雫のダンス -4ページ目

寂しく回る寿司

近所のお茶目なおじさんなんですけどね。
歳取ってから出来たカワイイ次男と初めて回る寿司に行ったんですって。
と言っても、次男も既に大人になってたんですけどね。
たぶん寿司の前にまずはビールでひとごこち付いたんでしょうね。
で、しばらくして次男は不思議なことに気がついた。。
そして、物言わず回り続ける寿司を見ながら呟いた。

「お父さん、どうして1貫しか乗っていないお皿と2貫乗ったお皿があるんでしょうね?」

おじさん、しばしの間、何が不思議なのかが分からなかったそうです。。

・・・ええ、そう、犯人はおじさん♪
‘ルール’を知らなかったとはいえ、回るお皿たちから寿司だけつまんで食べるとは^^;
このおじさん、他にもいろんな逸話がありますが、実は天下のK大の(元)教授なんですよね~。

フフフ、受験生の皆さん、西の雄たるK大も怖るるに足りず、ですわよー^^
まあ受験生がここを覗くことはないでしょうが^^;
しかしこのおじさん、社会生活上は少々とぼけた味を出しつつも、父の病室で手を握って泣いてくださる人情味あふれる魅力的な方です。
ワタクシも大好き♪

ジャンキーで平和な一日

3割引券があったので、ミ●タードーナツを食事のように食べるジャンキーな一日です。
あ、レトルトのミートソース(少し手は加えたけど)でパスタも食べましたが(やはりジャンキー^^;)。

ミ●タードーナツと言えば、ワタクシはフレンチクルーラー派です。
チョコやクリームが入っていない、プレーンなのを1個は食べたい。
皆さんはフレンチクルーラー派?オールドファッション派?
親愛なる春樹氏はたぶんオールドファッション派だよなー(かりりって音がするのがお好みらしい)。
と、まるで彼氏であるかのごとく嘆いてみる。
いや彼氏なら別に嘆かないか。。

彼氏と言えば、はるか昔の貧しい高校時代、ダンキンドーナツのおかわり自由コーヒーにほくほくしていた彼を思い出す。
その頃のワタクシは、紅茶党というか牛乳大好き少女というかコーヒーに全く興味がなかったので、アメリカンコーヒーをブラックでガブガブ飲む彼を大人だなあと眺めておりました。
ああ、コーヒー色の思ひ出。。

寒いですね。
ホットミルクで温まったら、ちょっくら図書館に遊びに行ってきます^^
ああ、ジャンキーで平和な一日。

ザ・確定申告 -前夜-

ここ数日、医療費の領収書を集め回り、株の配当額を整理し、ネット上を徘徊して足らぬ知識を補強しております。
はい、ワタクシのではありません。
もちろん父のですのー^^;
だってワタクシは昨年度の収入0!^^;
なのでもちろん収めた所得税も0!
・・・申し訳ありません、ワタクシ現在お国に貢献しておりませんが、かつて十分お国に貢献してきた人を労わる日々を送っております。。
昨年は自分の確定申告を初体験したワタクシ。
お父ちゃんのもどーんと任せてよ!・・・とは言えないところが哀しいなあ。。
というわけで、あやふやな知識のまま、未体験の種類の申告を目論んでおります。
  ↓
○配当控除ってのをやってみよ。
○昨年無収入のワタクシは、もしかしてお父ちゃんの扶養者として申告できるかも?
○ってことは、ワタクシの医療費も控除対象になるのかな?

いい歳した大人が年金暮らしの老父の扶養者だなんて、プライド傷つくべきかしらん。。
いえいえ、ちょっとでもお父ちゃんの税金が戻ってくるんなら、そんなことは小せえ、小せえ♪
てか、こんなに苦労しても還付額はごくごくわずかなんですけどね^^;

明日は地域の市民センターに税務署員の方が来られる日。
書きかけの申告書を握って、いそいそいそとお出かけすることにいたしましょ。

グーの愛着

昔人間のウチの母はモノが捨てられません。
日用品のストックは、大抵のものがウチのどこかにあると思います。
ただし必要な時には出てきません(母に捜索願を出しても居場所が分からないこと多し^^;)。
いえ、ワタクシの家に蔵などありませんが、すでに出払ってしまった元姉の部屋なんて、ぎっしり足の踏み場もないほどの物置になっています。
急な災害時にライフラインが止まっても、しばらくは生きていけそうな在庫量ですが、捜索中に体力が尽きてしまうかもしれません。。
まあでもそんなつましい母のやり繰りで、ワタクシ達は不自由なく育てて頂いたので文句は言えないわけですが。
しかしガラクタも多いのです。
吹き抜けの玄関先には階段下を利用した小さな箱庭があるのですが、いや、あったはずなのですが、今やそこにはガラクタにしか見えないモノたちがひしめいています。
先日、姉と母が口喧嘩してました。

