キックオフ! | 小心記

キックオフ!


昨夜おそく、メールをチェックしたら父から訃報が届いていた。
田舎のじいちゃんが亡くなったそうだ。その日の朝も鶏の世話をして、ちょっとひと休みという感じで庭の石段に腰掛けて、そのまま眠るように亡くなったそうだ。
96歳の大往生。
お正月だろうがお盆だろうが、一日も休まずにお百姓として働きつづけた人生だった。私の身体にはじいちゃんの血が流れ、じいちゃんが作ってくれたお米で健康に生かされて来た。
戦争を体験し、貧しい時代を生き抜き、たくさんの子どもを育て、牛や鶏を世話し、米や野菜やしいたけをを育て、毎晩必ず酒を呑み、夜明け前に起きて働いていた。
数年前には最後の思い出にと東京に来てとある大事な用事を成し遂げ、そのことを何度も何度もうれしそうに話していた。アンドリューを田舎に連れて行ったときにも、やや不思議そうに興味深くいろんな話をしていた。

じいちゃんは最期の日まで働いて、自宅の庭で亡くなった。
そんなふうな死に方をできる人はそう多くはない。つい先月くらいまで短い入院もしていたが、最期が家でよかったと思う。田んぼの神様がそのように計らってくれたんだろう。
お葬式にも駆けつけることが出来ないが、じいちゃんの冥福を心より祈る。
私に命をくれてありがとう。
じいちゃんからもらったこの命、大事に精一杯使い切ります。

さて、今朝もなんだか早くから目が覚める。
前の滞在者が残していったらしい玄米を発見したので、今日はごはんを炊いてみる。
やっぱり米よね~。じいちゃんの米とはまったく似ても似つかぬが、それでも米はありがたい。

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はなびちゃんが文豪の書斎と名づけていた小さな机が私の食卓。

ちゃんと食べてちゃんと仕事。今日もオーランドはいい天気。

ロビンが自転車のパンクを修理に持って行ってくれたそうで、タイヤには釘が刺さっていたとか。オーランドでは四六時中あちこちで道路工事などをしているので、つい昨日あたりにもロビンの車のタイヤに釘が刺さってパンクしたばかり。なんとか気をつけよう。ありがとうロビン!

時間を逆算していたつもりが、ふと気がつくと間違えていた。
やばい!6時には劇場に集合してなくちゃならないのに!
大慌てでメイクを始め、がんばって30分で完了。水とカメラと音源と、えーとえーと、あとなんだっけ!忘れ物がないように気をつけて、荷物を抱えて自転車で出発!
今夜はいわゆるアウトタウナーのプレビューショー。各カンパニーが持ち時間2分でそれぞれの宣伝ショーを行う、映画でいう予告編みたいなものだ。むしろこの予告編がどんどんたくさん見られるので、これが一番面白くてフリンジらしいとも言える。私はどこのフリンジでのこのプレビューが大好きで、得意でもある。

自転車で無事に劇場に到着し、親切な人が手伝ってくれて大きなゴミ箱にチェーンでつなぐ。

楽屋に入ってステージマネージャーのブリトニーにチェックインをして音源を渡し、キューについても伝えておく。昨年のおさらスープと同じく、私の出番は1番最初!
今夜のプレビュー全体を盛り上げるオープニングアクトだ。責任重大。

舞台裏には続々とアーティストたちが集合し、メイクしたり衣装に着替えたり、再会を喜び合ったり、段取りを確認したり、大賑わい。

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左から、マーティン、ターニャ、ポール。

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メイク中のバネッサ。べっぴんさんだなあ…。

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チェイスは今夜もホストを務める。楽屋でもゴキゲンに歌っていた。
そのチェイスが「え?!君らまだ会ったことなかったの?嘘だろ、信じられないよ!君らは間違いなくぜったいに!お互いのショーを観るべきだ!」と紹介してくれたのが、ポートランドのアーティスト、ケイト(Kate)from WONDERHEAD。以前からこのカンパニーの名前は耳にしており、私がポートランドへ行った際にもぜひ会いたかった人たち。ちょうどその時期に地元にいなかったため、今回ようやく初めての対面。

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こちらがケイト!はじめまして!
このマスクも全て彼女の手作り。ふだんは3人で上演したりもするそうだが、今回はソロショー。旦那さんらしきパートナーとふたりで来ていた。
とても穏やかで美人で、「みんなから話を聴いていて、前々からあなたにお会いしたかったの。」とにこやかに挨拶してくれた。
あああ、楽しみだ!!

