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かつて「へんぼく」と呼ばれていた村に、2人の復員兵が戻ってきた。
孤児だった石堂恒幸(いしどうつねゆき)
と、千代文雄(ちよふみお)は、その村で膳所婆さん(ぜぜばあさん)に拾われ、育てられたのだ。


戻る途中、二人は行き倒れている浮浪少年に出会う。
母親と、海の底にある街に行こうとしたが、自分だけ苦しくて行けなかった。海の底の街に行きたいと言う少年にイラつく恒幸。自分達もこうだったと諭す文雄。しかし、自分達の姿に重なるからこそ恒幸は少年にイラついた。


「海の底に街なんかねぇ!浅ましくてドンクサイ、蟹の輩がいるだけじゃ!」





二人が戻ってみると、村から村人達は姿を消し、そこは知らない人々が住みついて、「残骸」と呼ばれる集落に変貌していた。
二人が戸惑っているさなか、博多築港社(はかたちっこうしゃ)のヤクザ達が集落にやってきて、人々を追い立て始めた。


築港社が抱えるアメリカ兵相手の娼婦達に乱暴を働いた男が、この集落に逃げ込んだと言うのだ。
男達を並べて首実験を始めるヤクザ達。
戻ってきたばかりだから、自分らは関係ないと言う恒幸の言葉など、聞く耳も持ってくれない。


そんな緊迫した状況の中、文雄は目の前に咲いていた花に見とれていた。
「つん公…自分らがおった頃、ここにこげな花なかった…」

娼婦の標(しるべ)は、その花を踏み潰しながら言う。
「百年に一度咲くという、幻の花げ」
そして、文雄を指差し叫ぶ。
「こいつの咳に聞き覚えある!こん男げ!」


「文雄じゃねえ!文雄のはずがねぇ!」
引きずられて行く文雄を助けようと、恒幸はヤクザ達に立ち向かうが、腕力自慢のヤクザ銀次(ぎんじ)に打ちのめされてしまう。


そんな時、半分海に沈んだ廃坑から、わけのわからない人間が出てきた。
女とは思えない顔をした、飲んだくれ女のボウボウだ。


「海で暴れるんじゃねえっつってんのがわかんねーのか、こんにゃろめ~!陸にあがんな!テメェの血で海を汚したくねぇ!」


女には見えないボウボウは、かつて間違って赤紙が届いたこともあるくらい、滅法ケンカも強いらしい。
「このボウボウ様にケンカ売って勝ったのは、連合軍だけだぁっ!」

しかし、ボウボウは銀次にあっさりとのされてしまった。


恒幸達のことを知っているかと、村人が膳所婆さんを探しに行くと婆さんは子供の手を引いて歩いていた。
「粗末な家だけど、雨風はしのげる」

婆さんは、空襲で受けた傷が原因で、昔の記憶をすっかり失っていた。
だが、記憶を無くしたにも関わらず、孤児を見かけると、こうやって連れ帰り、面倒をみてしまうのだ。


もう孤児は拾っちゃいけない。GHQがなんとかしてくれると言う村人に、膳所婆さんは言った。

「腹ぁ空かしてるんじゃ。あったけぇもの食わしてやりてぇ!」

その言葉に、二人は頷くしかなかった。

一方、目を覚ました恒幸とボウボウは、激昂して暴れ、村人になだめられていた。
「いても立ってもいられねぇ!こうしている間にも文雄は!」
「これ以上ナメられてたまっかよ!」

しかし相手はヤクザ。
まともに行って勝てる相手ではない。
「ピストルとかないか?」という恒幸の言葉に、当てのありそうなボウボウは廃抗に消えていった。


膳所婆さんは、恒幸のことを覚えていなかった。

婆さんに悪態をつく恒幸を、集落の中心人物の叙々濠(じょじょぼり)は、その婆さんにまっとうに育ててもらったのだから、それ以上悪く言うなと諭す。

同じ頃、文雄はヤクザ達に痛めつけられながらも、女達を襲ったことは否定していた。
ヤクザ達は博多築港社の雇われヤクザ。
どうせ娼婦に貞操などない。娼婦達も詫び状さえ書いてくれれば許すと言っている。自分達の面子のため詫び状を書いてくれればそれでいい。その言葉に、文雄は、やってもいない罪を認めることになる。