姉「もういいかげんこんなん捨ててよー」
母「そんな。捨てられないわよ・・・」
姉「だって、グーやでグー!ようこんなんいつまでも置いてるわ。早よ捨てーなー!」
母「・・・」

姉が帰った後、母は「あんな言い方・・・」と呟いてました。

‘グー’
これ、姉の中学時代の作品なんです。
美術の授業の課題で作った手の塑像。
そう、玄関先の箱庭は、幼き芸術家だった姉やワタクシの作品群がありがたそうに(他に行き場が無く)並べられる、母の宝箱。
ここ以外にも、ワタクシが紙粘土で作った鬼の面とか、父と一緒に(というか父がほとんど)作った和凧とかがウチのどこかに眠っています。

・・・あんなこと言っていた姉ですが、姉の家には姪っ子たちの作品がひしめいています。
「私のと違って素晴らしい作品だから♪」だって^^;
歴史は繰り返すのです。あはは。

気になる人

気になる人がいます。
と言っても、声を掛けたこともなく、相手はワタクシの存在を知りません。
なーんて、気をもたせる書き方をしてしまいましたが^^;
若い女性です。
もう1年ぐらい、時々覗きに行くブログです。
その頃、ウツを苦しむ人たちのことがとっても気になっていて、いろんな方のブログを拝見してました。
その方は、昨年は半年ぐらい入院されていて、最近また新しい仕事にチャレンジされています。
‘チャレンジ’というと、とても力強い言葉ですが、その方はとても苦しそうに危うく日々を過ごしておられます。
ブログもごくごくたまにしか更新されません。
ウツ仲間からのコメントへの返信も滞りがちです。
ワタクシは声を掛ける勇気もなく、ただただ生き続けてくれることを願って見守っています。
ウツの方のブログはたくさんあって、ワタクシもたくさん巡っていたのだけれど、何故かその方のブログだけはずっとRSSリーダーに登録して見つめ続けていました。
そんな彼女が、ワタクシと同じ誕生日だったことを先日知りました。
365分の1の確率の偶然性にビックリしました。。

ワタクシの分身が生き続けてくれる事を、これからも陰ながら見守りたいと思います。

よくぞここまで。。

もうすぐ発病して1年になります。
よくここまで元気になった・・・と、モチロン感慨は深いのですが・・・
それと同時に、よくここまで太った!という驚きも深い今日この頃^^;
父は昔から‘痩せの大食い’で、身長はかろうじて家族(両親、姉、ワタクシ)の中で一番高いけれど、体重は一番軽い人でした(微妙な差だけど、と言っておこう・・・)。
それがこの1年で、なんと15キロ近く増量!

まず明らかに運動不足。
後遺症と長い臥床で弱った足腰に、増えた体重がさらに負荷をかけている。
嫌がる父を毎日散歩に連れ出そうと家族は懸命です。

そして、もともと大食いだったけれど、薬のせいでさらに食欲が亢進している可能性アリ。
タバコも止めて(記憶障害の本人は止めたと思っていないけど)、きっと何でも美味しいに違いない。
昨秋、危機を感じた母は、ワタクシの提案で米にコンニャク米をこっそり混ぜ始めました。
「このご飯、ぽろぽろしてる・・・」と父。バレてるやん^^;
好きな酒もタバコも抑えられている父なので、ご飯の味まで変えるのは可哀相なんだけど。。

だけどね、結局すごくいっぱい食べちゃうんです。
昔かたぎの母は、必ず自分の皿より多めのおかずを父のお皿に盛っちゃう。
そして、アレも食べなさい、コレも食べなさいと勧めちゃう。
この習慣はなかなか変えられないようです^^;
だから父に「腹八分目」なんてあり得ないのです。。

そしてそして、何よりも問題なのは、父が今でも自分の身体を‘いくら食べても太れないカラダ’と思い続けていることなんだよなあ^^;

『黒い時計の旅』



スティーヴ エリクソン, Steve Erickson, 柴田 元幸
黒い時計の旅

こんなのを読んでみた。
図書館本なのに、ほぼ1ヶ月もかかっちゃった(もちろん延長手続きしましたよ^^;)。
時間の流れが分岐し、複数の流れとなって錯綜する物語群。
場面は章ごとに細かな時系列を無視して語られる。
そして物語は、現実と幻想との曖昧な境界を軽やかに頻繁に飛び越える。
自分のいる位置がどこなのか、読者は場面ごとに迷子になる。

