先月24日、近畿日本鉄道は、内部・八王子線のBRT(バス専用道による高速輸送システム)化の構想と、そのための公的補助を四日市市に求める文書をホームページhttp://www.kintetsu.co.jp/ で公表しました。事態は風雲急を告げています。
前回の記事です。
近鉄内部・八王子線視察&四日市市議会「第2回総合交通政策調査特別委員会」傍聴
http://ameblo.jp/shitetsuensen98/entry-11333863039.html
今回も、前夜に近鉄四日市駅近くに宿泊するため、近鉄名古屋22時25分発特急松阪行きに乗車しました。30000系4両+12200系4両の8両(座席定員500名)で、224名が乗車し、乗車率は44.8%でした。
翌朝、並行バスと内部線に乗車しました。
近鉄四日市8時35分発内部駅前経由和無田改善センター行きバスに乗ります。内部方面は若干の渋滞があり、内部駅には定刻より3分弱遅れて到着しました。乗客も最高で5人に留まっていました。それほどの渋滞でなかったにもかかわらず、遅れが発生したことが気になりました。
なお、国道1号の近鉄四日市方面は数珠繋ぎの渋滞が発生していました。
帰りは、内部9時03分発近鉄四日市行き3両編成の列車に乗りました。乗降の状況は次の通りです:
内部+23名(他、助役1名が近鉄四日市まで乗車)/小古曽+9名/追分+7名/泊(内部行きと交換)+13名/南日永-4名+9名/日永(西日野行きと交換)-3名+4名/赤堀-1名+5名/近鉄四日市-62名
ピークを過ぎた時間帯にもかかわらず、60名以上が乗車していることから見ても、バス輸送には懸念があります。
13時30分からは、四日市市議会「第3回総合交通政策調査特別委員会」を傍聴しました。
既に、近鉄からBRT化が提案されたこともあり、委員会での議論は鉄道存続を実現するために運営費補助金を支出するかどうかに移りつつあります。
しかし、BRT化はバス専用道で渋滞がなく定時性が確保されるとは言え、バス化は乗車人員減につながる可能性が懸念されます。
石岡市は旧鹿島鉄道の廃線敷を活用して鉄道代替バスをBRT化しました。鹿島鉄道が廃止となって、代替バスに転換したものの、高校生を持つ親のマイカー送迎等によって乗車人員は鉄道時代と比較すると大幅に減少しました。2010年9月~11月のBRTの1日平日平均乗車人員は922名です。年間に換算すると、33万人強です。このBRTの乗車人員の数値は、旧代替バスと比べて15%増加だったものの、鉄道時代の乗車水準には達していません。
鉄道時代の乗車人員の最低値は、廃止2年前の2005年度の55万6千人です。つまり、BRT化しても、鉄道時代の6割程度しか公共交通を選んでいません。いくらバス専用道により定時性が確保されることが分かっていても、バスは敬遠されることがこの旧鹿島鉄道の事例から見て取れます。
公共交通利用者の減少は、マイカー利用の増加につながります。つまり、道路渋滞の悪化という形で、地域社会にマイナスの社会的便益(=社会的損失)が発生することを意味するのです。
次に、改軌で鉄道存続を目指すべきという意見の妥当性を検討してみましょう。
特別委員会で、新たな資料が出てきましたので、計算も若干修正します。
1,067mmゲージに改軌した場合に中古車両の購入に1両2,000万円かかるとします。
また、改軌しなかった場合には新造車両の導入に1両1億8,000万円が必要だと想定します。高速走行を可能にするために、1ユニット2M1Tとします。省エネ設計とすれば、現有車両と電気料金を同額かそれ以下に抑えることができるでそしょう。2両編成は思い切って2Mとします。また、減価償却計算は法定耐用年数13年でなく、使用可能期間40年により行うものとします。中古車両といえども、輸送費もかかるため、取得原価を2,000万円とします。
特殊狭軌車両1両当たり15.6m×14両=218.4m
普通狭軌車両または標準軌車両1両当たり20m→218.4m÷20m≒必要車両数11両*
*例えば、昼間閑散時間帯で運行するために、両運転台を備えた単行列車(1両編成)×3本+2両編成×4本=合計11両とする。
(a)(改軌)中古車両:1両0.2億円×11両=2.2億円
(b)(現状)新造車両:1両1.8億円×14両=25.2億円
(c)(a)と(b)の差額:23.0億円
(d)(a)の年間減価償却費(15年と仮定した場合の実質ベース):0.147億円(=2.2億円÷15年)
(e)(b)の年間減価償却費(40年と仮定した場合の実質ベース):0.63億円(=25.2億円÷40年)
(f)(d)と(e)の差額:0.483億円
(g)(改軌による中古車両導入による部品節約費) 年間0.1億円
(h)(改軌による年間節約費) (f)0.443億円+(g)0.1億円=0.583億円
以上のデータを基にして、以下、改軌の事業価値を計算してみましょう。
近鉄加重平均資本コスト(WACC)(日経22512ヶ月間ベーター値2012年07月31日0.192を使用):
{リスクフリーレート0.1%+近鉄β値0.192×(TOPIX100収益率2.38%-リスクフリーレート0.1%)}×自己資本比率9.8%+{有利子負債利子率1.58%×(100%-税率45%)}×負債比率90.2%≒WACC0.84%
永久還元法による事業価値の計算式は以下の通りです:
事業価値=1年当たりの収益(または費用節約額)÷WACC・・・(1式)
以下、(1式)に基づき、改軌の事業価値を計算します。
