芳村思風一語一会 vol.5672
☆☆☆☆☆☆
宇宙とつながる
☆☆☆☆☆☆ 
「どうすれば宇宙とつながれるか?」
「どうすれば響き合えるか?」
これはいくら考えてもわからない。
答えは出ない。
理性的に誰も証明できないものだから。
科学では証明できない。

すでにすべての人間が宇宙とつながっている。
そう信じるだけしかない。

命の中に大宇宙の摂理が働いている。
生命は大宇宙の摂理によってつくられたから。
これは大宇宙の摂理がすべての生命の存在の中に生きているということである。

人間もこの大宇宙の摂理によって作り出された1個の存在。
人間の中には大宇宙の摂理が働いている。
大宇宙の摂理によって生み出され、支えられ、
生かされているという立体的な体系的構造を人間の命は内面に含んでいる。

大宇宙の摂理とはなにか。
物理学では、科学的真理、つまり法則や構造式によってあらわしている。
数式や化学式によって示され、すべて「右辺=左辺」で結ばれている。
これは大宇宙はエネルギーバランスによって成立していることを示している。
これが物理学的宇宙観。

感性論哲学では、求感性と感性の3作用(調和・合理・統合作用)
が大宇宙の摂理であると考える。
まったく同じものが人間の命の中でも働いている。
大宇宙がバランスに従って成り立ち、
何があってもその秩序が崩れないのは、
求感性と感性の3作用がそこに働いていることを意味している。

人間が宇宙の一部であり、
また宇宙そのものであるということは、
宇宙の摂理と同じ求感性と感性の3作用が
人間の命の中でも働いているということ。

「人間観の覚醒」 第5章 感性と宇宙より

人間も宇宙の一部であるだけではなく、
宇宙そのものなのです。
だからすでにつながているのです。




 やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・ 
 
※新刊 2025年1月発売
「ほんとうの自分が見える55の問い」
著:芳村思風 文芸社

 

芳村思風一語一会 vol.5670
☆☆☆☆☆☆
東洋の哲学と西洋の哲学と違いは何か
☆☆☆☆☆☆ 
東洋の哲学は、西洋の哲学と違い、
根拠が示されていないものが多い。

わかりやすいのは「論語」。
結論しか書かれていない。
自分自身の体験、経験、学び、気づきの結論を語っている。
なぜそうなるのかという根拠は、
論語を学びながら、自分自身で体験して気づかなければ
学んだことにならない。
「禅」もまた同じ。

言葉では伝えられないものとして実感、体感で伝えてきた。
感じたことをすべて正確に言葉にすることはできない。
言葉は不完全な人間が作ったものだから、言葉も不完全。
感じたことを正確に言葉にすることはできない。

そのため西洋の基準で考えると、
日本や東洋にあるのは哲学ではなく
「思想」としか扱われないのである。

根拠ではなく実践と実感で伝えてきたものに東洋や日本の哲学がある。

感性論哲学は、神道の考え方や中国の古典と言われるものだけでなく、
「唯物論」と「観念論」を統合し、
さらに「弁証法」と越える根源的統合の論理学。

感性論哲学は、人間の本質だけでなく、
宇宙の本質を「感性」として論理的に哲学として体系化した。
感性論哲学は、芳村思風の個人の哲学を越えている。
だから「感性の哲学」ではなく「感性論哲学」なのです。

感性論哲学は、どんな哲学や考え方とも対立しない。
考え方の違いを受け入れ、学んで、成長している。
感性論哲学に完成はない。

理性の時代が終わり、西洋の哲学の時代も終わる。
理性の時代に変わる感性の時代の哲学が「感性論哲学」
これからの時代に必要な哲学。


 やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・ 
 
※新刊 2025年1月発売
「ほんとうの自分が見える55の問い」
著:芳村思風 文芸社

※芳村思風の講演会・勉強会の案内

・育成講座 参加者募集
3月15日(土)~16日(日)
新大阪で4回コースが始まります
この講座は今回で終了予定です

※思風会 全国大会
6月7日(土)午後~
広島グランビアホテル
100名


問合せ
思風庵哲学研究所
※「感性論哲学 芳村思風」で検索

芳村思風一語一会 vol.5669
☆☆☆☆☆☆
なぜ日本では哲学は育たないのか
☆☆☆☆☆☆ 
結論から言うと。日本にも、東洋にも古来より独自の哲学がたくさんある。
ではなぜ、日本には「 哲学がない」とか「育たない」と言われるのか。

それは西洋的哲学や西洋的価値判断を基準とした哲学がないだけ。

西洋の学問は、理性をベースに細分化することで発展してきた。
「人間の本質は、理性である」と考え
「真理はひとつ」として、正しさを追究して発展した。 

西洋哲学は、個人の考えをどこから追及されても、
どんな角度から責められても、 
相手を説得できる崩されることのない根拠がつくられている。
だから西洋哲学には、個人の考え方、信念しかない。

カントの哲学、ニーチェの哲学、ヘーゲルの哲学のように個人名を冠した哲学しかない。
カントの哲学とは、カントが個人で論証して体系化して作り上げた哲学。
時代に合わせて、新しい哲学が、個人によって作られてきた。

日本の大学の哲学科に入学すると、
先ず誰の哲学を研究するかを決めなければいけない。
ニーチェを選択したら、ニーチェの書いた文献を研究し、
論文を書いて、評価を受ける。

だからニーチェ哲学研究の大御所はいても、
自分で自分の哲学を作ろうという人は少ない。

なぜなら、評価をする基準がなく、
また評価をできる人がいない
だから、日本の大学では、自分の哲学は評価されない。

感性論哲学は、芳村思風の個人の哲学を越えている
理性の時代に変わる感性の時代の哲学として
これからの時代に必要な哲学。


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