大戦でナチスが敗北した世界。
一方で、ナチスが勝利し、ヒトラーが生き続ける世界。
ヒトラーのためにポルノグラフィーを書き、2つの世界を旅するバニング・ジェーンライト。

とはいえ、物語がぶちんぶちん途切れる読み難さは、昨年読んだピンチョンさん『競売ナンバー49の叫び』に比べれば随分マシ。
ばらばらだった物語が収斂していく佳境は、ぐいぐいと読み応えがあったし。
(ピンチョンさんのは、最後までワタクシの中でしっかり収斂しなかった…(涙)。)
幻想と現実が境界無く入り混じる世界は、オースター作品にも似ているように思う。
こういう類をひとまとめにした分類があるのかな。幻想文学?
ごめんなさい、文学論の知識は皆無です^^;

それにしても、最も印象に残ったのは、老いたヒトラー。
ナチスの象徴として一人歩きする名前とのギャップ。。

あ!

節分でしたね^^;
忘れてた。
豆まきもイワシも巻き寿司も。。
お父ちゃんは巻き寿司食べてるかな?
昨日、新聞広告をじーっと眺めていたし、そんなお父ちゃんをお母ちゃんも眺めていたし^^
今日は、夫婦水入らず。
ワタクシは一人でワインなど。。ウシシ^^

ことだま、言霊。。

『私に喜びや悲しみや怒りを下さった人たちに感謝』
・・・なんて、誕生日には殊勝なことを考えたんだけどさ。
いや、それはホント、ウソじゃない。
でもさ、その舌の根が乾かないうちに、つまんないことにムカッ腹が立ったわけ。
病院の会計窓口でさ、病院側のミスを謝ってくれてはいるんだけど、その「ゴメン」には明らかにキモチが入ってなくて、それどころか「今度はもっと早く言って下さいね」なんて逆に怒られた感のあるセリフ。
いまや患者に対して「様」付け尊称で呼びかける病院が多いというこのご時勢に、居丈高に見下ろしながらの「ゴメン」もなかろうに。。
ムカッを飲み込んでの帰宅後も、飲み込んだ虫は奥の方でいつまでも暴れてる。。
ああ、小せえなあ、ワタクシ^^;

でもね、夜もう一度誕生日の記事を読み返したの。
頂いたコメントも一緒に読み返したの。
そしたら、不思議にすーっと虫はおとなしくなった。
言葉のチカラ、いや言霊のチカラって、すごいなあ。

窓口担当者の「ゴメン」には、マイナス感情の言霊が乗っかってたけどね^^;
うん、でも、ちょっぴり無理矢理だけど、『ありがとう』と言っておこう。
そのうちホントの『ありがとう』になるかもしれない♪

こんな誕生日

久しぶりに元職場の後輩と食事をしました。
「あの頃が一番楽しかった」と言ってもらえることに、心から感謝。
そして知った、かつてのグループメンバーの訃報。。
直属の部下になった期間はごくわずかだったけれど、苦しい時間をともに労わりながら過ごした仲間。
少し怪しい雰囲気を持っていて、メンバーからは浮いた存在だった彼。
そのせいか、私が退職し、彼が転職した後はすっかり疎遠になっていた。
だけど、投げ出してもおかしくない理不尽な状況でも、こんな私を信じてついてきてくれた姿に感謝していたあの頃。
なぜ若い彼が命を落とさなければいけなかったのだろう。
交通事故。
バイク乗りの無謀が嵩じてしまったのだろうか。
彼の心の暴走が、冥界の扉を開けてしまったのだろうか。。

そんなことをぼんやり考えながら迎えた誕生日。
もうすでに特別な日だとは捉えたくない年齢だけど。。

賀状のやり取りで近況を知らせた古い友人たちが、介護やカウンセリングの勉強について‘私らしい’と言ってくれる。
‘私らしい’って何?
クエスチョンで一杯になりながらも、ありがたく感謝する。
友人が捉えている‘私らしい’私の像。
そんなものに一喜一憂していた若かった私。
‘私らしい’私の像は、息苦しくもあり、励ましてもくれる存在。
そんな像に振り回されず、つかず離れずの適度な距離を置ける今の私(たぶん)。

特別な感慨を持つつもりのなかった誕生日。
結局こんなふうに過ごしています。

これまでの人生で、私に喜びや悲しみや怒りを下さった人たちに感謝します。
それが、生きている、ということだから。
生かされている、ということだから。
この言葉を伝えたい人がたくさんいます。
伝えられないけれど、感謝して私は生き続けます。
そんなことを考えた、誕生日。

そして皆さん、ありがとう。