(i)近鉄WACCに基づく改軌の事業価値69.40億円=(h)(改軌による年間節約費)0.583億円÷WACC0.84%
しかし、輸送密度4,000人/日程度**の内部・八王子線が分社化された場合、近鉄のような低い資本コストで資金調達することはまず出来ないと考えるのが通常でしょう。
**内部・八王子線の輸送密度(平均乗車距離3kmと推定して計算):年間乗車人員364万人×平均乗車距離3km÷内部・八王子線営業キロ7km÷365日≒4,274人/日(以上、大塚推定)
そこで、三岐鉄道のWACCを用いて計算してみましょう。非上場企業のため、簡便的な方法で計算します(EDINETで入手可能な最新データである平成20年度のデータで計算)。三岐鉄道のデータを用いるのは、同じ特殊狭軌の北勢線を引き継いでいること、同じ三重県内の鉄道事業者であること、そして、三岐線の輸送密度が3,000人弱である点で、内部・八王子線と比較するのに適していることがその理由です。
三岐鉄道WACC:自己資本利益率3.8%×自己資本比率24.1%+有利子負債利子率1.77%×負債比率75.9%≒2.26%
(j)三岐鉄道WACCに基づく改軌の事業価値25.80億円≒(h)(改軌による年間節約費)0.583億円÷WACC2.26%
内部・八王子線を引き継ぐ新会社は、基本的には内部・八王子線とその周辺事業しか手掛けることが出来ません。近鉄の事業価値は、百貨店やリゾート事業等の事業価値を含んだ数値になりますが、内部・八王子線新会社の事業価値は、内部・八王子線の経営成績のみによって決定されることになります。このことから、内部・八王子線新会社は近鉄のように低い資本コストで資金調達することはできず、内部・八王子線と同程度の輸送密度の鉄道会社と同じ資本コスト率(WACC)でしか資金調達が出来なくなるでしょう。
【内部・八王子線新会社の資本コストの考え方】内部・八王子線新会社の資本コスト(WACC)≒同程度の輸送密度の鉄道会社(三岐鉄道など)の資本コスト(WACC)
このように、内部・八王子線新会社のWACCが、輸送密度が同等の三岐鉄道のWACCと同程度になると予想されます。しかし、現在は内部・八王子線は近鉄が運営していますので、近鉄と三岐の両社の平均額とするのが穏当であると判断し、以下の(k)のように計算します。
(k)内部・八王子線の改軌の事業価値47.60億円≒{(i)近鉄69.40億円+(j)三岐25.80億円}÷2
結局、(l)内部・八王子線を標準軌に改軌するプロジェクトの事業価値は、48億円程度と推定されます。
それでは、改軌に果たしてどれだけの費用がかかるのでしょうか。
山形新幹線福島-山形間87.1kmの改軌費用は318億円(車両費用は除く)で、1km当たり3.65億円でした。
しかし、山形新幹線は過疎地帯を走るため土地代も安いと思われます。内部・八王子線は都市部の住宅密集地帯を走行するため、1km当たり5億円とします。
内部・八王子線は全長7kmですので、線路幅を変える費用は、(w)35億円(=5億円×7km)と試算されます。
また、駅の改造や信号設備改良を行わなければなりません。内部・八王子線には9つの駅があります。
富山ライトレールの場合、低床式車両電気信号設備や停留場の切下げ等に49億円かかっていますが、そのうち車両費が15億円ですので、駅改造と信号改良に34億円かかっている計算です。駅数は13駅ですので、1駅当たり約2.62億円です。
内部・八王子線9駅に当てはめますと、(x)約24億円(=2.62億円×9駅)です。このほかに、(y)内部車庫の改築に30億円くらいはかかるでしょう。
(z)改軌費用は(w)+(x)+(y)=89億円と計算され、結果として、(l)内部・八王子線を標準軌に改軌するプロジェクトの事業価値47.60億円を大幅に超える費用が改軌にかかると推定されます。
(l)内部・八王子線改軌の事業価値47.60億円<(z)改軌費用89億円→改軌の事業プロジェクトは棄却すべき。
しかも、(i)近鉄WACCに基づく改軌の事業価値69.40億円ですら、(z)改軌費用89億円を超えることができません。
内部・八王子線を改軌する場合、国土交通省より全線高架化を求められる可能性が高いと近鉄は認識しています。同線沿線が住宅密集地・道路渋滞多発地域であることを鑑みると、近鉄のこの認識は妥当性を有するものと思います。それらを踏まえ、近鉄は改軌費用を300億円と試算しています。山形新幹線は立体交差化を行っていませんが、山形駅周辺などを除いて、多くの区間は住宅密集地帯ではなく、過疎地帯を走るため、厳格な立体化は求められなかったと考えることができます。
以上の計算や状況を踏まえると、改軌は全く採択に値しないと判断して差し支えないでしょう。
ただし、内部・八王子線の社会的便益を高めるため、特殊狭軌の下でも、スピードアップを図る必要があります。
先ほども述べたとおり、2M1Tまたは2Mとして、現行最高時速45kmを50kmに向上させるとともに、軌道の改良も実施します。現在は、近鉄四日市-内部間の最速列車で16分かかっています。平均速度は21km強に留まっています。これを平均時速25~26kmとすることで、16分→14分程度に短縮します。また、近鉄四日市-西日野間も現行の8分→7分程度に短縮することが可能です。
特殊狭軌のままでも、改軌して普通狭軌車両または標準軌車両を走らせた場合と、所要時間の点でも遜色なくなるでしょう。
貴重な特殊狭軌を活かし、活用策を模索することが求められます。