「玄関」は禅宗の言葉だった | 身体からの悟りを目指して ~ 少林寺拳法

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我孫子道院 道院長のブログ

ある調べ物をしていて、偶然知ったのですが、

「玄関」という言葉の語源は、禅宗ゆかりの仏教用語だったそうです


語源由来辞典によると
元は中国の「老子」のなかの「玄の又玄なる衆の妙なる門」からきていて

日本では鎌倉時代から禅宗でもちいられたとのこと
「玄」は奥が深い悟りの境地のことで、
「関」は入り口のこと
つまり「玄関」とは、「玄妙な道に入る関門」のことで、
奥深く微妙で簡単には知ることができない道理=仏の道への入り口を意味していた

そこから、禅寺の方丈の入口、あるいはお寺の門のことを玄関というようになり、

さらに江戸時代以降、住宅の入口も玄関と呼ぶようになったという


その昔、禅宗への入門は厳しかった

「禅の大道は無門なり」として、教えを乞うものは拒まないのが原則だったが、入門の際には、大疑団、大憤志、大信根という三つの求道心が必要とされ、試された


その試験が、いわゆる「庭詰め」

新参の雲水が参禅道場(禅寺)に上山してくると、禅寺の「玄関」の式台に低頭し、

「たのみましょう」と叫ぶ

「どーれ」と出てきた久参の雲水に、入門(修行)を申し出るが

「あいにく当道場は修行者が大勢詰めかけてきており、座るところもないので新規の雲水を受け入れる余裕がない。せっかくですがお引き取りを」と断られる(玄関払い)

そこで「いや、それなら入門が許されるまで、ここで待たせていただきます」と2~3日玄関先で座り続け、ようやく入門が許されるのが習わしだった


つまり半端な気持ちでは入門できるほど甘くない、そして謙虚な気持ちにならなければ修行はできない、ということを身に沁みさせる最初の修行が、この「庭詰め」の試練だったわけです


同様に、私たちの金剛禅、そして少林寺拳法の入門も、初期のころは非常に厳しかったと聞いている

なにせ、破邪顕正の大力徳を秘めている拳を主行にしている法門なので、原則的に門外不出

有段者の紹介がなければ、入門が許されない時代があったという


最近入門した人は、

「へ~、そんな時代があったんだ。自分のが入門した時はほとんどノーチェックで、むしろ『よく来たね~』って歓迎された記憶があるけど」と思うかもしれないが、じつは昨今だって、誰でも入門できるわけではないと思う


入門者が道場や先生を選んで(チェックして)入門してくるように、道院長(指導者)だって同じように弟子は選んでいるはず


少なくとも、ワタシはそうしている


今年入門した某拳士(その人は、以前からワタシの顔見知りだった)は、初めて道場にやってきた日に入門を申し出た

そのとき

「ふつうは入門するための厳しい審査があるのだが、あなたは特別に今日この場で許可しよう」と言ったら、

それを聞いていた他の門下生が、「あれ?」と首をかしげていた

おそらく、「自分が入門した時は、審査なんてなかったのに、なんで今日に限って『特別に許可する』なんて言ったんだろう?」と思ったからだろう


いやいや、別にもったいぶったわけでもなく、恩着せがましく言ったのではなく、ましては冗談ではなく、普段わざわざ口に出さないだけで、すでに入門している拳士は、例外なく、ワタシの厳しい(?)審査をクリアして、入門を許されたからこそ、今こうして道衣を着て、修行することができているのである


大聖・釈尊だって

「縁なき衆生は度し難し」(縁のない人、人の話を聞かない人は救いようがない)とおっしゃられているぐらいなので、浅学非力のワタクシごときでは、やる気のない人、態度の悪い人には指導はできません


というわけで、縁あってワタシの門下生になっている拳士各位は、皆ワタシが見込んだ(?)、選ばれた人たちであるのだから、入門した時の気持ちを忘れずに、道を全うしてほしい


弟子たちよ すべてのものは移りゆく 怠らずに務め励めよ」(釈尊の弟子たちへの遺言)





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これが我孫子道院の「玄関」、すなわち、「玄妙な道に入る関門」

「禅の大道は無門」 “原則として”来るものは拒みません



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そして道場(禅寺)の玄関といえば「脚下照顧」です


本日の「身体の知能指数」 (PQ=physical quotient) 『108』