろう。

いずれにしても、仕事などの「他人時間」だけで過ごすのはもったいというのは確かだ。毎日30分でも1時間でも自由になる時間を重ねれば、一年では膨大な時間になる。

ここには、イラストがあった。1つは「他人時間」に流される人生だった。そこには、時間がないよー、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃとあった。

もう1つは、「自分時間」を泳ぐ人生だった。そこには、人生楽しいなー、あれもやりたい、これもやりたい、とあった。

大きな違いは「流される」と「泳ぐ」だった。これはまったく正反対のことだった。できれば自主的に泳ぐ人生でを選びたいものだ。

 

晴れ「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。びっくり

「伝える」際に気をつけることは、「楽しみながら伝える」ことだった。だから、仕事に結び付くかなとか、人脈を増やそうと考えてはいけなかった。純粋に相手が喜ぶかどうかだけを考えて自分が楽しんで伝えればよかったのだ。

確かに自分が考えたことを伝えることは楽しいことだった。しかもそれが自分独自のもので人がやってないことならなおさらやる気も起きる。

かつて営業の仕事をしていた時には、そんな考えでハンドメイドの粗品を考えてコミュニケーションを楽しんだものだった。結果的に仕事が実にスムーズに進んだことを思いだせる。しかもやったことが形として残っているのはありがたいとも思える。

単にその時の営業数字が上がって評価されようとも、半年ごとにご破算になってしまい。またゼロからのスタートになってしまう。やったことは何も残らない。どうやったかもいつしか消えてしまう。

しかし、手作り粗品は目に見えるものとして残せる。書いたものは紙でもネット上にほとんど残っている。その頃何を話題に話したかもそれを読めば思いだせる。

 

晴れ「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。UMAくん

ここでは読んだ本の内容について、どこでそう人に伝えるかということについて述べられていた。大きく1、リアルの場で伝える。と2、ネットで伝える。の2種類があった。

リアルの場とは、友人や家族に話してみることがある。また読書会に参加するのもあった。簡単なのは身近な人に話すことだろう。

ネットでは、ツイッター、フェイスブック、ブログ、メールマガジンなどがメインだろう。私はFBとブログはやっているが、継続できているうちは面白い。また反応があると励みにはなるものだ。

書き方のポイントは次の3つだった。何について書かれた本であるか。著者は何を主張してのいるのか。自分自身はどう感じたか、の3点を中心にまとめると書きやすいそうだ。

 

晴れ「雑談力」百田尚樹著より。やぎ座

面白く話をするためには、まず自分がよく理解していることが先決だった。自分がいくら感動しても、それをしっかりと人に伝えるのはそうそう簡単ではない。

どこの部分から話すかも大事なことだろう。細かい部分を話しても全体はわかりにくい。まずは映画の全体像をしっかりつかむことだった。

たとえば、「七人の侍」なら、「この映画は、戦国時代に貧しい百姓のために立ち上がった無名の七人の侍たちの物語です。・・・」というふうに始めればわかりやすいようだ。

見た映画について人に話すためには物語を頭の中で再構築することが必要だった。それはどんな話をする際にも役立つという。

 

晴れ「雑談力」百田尚樹著より。ゲラゲラ

これは話が上手くなる一番の方法だと筆者は述べていた。もちろん話だけではなくすべてのことに言えることだった。しかし、ふだんは意外にそれを忘れてしまっている。

人に面白いと思われる話を披露する場合、事前に何度か同じ話をして、人が面白がったところをさらに膨らませて、退屈したところを短くすればいいのだそうだ。

そこで、かつてのタレント島田紳助の例を出していた。彼は座談の名手だそうだ。彼の場合はローカル番組で練習をして、どのネタが受けてどのネタが受けなかったかを見ていたのだ。それでメインの番組でそれを披露していたらしい。なるほどと頷ける。

落語かも。ネタを何度も高座にかけているうちに上達していくのだった。それで間や盛り上げ方、話のテンポを考えているらしい。話芸以外でもピアニスト、バレリーナ、大道芸などパフォーマンスはすべて同じ要領だったのだ。

 

晴れ「雑談力」百田尚樹著より。アップ

いろいろなものを読んで知識が多いほど、話すことができる。つまりネタを仕込んでいることが大事だった。それは本を読むばかりではなく、人の話を積極的に聞くことも大事だった。それは積極的な聞き役という意味だった。しっかりと質問できることで記憶にも残るものだ。

まずは面白い情報を仕入れて、その後に大事なことは話術だった。面白さの7割以上が話術だと筆者は語っている。それはある意味自信を持って話すことも入るだろう。

落語にしても、繰り返すことで話がブラッシュアップされてより面白くなっていくようだ。結局コツがあるとすれば、実践あるのみだった。間、抑揚、リズムは繰り返すうちに身につくという。

 

晴れ「雑談力」百田尚樹著より。トリ

人に面白い話をする際に大事なことは、自分の感性に自信を持つことだった。もし話す内容が曖昧だったり、自信なげに話せば、人は一生懸命に聞いてはくれないようだ。

人はどういうところで感動するのか、どういうところで笑うのか、どういうところでビックリするのかが分かっているのがベストだった。それでこそ面白い話になるということだそうだ。

まず、自分ならどこで感動し、笑え、驚くかを知っておくということだろう。自分がそうでなければ、人はまったく聞いても何も感じないだろう。

自分が面白い、興味深いと思うものは、きっと人も面白いだろう。まずは自信を持って話すことだった。練習かな。