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こちらはカート(Kurt)、NY在住のソロアーティスト。2010年にオタワで出会っている。彼には軽いどもりがあるのだが、舞台上ではそれが一切出ないと聞く。私はまだ彼のショーを観たことがないのだが、どのアーティストからも絶賛されており、いわゆる玄人からの評判が高い。今年ようやく観ることが出来るので楽しみでならない。

今日こそはと、このようにがんばって写真を撮ったりみんなと挨拶したり、舞台上に出てアップをしたり、テクの男性と詳しく打ち合わせをしたり。あっという間に時間が過ぎる。
夜7時、プレビューショーの開演。
客席はしょっぱなからものすごい熱気。今夜集まっている観客はフリンジファンのなかでも最もコアな人たちであり、地元のアーティストも駆けつけてくれている。
プロデューサーであるマイクと、ジェネラルマネージャー・ジョージのアナウンス録音が流れ、つづいてマイク自身が舞台に登場すると、客席からは大歓声が起こった。
さらにホスト役のチェイスも紹介される。役者は揃った。
舞台裏にも緊張が走る。何十組ものカンパニーが次々と登場するため、ステージを仕切るのもたいへんなことだ。2分を過ぎるとある音楽が流れ、ビキニ姿の女性が現れてパフォーマーを追い出すシステムになっている。彼女は自分の身体を広告板にしており、すでにいくつものショータイトルがその身体に書き込まれている。

私はいつものプレビュー用演目をやるつもりだが、2分半くらいになってしまうため途中で切られることになる。たまにはそういうのも面白いだろう。

実はフリンジのプログラムに誤植が見つかり、私のショーの詳細部分がチェイスとポールの作品説明になっていた。マイクはそのことについて公に謝罪し、丁寧に私について紹介をしてくれた。
大歓声のなか、ステージへ!
オープニングアクトの使命は会場のボルテージを最高に上げることだ。

みんな!!!!フリンジが始まるよーーーーーーっっ!!!!!!

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観客を煽りに煽り、歓声や拍手や手拍子を最大限まで上げさせる。このオレンジベニューは数々のフリンジ・ベニューのなかでも最高にかっこいい劇場で、私にとってはオーランドを象徴するような場所だ。楽屋でも大勢のアーティストたちが出番を待ちながらモニターを観ている。
広いステージを精一杯ひとりで暴れ回り、1曲終わって次の曲。マイクを持って歌う。
おおむね歌ったよきところでちょうど2分が来たようで、私がマイクを置いてお辞儀をすると客席からは大歓声と拍手。ビキニ女性にハグをしつつも連れ去られるミスしゃっくりに、さらに笑いが起こった。
マイクが再び登場し、「これこそまさしくフリンジ!!!」と叫んだ。

楽屋に戻るとぎっしり埋め尽くしているアーティストたちが拍手で迎えてくれた。
ありがとう、みんな!客席はあっためておいたぜ。
その後もさまざまな人たちから「ヤノミは見事な仕事をした。プレビュー全体をしっかり開幕した!」と言われた。へへへ、ありがとう。それが私の役割です。

以降は客席の最後部に座ってゆっくりプレビューを楽しむ。
小型カメラで撮影もしてみたが、後で観たら遠すぎて何が何だかわからなかった。ズーム機能がないから、これは至近距離専用だなあ。

ともかく楽しむ。
フリンジという自由な場。ありとあらゆる舞台芸術が集まる。だがやはりアメリカ大陸以外からの参加はほとんどないように見えた。わざわざアジアから来るのなんて、ほんとうに私くらいだ。
観たい作品もいくつか見つかった。時間の許すかぎり、今年も多くのショーに足を運ぼう。

途中休憩ではビールもゲットする。まずドリンクチケットを買ってから、それをビアテントに持って行くのだが、ドリンクチケットにはアーティスト割り引きがあり、1杯3ドルとありがたい価格。だが私の横ではトミーが「彼女はアーティストじゃないよ!」とスタッフに冗談を言う。
そういやかつてアーティストパスを持っていなかった私に「アーティストパスは?」と尋ねたスタッフがいて、別のスタッフが爆笑しつつ「彼女はどう見てもアーティストじゃないの!賭けてもいいよ!」と見逃してくれたスタッフもいたなあ。

右も左もわからず参加していた当時から、こつこつとやりつづけて、今では各メディアから「Fringe favorite(フリンジのお気に入り)」と呼ばれることも増えた。なんという光栄な呼び名だろうか!そんなふうに呼称される日が来るなんて、あの頃は想像もつかなかった。
その光栄な名前に恥じぬよう、いいショーをやっていこうと改めて思う。

