「数学ができない人は、ものを教えるべきではない」


昨日の林先生のブログにありました。


同じ趣旨の話は僕の公開授業、講演会でもよく話しますし、本来であれば数学に携わる者が啓蒙していかなければならない話なのですが、彼に代弁してもらって情けない感じです。


しかし、林先生の影響力はすごいなぁ。


以下、数学の講師として自分が思うことです(赤字は林先生のブログからの引用)。



僕の講演会で必ず言うのは、


 「高校の数学は大人になってから使うことはない」


 ということ。だから、


「高校数学を勉強する意味がない」「大学受験のためだけに高校数学を勉強している」


という方向に行ってしまいます。



ですが、本当にそうでしょうか?高校数学は大人になってからでてこないことは間違いないですが、数学を学ぶ目的は、ベクトルや積分を知る(知識を増やす)ことではないんですよ。

僕は、数学を学ぶ目的は「合理的判断力(問題解決能力)」だと思います。



数学では、まず定義(ルールとか約束事だと思ってください)を理解します。

そして、問題が与えられて、その状況をつかみその状況下での最適値をだします。



その「思考の訓練」をするのが高校数学の一番の目的であり、「ベクトル」や「積分」といった単元ができるようになるというのは主たる目的ではありません(もちろん、思考の訓練によってその単元も自動的にできるようになるのですが、これは上記のとおり、大人になってから使うことはありません)。




そして、それは大人になり、社会に出てからも同じなんですよ。大人になってからもいろんな状況に遭遇します。そのときに、


「現在ある状況を正しく認識して、その状況から自分がとるべき最適値を導きだす」


これは、まさに高校数学そのものだと思います。

高校数学で思考の訓練ができているからこそ、社会に出たときにこのような問題に立ち向かえるのではと考えます。



だから、僕は講演会で次のようにいいます。


「文系で数学が入試科目にないからといってその勉強を放棄する人は、ものすごいハンディキャップを背負って社会に出てるんですよ」


そういえば、今回の東進のCMで俺いいこといってたなぁ(笑)。




「大人になってから役に立つような数学」



そうなんだよね。自分の教えている(教えようと目指している)数学は。



以下、林先生の意見についてコメント(本人に許可取ってないや(笑))。


 >>昨夜の数学云々の発言にしても、もう少し正確に言うならば、いわゆる学校(特に高校以上)の勉強を教えるにあたっては、数学ができなかった、それだけならまだしも、少なくとも数学の論理的な思考の世界を楽しいと思えなかった人が、高校生などに教えるのはいかがなものか、ということなのです。(あくまでも個人的な考えですよ。笑)



全く同意見です。林先生も書いてますが高校の数学はそんなに難しいものではないです(所詮、僕が教えれるレベルですから(笑))。もちろん、それを究める(例えば、東大の問題が解けるようになる)のは、相当の努力が必要です。

ただ、教科書レベルのことも理解できないっていうのは、その程度の思考の訓練もできないということですよね。


そして、思考の訓練をしている人はものごとをきちんと体系化し、情報量の多いものをうまく圧縮して説明することができるんです。 ですから、数学のできない人(数学力がない人と言った方が正確でしょうか)の説明は要点を得ていなく暗記中心になりやすいように思います。




昔、某塾の某教科で


「その語呂合わせ私が考えたんだから授業で使わないでね」


と会話している講師の方々を見ました。



あほかと。


教育ってそういう低次元のもので争うものではないですし、こういう方に習っている生徒さんは可哀そうに思います(少なくとも僕は習いたくない)。





>>その一方で、我々のようにただ学習指導だけをしていればよい予備校講師に関しては、絶対に数学ができなければならないと思っています。(それだけでなく、多科目のなかに自分の指導科目があるという構造上、全科目得意だったと言えるくらいでなければならないと考えています。専門の一科目に集中して向上するのと、多くの科目をこなしながら、その科目の成績を上げていくのは、同じではありません。全体のバランスの取り方がわかるためには、実際に自分が全体のバランスが取れたという経験が必要だと考えているのですが、皆さんはどう思われますか?)



まぁ、高校生に教える人間としては、数学だけではなく、英数国社理すべてがそれなりにできないとだめだろうなと感じますよ。話してて優秀だなって思う講師の方は、だいたいすべての科目がまんべんなくできますね。






>>もちろん、僕は世のすべての教え手にあったわけではありません。確かに、実際に会った教え手で、僕が優秀だなあ、素晴らしい先生だと思った方は、全員例外なく、数学ができました。かといって、例外がゼロだとも思っていません。世の中は広いですからね。




これも同感です。数学ができることは良い教え手であることの必要条件ですよね(十分性はない)。

ただし、数学の真とは厳密には違っていて、例外がありますけどね(ほぼ真といったらよいのでしょうかね)。でも、例外は多数派ではないですよ。本当にごくわずか。





しかし、昨日思ったのですが、この国では数学を勉強することの重要性が理解されていないんだなぁと感じましたね。もちろん、我々数学指導者全体に責任があるのですが。


講演会、公開授業を通じて少しでもその重要性を伝えられたらと思います。