そんな時、ボウボウが石炭の廃坑から軍用の歩兵銃を見つけてきた。

かつて、「へんぼく」の人々を蹴散らした、旧日本陸軍の隠匿物資だ。


それを持ってヤクザの元に行こうとする恒幸とボウボウを必死で止める村人たち。
そんなところへ、こともあろうか博多築港社の娼婦が二人、逃げて来た。


娼婦達は、騙されて娼婦になってしまったが、何とかヤクザから逃げようとしていたのだ。
しかし、逃げ切れずに、見知らぬ男にさらわれたと嘘をついた。


女達の嘘のために、文雄はヤクザに連れて行かれたのかと、怒りをぶちまける恒幸だが、膳所婆さんは女達を助けようと言う。


「このババァ!後先考えて言ってるのか!」
「困ってるもん助けるのに後先なんて考えられねぇ!」

廃坑に女達を隠した村人達の前に、ヤクザ達がやってきた。

女たちは廃坑だと膳所婆さんはヤクザに喋る。

だが、廃坑に入ろうとするヤクザ達に、婆さんは忠告する。


この村は、かつての石炭炭鉱の上にある。

廃坑の中は、陸軍が残して行った火薬が海に溶け出して、それが波にさらわれて、いたるところにこびりついている。灯りをつけようと火をつけるとドッカーンじゃ。


ボウボウも続ける。

中は迷路で、迷ったら出てこられない。骸骨も転がっている。

と。


ヤクザは廃坑の中に追っていくことはできなかった。

しかし、ここにきてヤクザ達は、自分達が娼婦達に騙されていたことを知る。

こんなことが組の幹部に知れたら、自分達のメンツは丸つぶれだ。


兄貴分の波瀬(はぜ)は、文雄に言った。

「文雄。俺はあの女達が憎くなってきたぜ。このままじゃ腹の虫おさまらねえ」

そして、ひとつの計画を持ちかけた。


あの廃坑には、旧陸軍山田部隊が隠したとされるお宝があるという噂だ。村人やあの女たちを利用して、そのお宝を探しだすのだ。

もちろん、見つけたらお宝は山分けだ、と文雄には言ったが、波瀬たちは見つかったお宝を自分達のものにするつもりだった。


恒幸は、娼婦たちのリーダーである標を連れてヤクザ達のもとに行こうとしていた。

今回の事件が、女達の狂言だということは分かった。

だから、女を突き出し、文雄と交換しようというわけだ。


しかし、そんな所を、子供を連れた膳所婆さんに見つかってしまう。

ボケている婆さんは、何も知らずに一緒に海を散歩しようと言いだす。

そこに、女達を追ってボウボウもやってきた。


少年は、海の底の街に行きたいというが、恒幸は「海の底に街なんかねえ!」と突き放す。

そんな恒幸を見て、怒ったようにボウボウは言った。


「あるに決まってんじゃねーか!無いなんて言ってるやつはタマなしの可哀想なヤツでぃ!いいか!海の底の街ってゆーのはな…ガラスでできてんだ。だからフツーの人間には見えねぇ。海の底の街には電車だって走ってんだ。空飛べるヤツ。車掌さんは蟹さんだぞ。だから蟹さんにはハサミがついてんだ!そんなことも知らねえのか?」


その言葉に「海の底、行きたい!」とねだる少年。

だが、膳所婆さんは続けた。


「お前は、海の底の街には行けないんじゃ。行けるのは、一生懸命生きた人間だけじゃ」


その言葉に、ボウボウも黙るしかなかった。



そこに、ボロボロになった文雄が帰ってきた。

喜ぶ恒幸だが、文雄は言う。

「つん公!いつも迷惑ばっかかけて…」

「もう慣れっこだよ」

「つん公!でも、もう迷惑かけねえ!もう迷惑かけねえ!」


膳所婆さんが記憶を失っていることも知らず、婆さんとの再会を喜ぶ文雄。だが、記憶を失ってるにもかかわらず、かつての自分達のようにみなしごの面倒を見ている婆さんを見て絶句する。


