2016年2月23日の衆議院 財務金融委員会における黒田日銀総裁発言が話題になっています。
黒田発言を引き出した民主党玉木雄一郎議員がツイートで紹介していた記事(*1)によりますと
"黒田総裁は、マネタリーベース(資金供給量)の増加と物価上昇率の相関関係についてあらためて問われた際、「マネタリーベースそのもので直ちに物価、あるいは予想物価上昇率が上がっていくということではない」と言い放ったのだ"
ということだそうです。
黒田総裁が何かおかしなことを言ったようには思えないのですが、「言い放った」と受け止められたようです。
実際の質疑は動画(*2)で確認することができます。
【ポイント】
1)マネタリーベースそのもので直ちに物価、あるいは予想物価上昇率が上がっていくということではない。
2)タイムラグを伴って予想物価上昇率が上がることは観測されている。また、物価上昇に対する中央銀行のコミットメント、買入資産の中身(残存期間の短い国債ではなく残存期間が長い国債の方が効果大)にも影響を受ける。
3)日銀のマイナス金利付き量的・質的金融緩和において、マネタリーベースを増加させることの効果が無いという訳ではない。
要するに、良く分かってもいない(またはQQEに悪意を持っている、あるいは、その両方)方々が、嬉々として、踊っている、ということのようです。
(「踊っている」というのは、実際に踊っているのを見た訳でも、知り合いからメールを頂いた訳でもなく、比喩的な表現です)
ロイター(*3)やブルームバーグ(*4)なども報じています。特にブルームバーグ(日高氏…)は、「マネタリーベース重視修正を示唆」と示唆などしていなかったのですが…
「リフレ派が泣いた黒田日銀のちゃぶ台返し」というコラム(?)があったので、書かれた岩本さんにツイッターで
「具体的に『泣いたリフレ派』をお示し下さると嬉しいです」とお伝えしたところ
お返事がきました。
「@shinchanchi 知り合いのメールの内容を書き記したまでです。何方がリフレ派なのかも存じませんし、特定の何方かを誹謗中傷する事を目的としているわけでもありません。建設的な議論が進めばよいな、との思いからの寄稿です。
お読み下さいまして、ありがとうございました。」
ご質問をなさっておられた民主党玉木雄一郎議員もツイッターをやっておられるので、意見をお送りしたのですが、残念ながら、何の反応もいただくことはできませんでした。
※<2016.02.29追記)>2016.02.28に「全く反論になっていませんね。そもそも岩田副総裁のグラフですが、たった6つのサンプルで統計的に有意と言い切っていること自体、?です。しかも意図的に6ヶ月平均のデータに加工している段階で情報操作の疑いあり。」
とのコメントをツイッターで頂きました。ありがとうございました。
ただ、黒田日銀総裁発言が、日銀のマイナス金利付き量的・質的金融緩和の効果と波及経路を否定するものではないことが、ご理解頂けなかったのは残念でした。統計有意云々は議論なさったとのことでしたが、動画を拝見した限り、指摘した、といったところでした。機会があれば岩田規久男日銀副総裁に改めてお尋ねいただくように玉木議員にお願いしました。
また、玉木議員は
「私は景気回復という言葉が嫌いだ。問題が、風邪をひいたような短期的なものだとの誤解を与えるからだ。真の問題は日本の「潜在成長率」が落ちていること。つまり基礎体力の低下だ。人口減少と超過貯蓄低下が進む中、全力でやるべきは黒魔術のような金融政策ではなく、生産性の飛躍的アップ政策だ。」
ともツイートなさっておられ、金本位心性を想起させます。黒魔術については、詳しく存知上げませんが、金融政策を語る際に魔術というのは…デフレ維持元の白川さんは「アート」と仰っていましたね。
</2016.02.29追記>
その模様は以下のまとめをご覧頂ければ幸いです。
《2016年2月23日財金委員会における民主党玉木雄一郎議員の質問を拝聴して》 - Togetterまとめ
肝心のマネタリーベースと予想インフレ率(予想物価上昇率と同義)はどうなっているのでしょうか?