昨年までレッドベニューとしてテント劇場のあったエリアが今年からは小さなビアテントになっており、レッドベニューは新たに屋内の小スペースに移転した。おさらスープはテント劇場で公演を行った最後のカンパニーになったわけだ。

休憩後もじっくりプレビューを観る。たったの2分でも、そのアーティストのセンスや技量は垣間みることができる。逆を言えばこの2分で観客の興味を失わせる可能性もある。
オーランドフリンジでかねてより有名な、大声で笑う男性客がいるのだが、今夜も彼は随所で大爆笑していた。私たちコメディパフォーマーにとっては、彼のような笑い声は素晴らしい助けとなるのだが、途中で客席から一人の女性が彼の笑い声に対して心ない暴言を吐いた。それを受けたホストのチェイスは、動じることなく次のようなことを言った。
「そうか、でも笑い方はみんなそれぞれ。どこで笑っても自由だし、笑い声も十人十色。それがフリンジの良さだろ?
客席からは大きな拍手と支援の歓声が上がった。
チェイスって最高だな、と私も心から拍手を送った。

だが終演後にもその男性はたいへんなショックと憤りを周囲にもらしていた。彼の周りにはアーティストたちが集まって熱心に慰めたり励ましたりしていた。たった一人の心ない発言が、熱烈なフリンジファンの愛情に水を差すこともある。私もいつも笑い声がでかいと言われ、かつての劇団では終演後に「笑い過ぎ」と叱られたことさえあった。それ以来気をつけて笑うようになったものだ。音楽のコンサートならいざ知らず、コメディを観て好きなように笑っていけないはずはない。彼には今後も存分に笑って頂きたい。

プレビューは無事に大盛況に終わり、マイクもほっとしてうれしそうだった。
ボックスオフィスではさっそくチケットが販売され、多くの人がプログラムを見ながらスケジューリングを始めている。オーランドは成長をしつづけており、規模も動員もずっと右肩上がり。今年も過去最大規模で開催される。だから観る側にとっては、どれをいつ観るべきか、作品を選んでスケジュールを組み立てるのがいっそう難しくなり悩ましいのだ。みんなミスしゃっくりも予定に入れてね!

仲良しのアーティストたちはばらばらと小さなビアテントに移動し、わいわいと呑んだ。
働き者のクリステルはいつでもどこでもテープを持ち歩いてポスターやフライヤーを貼っており、今夜もマイクの許可が出るや否やテーブルにフライヤーを貼り始めた。するとみんなも自分のフライヤーを取り出し、テーブルに並べ始めた。気のいいクリステルは苦笑いしながらも、みんなのフライヤーを一つひとつテープで貼ってくれた。
優しいなあ、ありがとうクリステル!

ビアテントには昨年もおさらスープを観に来てくれたあの心優しいボランティアスタッフの男の子がいて、相変わらずシャイなようすで「ああ…、また会えてうれしいなあ…。」と小さな声で言っていた。そういえば、爆裂家族のテクであったスーザンは、なんと本業の大学教授として忙しく、今年はフリンジで働いていないそうだ。大学教授?!しかも専門は科学だって。
知らなかった…。おそるべし、スーザン!

アーティストたちはみんな腹ぺこだと言い始め、ビアテントも閉店したところで今年新たに加わったブラックベニューに移動することに。私は自転車で行こうと思っていたら、マイクがわざわざ自分のピックアップトラックに自転車を載せてくれた。かっこええ~~。

まずはブラックベニューの向かいにあるバーで腹ごしらえ。みんながバーガーやサンドイッチやいろいろ注文するなか、私はもはやなけなしの現金もクレジットカードも恐ろしくて使えず、ビールとポテトだけ注文して我慢。何しろこれからまだ2週間も過ごさなくてはならないのだ。ぶるぶる。

一番安かったミッキーズという名のビール。なんと2.5ドル。水より安い。

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キャップの内側にはクイズが描かれている。

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なんのことだかわかるかな~?
ちなみに私はぜんぜん解読できなかったが、ターニャが手伝ってくれて解明。
dr+インク+y+オール+蜂(ビー)+耳(イヤー)=drink your beer
でした!