「ばっちゃん…」




数日が過ぎ、文雄の体も回復してきた。

まだ寝てろと言う恒幸の言葉にも従わず、文雄は、女達に会いたいと言った。


連れてこられた女達に、文雄は「償いばしてもらう」と切り出した。

ヤクザ達は、お宝を見つければ自分も女達も自由にしてくれると言った。だから廃坑の中からお宝を見つける手伝いをしろというのだ。

女達をかくまった以上、村人も同罪。

お宝を見つけられなければ、ヤクザに何をされるかわからない。


「お前に何ができる!相手はヤクザだ!一筋縄でいきっこねえ!」

そう言って恒幸は文雄を思いとどまらせようとするが、文雄は言う。


「つん公!オレは自分を試してみたい!婆っちゃ、前より小そうなった。たぶん体もボロボロじゃ。なのに、昔のオレ達のように、みなしご拾って育てとる。オレ婆っちゃに楽させてやりたい!うまいもん食わせてやりたい!そのためには金がいる!」


「金じゃねえ!婆さまをラクにしたけりゃ、この世からみなしご無くしやがれ!」

ボウボウは叫ぶが、今の時代、それは無理な話だった。


文雄の決意は固い。こうなった以上、村人も協力するしかなかった。


自分の助けを必要としない文雄に、反抗するように

「ションベンたれのお前に何ができるっちゅーんじゃ!やってられっかよ!」

そう吐き捨て、離れて行った。



その日から文雄の奮闘が始まった。

村人や女達をまとめ上げ、ヤクザと連絡を取りつつ、廃坑を整備していった。

人々は「お宝」という言葉に、まるで熱にでも浮かされているかのように、穴を掘り進めていった。

奥まで行けるトロッコのレールも開通し、宝探しは本格化していった。


だが、そんな人々の騒ぎなど、膳所婆さんにとってはどうでもいいことだった。

子供がトロッコに乗りたいと言っているから載せてやってくれと、子供の喜ぶ顔が見たいと、ただそれだけだった。

だが文雄は、トロッコは遊ぶものではないと、それを拒絶する。


婆さんを楽にしてやりたい。そのためにはお宝が必要だ。

だが、その想いは、婆さんの望みと相容れないものだった。



村人たちのその様子を、恒幸は冷ややかに見ていた。

変わっていく文雄に違和感を抱きつつ、村人達から「役立たず」と罵られても、一人素知らぬ顔で仲間に加わらなかった。


少年はトロッコに乗りたがった。それに乗って、海の底の街に行きたいと願っていた。

そんな子供に婆さんは語る。

「昔、太陽が火の粉となって地上に降り注ぎ、それが幾千万の蟹になった」と。


それを聞いたボウボウは言った。

「太陽の下じゃ蟹は干からびちまう。もしかしたら、蟹は、今度は月に帰ろうとしてんのかもしれねーな。確かに、月夜にゃ蟹の大行進。理にかなってる。まてよ、もしかしたら、あの星は蟹の魂かもしんねえな!それだけじゃねぇ!もしかしたら、人間の魂も宿ってるのかもしれねぇぇ!オレが死んだら、この身体を蟹に食わしてくれ!そしたらオレは!…星になる!」