財務省の資料(*6)から図を引用します。
二つのグラフを見比べるのは大変ですので、岩田規久男日銀副総裁の論文(*7)と原田泰日日銀審議委員の記事(*8)で、それらの関係を見てみましょう。
"リーマン・ショック(208年9月15日)後の米国のマネタリー・ ベースの半年間の平均残高と同じく半年間の平均予想インフレ率との関係をプロットしたものである。この図表は,マネタリー・ベース残高が増え続けると, 予想インフレ率は上昇する,という統計的に有意な関係があることを示している"(*7)
いずれも、マネタリーベースの増加と予想インフレ率の関係性を示唆する結果となっている。マネタリーベースを増やし続けると、3カ月のラグなどの記載が見られ、「ただちに」予想インフレ率が上昇している訳ではありません。
予想インフレ率と言えば、高橋洋一さん、と私の中では思っていますので、高橋洋一さんの記事(*9)(*10)を紹介します。
"ここで、ポイントになっているのは、マネタリーベースを増やすとインフレ予想が高まるということだ。実質金利が下がると、円安、株高になるのは従来の経済理論でもわかる。輸出、消費、設備投資が伸びるのも、従来の経済理論だ。要するに、マネタリーベースを増やすとインフレ予想が高まるのかという点だけが、ちょっと怪しいところだった。
筆者は、こうしたメカニズムを1998年から2001年までプリンストン大学で学んだ。あとでクルーグマンに聞いたら、プリンストンは金融政策の研究ではトップで、世界的な権威が集まっているとのことだった。彼は冗談めかして、プリンストンはインフレ目標陰謀団の本拠地であるといっていた。毎週開かれる金融政策のセミナーで、ベン・バーナンキ、アラン・ブラインダー、ウィリアム・ブランソン、マイケル・ウッドフォード、ポール・クルーグマンらは、日本をやり玉にあげながら、喧々諤々の議論をし、日本のデフレへの処方箋を語り合っていた。
世界トップクラスの経済学者がいうのだから、3年間は貴重な体験だった。2001年に日本に帰国した筆者にとって、学術的な議論はもう必要なく、早く実行すべき政策課題だった。
[中略]
2003年3月から日銀は量的緩和を実施していた。おっかなびっくりの慎重な運転なので、マネタリーベースとインフレ予想の関係が出るか出ないか、心配だった。しかも、まだ物価連動債がない状況で量的緩和の経済効果を測定するのは難しかったが、カールソン・パーキン法という特殊な方法を使って日銀短観からインフレ予想を抽出してみたら、日銀当座預金の増加率とそれから半年後のインフレ予想が極めて正確に連動していることが判明した。
[中略]
リーマンショック後、欧米で量的緩和が行われたので、マネタリーベースの増加とインフレ予想の増加に、一定のラグで対応関係があるのは世界各国で観測されている。"(*9)
"―― 日本では、黒・岩コンビによる量的緩和に対し、インフレ率を上げるための具体的な波及経路がないという批判が寄せられていますが?
それは単なる誤解です。わたしは10数年前から言っていますが、「日銀がマネタリーベースを増やしたら、半年のラグはあるものの予想インフレ率は高まりますし、これまでも高くなってきました」。その事実をもって本来は終わりなだけの話です。
[中略]
アメリカでは、バーナンキのQEにより、実際に予想インフレ率は高まり、ちゃんとタイムラグを経て、実際のインフレ率も上がってきています。それはアメリカに限らずイギリスなどでも見られた現象です。
[中略]
最終章の「日本の金融政策、わたしはこう考える」には、日本でのリフレの達成のために、日本銀行が何をしなければいけないか? が明確に書かれています。そのなかでバーナンキは、「リフレが正しい」と言い切り、そして、何度も何度も「予想を転換することの重要性」を説いているのです。"(*10)
予想を転換するにはコミットメント、それを裏付ける行動(マネタリーベースの量拡大、買入国債の残存期間長期化という質の面)が重要です。
岩田規久男日銀副総裁は公演(*11)で
"[前略]
金融緩和政策が実際に効果を発揮するためには、2%という物価安定の目標を中央銀行が責任をもって達成するのだという強い意思表示、すなわち「コミットメント」と、それを裏打ちする具体的な行動を伴っていることが何より重要です。
中央銀行がインフレ目標の達成にコミットし、その実現を目指して思い切った金融緩和政策を実施することによって、人々の期待がデフレ予想からインフレ予想に変わり、行動が変わり、経済全体の動きが変わってきます。このことが、政策効果実現の大きな鍵を握っています。
