Romance In February 17
「あら、結構大きくて重そうな荷物ねえ」
3つの段ボール箱が乗ったカートを見て、亜子は苦笑に似た表情を浮かべた。
段ボールの角を撫でながら、伝票を覗き込む。少し胸元が露わになったので、比奈子は動揺した。
性的な魅力を感じたからではない。
性的な行為の痕跡を、無意識に探っている自分に気付いたので。
「小早川さん、悪いけどこれこのままオフィスの中まで運んでもらえないかしら。とてもじゃないけど抱えて歩けそうもないわ」
「あ、はい」
「こんな時に限って誰もいないのよねぇ。私もそろそろ事務所を出なきゃいけないのに」
車輪の音に半ば掻き消されながら、亜子の愚痴が耳に届く。
言葉の端端に仕事へのストレスが感じられ、この女性は常にプレッシャー過多の世界で臨戦態勢で生きているのだと思うと、彼女が生命力に溢れているのも不思議ではない気がした。
亜子が指定した場所まで届け、ふたりがかりで荷物をカートから下ろす。
一息ついて、ふと背後に位置するデスクへ目を向けると、覚えのある紙切れが見えた。
「やだー、見ないで見ないで! そこ、私の席だから。ああもう汚いでしょう? ちょーっと今、仕事が立て込んでいてね」
亜子の言葉に比奈子は笑って見せたが、内心は笑っている場合ではなかった。
デスクマットからはみ出た短冊型のそれ。
豊の手中にあった映画のチケットに酷似している。
「あの、そのチケットって……」
止せばいいのに、自ら傷を開くような真似をした。
後先考えないまま気になったことを訊ねてしまうとは、自分はなんて幼稚なのだろうと後悔したが、もう遅い。
「ああそれはね、昨日豊から貰ったのよ」
へえとか、はあとか、そういう類の相槌を打つのが精一杯だった。
見れば亜子は怪訝な顔をしている。
呆れられるほど自分は横柄な応対をしてしまったのだと思い、比奈子は弁解をしかけたが、それよりも早く亜子が口を開いた。
「こんなチケット……、まったくいい迷惑よ。ホントこれ嫌がらせのつもりだわ」
「……えっ」
驚いて亜子を注視すると、彼女の瞳には苛立ちが見てとれた。
「この映画の公開は今週末までなの。私は仕事三昧で行けそうにないのよねえ」
「……それは、残念ですね」
「良かったらあなたに差し上げるわ」
「や、でも折角久我さんが……」
「いいのよ。私が持っていたって、どうせ無駄になるだけだもの。……あ、それとも映画はあまり観ない、とか?」
「……はあ」
「そう。じゃあ無理強いしても仕方がないわね」
嘘だ。
映画自体は嫌いではない。
ただ、豊が亜子に贈ったものを引き取ることが苦痛だっただけだ。
「……どうして」
――どうして、嫌がらせとして渡されただなんて、そんな心にもないことを言うのですか
流石に残りの言葉は心の中で唱えた。
その後、どうやって事務所に戻ってきたのか、比奈子は覚えていない。
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3つの段ボール箱が乗ったカートを見て、亜子は苦笑に似た表情を浮かべた。
段ボールの角を撫でながら、伝票を覗き込む。少し胸元が露わになったので、比奈子は動揺した。
性的な魅力を感じたからではない。
性的な行為の痕跡を、無意識に探っている自分に気付いたので。
「小早川さん、悪いけどこれこのままオフィスの中まで運んでもらえないかしら。とてもじゃないけど抱えて歩けそうもないわ」
「あ、はい」
「こんな時に限って誰もいないのよねぇ。私もそろそろ事務所を出なきゃいけないのに」
車輪の音に半ば掻き消されながら、亜子の愚痴が耳に届く。
言葉の端端に仕事へのストレスが感じられ、この女性は常にプレッシャー過多の世界で臨戦態勢で生きているのだと思うと、彼女が生命力に溢れているのも不思議ではない気がした。
亜子が指定した場所まで届け、ふたりがかりで荷物をカートから下ろす。
一息ついて、ふと背後に位置するデスクへ目を向けると、覚えのある紙切れが見えた。
「やだー、見ないで見ないで! そこ、私の席だから。ああもう汚いでしょう? ちょーっと今、仕事が立て込んでいてね」
亜子の言葉に比奈子は笑って見せたが、内心は笑っている場合ではなかった。
デスクマットからはみ出た短冊型のそれ。
豊の手中にあった映画のチケットに酷似している。
「あの、そのチケットって……」
止せばいいのに、自ら傷を開くような真似をした。
後先考えないまま気になったことを訊ねてしまうとは、自分はなんて幼稚なのだろうと後悔したが、もう遅い。
「ああそれはね、昨日豊から貰ったのよ」
へえとか、はあとか、そういう類の相槌を打つのが精一杯だった。
見れば亜子は怪訝な顔をしている。
呆れられるほど自分は横柄な応対をしてしまったのだと思い、比奈子は弁解をしかけたが、それよりも早く亜子が口を開いた。
「こんなチケット……、まったくいい迷惑よ。ホントこれ嫌がらせのつもりだわ」
「……えっ」
驚いて亜子を注視すると、彼女の瞳には苛立ちが見てとれた。
「この映画の公開は今週末までなの。私は仕事三昧で行けそうにないのよねえ」
「……それは、残念ですね」
「良かったらあなたに差し上げるわ」
「や、でも折角久我さんが……」
「いいのよ。私が持っていたって、どうせ無駄になるだけだもの。……あ、それとも映画はあまり観ない、とか?」
「……はあ」
「そう。じゃあ無理強いしても仕方がないわね」
嘘だ。
映画自体は嫌いではない。
ただ、豊が亜子に贈ったものを引き取ることが苦痛だっただけだ。
「……どうして」
――どうして、嫌がらせとして渡されただなんて、そんな心にもないことを言うのですか
流石に残りの言葉は心の中で唱えた。
その後、どうやって事務所に戻ってきたのか、比奈子は覚えていない。
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