一人でわけのわからないことをつぶやき、勝手に納得したボウボウは自分のねぐらに帰って行った。



文雄は人が変わったようだった。

泣き虫で、ションベンたれで、いつも「つん公!つん公!」と自分のあとをついてきた優しい男はいなくなっていた。

怪我をした千景(ちかげ)を労わるどころか、お前達の嘘で自分が負った傷の方が大きいと言い放つ文雄に、ついに標が食ってかかった。

花を見ていた優しい男の変貌ぶりに、我慢できずに掴みかかった。

その二人の間に入って制したのは恒幸だった。


自分ではなく、標をかばった恒幸に、文雄は愕然とする。

「つん公…なんでその女をかばうんじゃ…。…まさかつん公、その女と寝たんじゃないやろな?」


文雄の変わりように驚く恒幸。

「冗談たい。ションベンタレの文雄は、いーっつもつん公の足手まといでした!」

でも、これからは違う。そう言って背中を向ける文雄に、恒幸は何かがおかしいと感じ取る。



村の世話人である叙々濠と銭丸を呼び出し、文雄の真意を探ってくれと相談する恒幸。

「あれはオレの知ってる文雄じゃねえ!」

その言葉に納得した二人は文雄を呼び出し、計画の真相を聞き出した。


お宝は、見つけてもヤクザには渡さない。

そのお宝を、女達が奪って逃げた!ということにする。

女達は、その前に大阪あたりに逃がす。

気付いた時は女達はいないのだから、ヤクザはどうすることもできない。

「ヤクザなんてアホですから、どうとでもなります」


さすがに二人も、その話におかしいものを感じた。


もしかしたら…文雄はもっと酷いことを考えているのかもしれん。

恒幸はそう二人に話し始めた。


もし文雄がお宝を一人占めし、それを女達が奪ったことにしたらどうなる?ヤクザは一度女達に騙されている。知らないと言っても信じないだろう。

どちらにしても相手はヤクザ。そうそううまく事が運ぶとは思えない。

何より、どちらに転んでも、文雄の身が危ういのには変わりがない。


それだけは防がなければならないと、恒幸は叙々濠と銭丸、それと通りかかった松尾とボウボウを仲間に引き込み、「猿芝居」いや「蟹芝居」を打つことに決めた。



翌日、銃声が村に響き渡り、村人達が集まると、ボウボウが歩兵銃を恒幸にむけていた。

恒幸が娼婦達と、お宝を運び出しているのを松尾が見たというのだ。

何も手伝わなかったのに、最後にやってきて宝を盗み出すとはひどい奴だ!そういう村人たちの罵声に、恒幸はふてぶてしくとぼけていた。

娼婦達はお宝を持って逃げた。もうここにお宝はない。

そうやって文雄の「宝探し」をやめさせようとしたのだが、なんとその話をヤクザ達が聞いていた。


「文雄。お前の相棒は思った以上に馬鹿らしいな」

しかし恒幸はひるまない。

「オレになにかあれば女達が手紙を出すことになっている。その宛先は、博多築港社の幹部たちだ!お前らはしょせん雇われヤクザ。この件がバレればただじゃ済まねえ!」

恒幸の大逆転だ。

しかしそう思ったのも束の間だった。

ヤクザ達にとって、博多築港社など、ただの止まり木。自分達は、そのお宝を手に、博多築港社からおさらばするのだ。幹部など、もう怖くない!


そう言うと、突然、波瀬は文雄に匕首を突きつけた。

「お前にこの男を見捨てることはできない!殺されたくなければ、隠したお宝を出せ!」

ふたたびヤクザが優勢に立った。


文雄を人質に取られては、恒幸は手が出せない。

その時、その場に膳所婆さんがやってきた。


「つん公?文雄?どっかで聞いたことあんなぁ。その名前聞くと、なんや、胸があったかくなるのはなんでだ?もしかしたら、その人たちは、オレが待ってた人たちかもしんねぇ…オレの大切な人かもしんねぇ…なのに…!その大切な人に、ナニ刃物なんか向けてんだっ!」


波瀬に向かって杖を振り上げる婆さん。

その婆さんを吹っ飛ばしたヤクザに、怒りのあまり掴みかかる恒幸!

乱闘になりかけたその時、叫び声をあげながら標が飛び出してきて、背後から波瀬の腹に刃物を突きたてた!


「13番にお宝なんてなかったげ!おったのは、蟹だけじゃ~!」


恒幸に加勢しようと銃を構えるボウボウ。

しかし、ボウボウの構えた銃は、波瀬に邪魔され、婆さんに当たってしまう。


兄貴分を刺され「村人全員、皆殺しにしちゃる!」と捨て台詞を吐いて引き上げる銀二と早乙女。


「…オレがバさま撃ったのか?…どけって言ったじゃねーかよ!…バさま…いてえか?」

放心するボウボウに「…ちっとも痛くねーぞ」とつぶやく婆さん。

何事かと近づいてきた子供の声を聞いて、最後の力を振り絞るように続ける。

「あの子を海の底にやってはなんねぇ!あの子は可哀想な子なんじゃ。誰でもいい。あの子の面倒を見てやってくれ…」


婆さんを抱きかかえる文雄と恒幸に、膳所婆さんは言った。

「…あんたたちが、オレの待ってた人たちなら…言いたいことがある…お…か…え…り…」

「婆さん!婆さん!」

「死ぬなぁーっ!」




悲しんでばかりもいられなかった。すぐにヤクザ達が報復にやってくる。

村人達はみな、村を脱出する準備を始めた。

お宝はなかったのかと嘆く村人に、うずくまったまま文雄は言った。

「お宝は13番じゃない。17番の床下…」


なんと!