[中略]
最初の柱は、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」へのコミットメント、つまり「2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」ことを、責任を持って約束することです。
もうひとつの柱は、そのコミットメントを裏打ちする具体的な政策として行う「量的・質的金融緩和」であり、ここでは端的に「マネタリーベースの増加」と記述しています。"
白川方明(しらかわ まさあき)さんは、金融政策の効果の限界を言いながら、買入国債は短期が中心で、見事にデフレ維持に成功しました。
白川さんも、バレンタイン緩和(インメド)、やる気はないけどインフレ目標、辞任会見などで、予想インフレ率を上昇させることはあったようです。しかし、この時はマネタリーベース増加と予想インフレ率が、直接的に関係していた訳ではありません。デフレ予想からインフレ予想に、予想が動いた結果ですね。
日銀の分析(*12)を見てみましょう。(白川・黒田を混ぜて分析している部分があるので取り扱い注意)
誰が物価安定に寄与しており、デフレ安定に寄与しているか、明らかですね。
民主党玉木雄一郎議員が、岩田規久男日銀副総裁に論文(*7)の中で、買入資産(買入国債の長期化)について言及しているか?という質問をされ、岩田規久男日銀副総裁は、論文に記載があるかハッキリと覚えていないような答弁をしていました。
31ページの図21にシッカリと「長期国債買いオペによるマネタリー・ベースの持続的拡大」と書かれていました。
安心して下さい、書いてますよ(笑)
ツイッターランドで、リフレ政策やQQEへの無理解や曲解を散見することはありますが、財政金融委員の方でも、良く読みもしないで(あるいは読んでいるが理解しないで、または、分かっているがある狙いがあって)質問をなさったりするんですね。
マクロ経済政策に通じた金子洋一議員を財政金融委員にしていれば、このような質の質問に余計な時間を割くことはなくなると思われます。
"マネタリーベース 黒田"でツイッターランドを検索すると、その多くは残念な結果です。
超穏健派一般人は「一般の人が分かるということは、政治家にも分かるということだ(笑)」という、若田部さんの著書 #本当の経済の話をしよう のお言葉を胸に、質問したり、晒したりし続けていくので、今後ともよろしくお願いします。
237ページ "マネタリーベースが半年間増え続けると、その期間の平均的な予想インフレ率は上昇することを示している"
《リフレが日本経済を復活させる》 amzn.to/1mZCv9E
256ページ以降にマネタリーベースと予想インフレ率に関する内容が書かれています。私は309ページに登場します。
《日本経済は復活するか》 amzn.to/1mZBoXq
ご興味のある方は、ぜひ、ご一読下さい。
【参考情報】
(*1)《ついにギブアップ…黒田総裁がアベノミクスの失敗“認めた”》
(*2)《玉木雄一郎(民主)×黒田総裁 麻生太郎【国会 衆議院 財務金融委員会】2016年2月23日》
(*3)《マネタリーベースの増加、インフレ期待上昇に直結せず=日銀総裁》
(*4)《黒田総裁:マネタリーベース重視修正を示唆、直ちに物価上がらず (1)》 - Bloomberg
(*5)《リフレ派が泣いた黒田日銀のちゃぶ台返し》
(2016.02.16,岩本沙弓,ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト)
(*6)《ブレーク・イーブン・インフレーション率(BEI)の推移》(2015年12月末現在)
(*7)《なぜ,日本銀行の金融政策ではデフレから脱却できないのか》(2012,岩田規久男)
(*8)《ついに暴かれた公共事業の効果》(Voice 2014年6月号,原田泰)
(*9)《アベノミクスがまだわからない人へ|高橋洋一の俗論を撃つ!》 (2013.04.18)
(*10)《【SYNODOS】「株安でアベノミクスは頓挫した」と、1割の可能性にBETする危ない橋を渡る人たち/高橋洋一氏インタビュー》 (2013.06.09)
(*11)《「量的・質的金融緩和」のトランスミッション・メカニズム ―「第一の矢」の考え方―》
(日本銀行副総裁 岩田 規久男,2013.08.28)
(*12)《日本銀行の国債買入れに伴うポートフォリオ・リバランス: 銀行貸出と証券投資フローのデータを用いた実証分析》
(日本銀行企画局 齋藤 雅士;法眼 吉彦,2014)