このキャップにケチャップを入れて、みんなでポテトをむしゃむしゃ食べる。もちろんみんなで食べられるようにと思って注文したのだが、カートやトミーがさも面白そうに「ヤノミ、ポテトごちそうさま!」と言った。こういう場ではもちろん伝票が別々なので、みんなそれぞれの皿を自分ひとりで食べることが多く、居酒屋みたいにシェアすることは少ない。そしてウェイトレスはそれぞれの名前を尋ねて伝票を作るのだが、私だけ名前を尋ねられず自動的に「フラワーガール」と名づけられていた。

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トミーとグレッグ。

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ヤナとマイク。

ヤナはシアトルの女優だが、なんと実は昨年にモントリオールのフランキーアワードで一緒に踊っていた!私はぜんぜん気づいておらずてっきり初対面かと思っていろいろと混乱していたのだが、今夜になってようやく情報が全てつながって納得した。みんなには「ヤナがヤノミの素顔を認識できないならまだしも、ヤノミがヤナを認識できないっておかしいだろ!」と言われた。
ほんとにねえ。ごめんなさい!

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呑んでいたら知らないお客さんが来て「ちょっと邪魔してごめんよ!君の衣装すばらしいって言いたくて!世界中で一番カラフルな衣装だね!君はなんていうか、幸せだよ!!」と言った。
私はお礼を言ったが、彼が立ち去ると同じテーブルにいたみんなが口々に「あたし、ヤノミが衣装着てるってことすっかり忘れてた!」「俺も!彼が何を言いに来たのか、一瞬わからなかった。」と言い合って笑った。みんなにとってはもうこの姿が当たり前で、私がTシャツ着てるのと変わらないんだな。

楽しく呑んでしゃべって、夜は更けて行く。マーティンは最愛の犬が亡くなったときの話をたくさんしてくれた。つい数ヶ月前のこと。

しばらくすると向かいのブラックベニューに移動する。
そこにはたしてブルーがいた!!!
「ヤノミーーーーー!!!!」と叫んでハグとキスをしてくれるブルー!
彼女はこの新しい劇場を所有して、フリンジにも提供しているのだ。劇場を持つなんて、すごすぎる!!!
ブルーはさっそく私にビールをごちそうしてくれて、劇場を案内してくれた。素晴らしく美しい、劇場。だが最初はただのスタジオで天井も低く、全てを改装しなければならず大変だったという。

中庭ではみんながくつろいで呑んでおり、そこにはトッドもいた。才能あふれるシンガー、トッドとも2010年以来の友人。彼とブルーのふたり芝居を観たあと、はなびちゃんは「完璧や!何もかもがパーフェクト!」と興奮したものだった。美しきブルーとトッド、今年もきっと素晴らしいショーをやるんだろうな~。

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ブルーは新しいメンバーにも私のことを紹介してくれて、私たちの出会いやショーについてそれはそれは愛情深く語ってくれた。とある女性シンガーは私に「ブルーはあなたの大ファンよ!彼女があなたのことを話すたびに、どれほど情熱的に語っているか!」と言ってくれた。

言葉もろくに使えなかった頃に、こうしていろんな才能あるアーティストが私のショーを観てくれて、それだけをもとにして友達になってくれた。ミスしゃっくりという作品を通して、私は見知らぬ世界とつながることが出来るのだ。
それが魔法でなくていったい何だろう。

今日からまたしょっちゅう会える、ブルーにもトッドにも、愛するたくさんのアーティストたちにも!そうとわかっていても名残惜しく、結局私は2時過ぎくらいまでそこにいた。

自転車に乗ってやや道に迷ったりしながら家に帰る。
腹ぺこで、腰もバリバリと音がしそうなほど痛いが、胸はいっぱい。

今ごろじいちゃんも極楽から見ているだろうか。たぶん外国になど行ったことのなかったじいちゃんが、空の上から私を眺めてびっくりしながら「あれまあ、通夜にも来んと思うたら、あげなところにおるわえ。」とつぶやいているのではないだろうか。

日本の政治家は相も変わらず信じられないくらい恥ずかしい発言をくり返している。想像力も礼儀もない、ひどい態度ばかりで心底恥ずかしい。品格や敬意はどこに。
じいちゃんもかつては戦争で敵国を憎んだりしたことだろう。多くの辛い目にもあってきただろう。理不尽な思いもどれほどあったことだろう。

私は私のやり方で、この時代に、草の根で、一人ひとりこつこつと友達をつくっていく。
1回だけ会うのは簡単なことだ。何度も何度も会って、時間や食事や酒をシェアして、人間は友達になっていく。多くの異なる価値観があり、多くの異なる人生があり、それのどれもが面白く尊い。誰かを踏みにじるのは簡単なことだ。センセーショナルに何かを破壊するのも簡単なことだ。
問題はどうやって育んで行くかだ。それには時間がかかる。

ビールもいっぱい呑まなくちゃならない!


夜呑み