文雄は最初から、ヤクザ達の裏をかくつもりだったのだ。


村人達が17番の坑道に行ってみると、確かに床下にお宝はあった。

だが、喜んでいる時間はない。

ヤクザ達が来る前に、みんなはとりあえず村を離れて行った。


一人、婆さんの仇を取るために残る恒幸に、自分も残ると告げる文雄。

「オレも残る…。バさまの仇、取らなきゃなんねぇ…」

そう言ってボウボウは廃坑に消えて行った。


嵐になってきた。

火薬まみれの村では怖くて銃が使えない。

なので二人は、数々の仕掛けをを作ってヤクザを撃退しようとした。

乱暴者で大胆な恒幸と、力はないが頭の切れる文雄。この二人ならヤクザにだって勝てる!


「観念しろ!婆さんの仇だ!」


その時、早乙女の銃が文雄を打ち抜いた。


「ここで…火の気、火花はご法度じゃろ…」

そう呟いて、文雄は倒れた。

それに気を取られた恒幸は、銀二に打ちのめされてしまった。


「海で暴れるんじゃねぇって言ってんだろうが!おめぇよ!おめぇよお!」


恒幸にとどめを刺そうとした銀二の頭に銃を突きつけたのはボウボウだった。

「女だからって容赦はしねぇ!」

日本刀でボウボウに切りつける銀二。

文雄のもとに駆け寄る恒幸を背でかばいながら

「つん公!逃げな!」

「ボウボウ!ぶちかましてやれ!」

しかしボウボウは、ゆっくりと銃をおろすと「そうしてえところだが…弾がねえや…」


その様子に勝ち誇るヤクザ達。

「つん公!逃げな!」

そう言って服を脱いだボウボウの体には、大量の火薬が巻きつけられていた。

「火薬でぃっ!ちゃんと油紙巻いてあらぁ!つん公!オレが死んだら、この身体、蟹に食わしてくれ!そしたらオレ…星になっからよお!」

そう叫びながら、ボウボウはヤクザ達を廃坑に追いやって行った。


「逃げるぞ、文雄!」

「つん公…すまねえ…いっつも迷惑ばっかかけて…」

「もう慣れっこだよ!」

しかし、文雄は立てない。


その時、廃坑が大爆発を起こした。
崩れ落ちる村。

廃坑からトロッコが一台出てきた。上に乗っていたのは、何匹もの蟹と、ボウボウの千切れた服だった。


「ボウボウのやつ、やりやがった!」

文雄はその言葉にもう応えなかった。

「文雄!文雄!目を覚ませ!」


爆音を聞きつけ、逃げていた村人が戻ってきた。

「ボウボウは?」

「ボウボウの奴、爆発しちまった」
だが、恒幸は「文雄は寝てるだけだ」と言って、その死を認めようとしなかった。

標が泣く。

「これじゃ償いできねえ!」

「勝手に殺すんじゃねぇ!文雄は寝てるだけだ!」

そこに、何も知らない子供が歌を歌いながらやってきた。
トロッコに群がっている蟹を見ると、大喜びで蟹に語り始めた。


「カニさん!海の中に、街、あるか?海の中、街、見えん!海の中、街、あるか?」


「あるに決まってんだろうが!ガラスでできてんだから見えねえだけだ!だが、お前はそこには行けねえ!行かせねえ!そこに行けるのは、せいいっぱい生きた人間だけだ!」

「生きる!」


そして、死んだ文雄の体を抱きしめながら、恒幸は叫ぶ。

「蟹に食われろや、文雄!そしたらその蟹、オレが食ってやる!オレの血潮をたぎらせる、幾千万の蟹となれ!幾千万の夢となれ!幾千万の、星となれ…」


少年が叫んだ。


「星!きれい!」




おわり




※携帯で見てみたら、最初の登場人物の紹介の部分が、ゴッチャになっていましたので削除いたしました。