シルバーウィーク期間中、相変わらずの朝日町の素晴らしさを堪能した朝日町shellです。
前回の館山公園に続いての朝日町観光スポット巡り。
今回ご紹介するのは、八ツ沼城跡です。
実は前回ご紹介した新宿地区の山の上にある館山公園は、山城である鳥屋ケ森城があった場所で、鳥屋ケ森城主岸美作守義満の娘である弥生姫の嫁ぎ先が、今回ご紹介する八ツ沼城の若君である原美濃守なのであります。
リンク 館山公園ー鳥屋ケ森城跡
この二つの城は置賜と村山を結ぶ最上川の要衝を監視する場所に位置していた為、最上、伊達、寒河江大江氏らがこの地を巡って、城の争奪戦を繰り広げた場所であると推測されています。ーーb
最上軍との戦いに敗れ八ツ沼城が陥落したとき、若君と弥生姫は共にこの春日沼に身を投げました。
それ以降、二人は沼の底で仲睦まじく生活しているという伝説があり、春日沼に木の葉が浮かないのは、弥生姫が毎日木の葉を掃いているからだということです。
そして現在、戦乱に散った悲劇の姫の霊を慰めるため、春日沼に弥生姫の銅像が建てられたのでした。
来る度に感じる沼に潜む主の気配。
駐車場に車を停めて、まずは二人にお伺いを立てます。
二人からOKをいただきましたので、ランチを食べた後に出発することにしました。
ちなみに沼の奥の方に小さく見えるのが弥生姫の像です。
見えますか?ーー?
持参したおにぎりを、セブン-イレブン宮宿店で購入したほうじ茶を飲みながらいただきます。
八ツ沼城跡へはおにぎりを食べた休憩所から徒歩で約15分程度。
丘陵の頂上にある城跡までは、歩道が整備されているので誰でも問題なく登れます。^^
頂上の森林。
本丸跡の立て札。
鳥屋ケ森城と八ツ沼城共に、出羽の関が原と言われた出羽合戦の際に、戦国武将屈指の名将直江兼続率いる上杉軍に攻められ落城。
しかし石田三成率いる西軍が、関ヶ原でわずか一日で呆気なく敗れたために上杉軍は撤退。
後に置賜・村山両地域の要衝地である、鳥屋ケ森と八ツ沼の二つの城は最上義光の四男、山野辺義忠の領地となります。
その後の1615年、徳川幕府の太平の世政策の「一国一城令」により二つの城は、廃城となったのでした。
廃城から数えて400年後の今年、徳川家康公没後400年事業として10月25日に、徳川幕府より朱印地として安堵された大沼の大行院で、徳川家代々御位牌見学会が実施されます。
ご興味がある方は奮ってご参加くださいね。^▽^)/ボクも行きたいよ~ん。
リンク 大沼大行院の徳川家代々御位牌見学会
夏草や兵どもが夢の跡 ー 松尾芭蕉
すべては一炊の夢と消え、残るは哀れさのみなり
あまりにも有名な、奥の細道で詠まれた上記の一節が思い浮かんだ、今回の朝日町史跡紀行でした。
まあ兎にも角にも、あまり感傷的にならずに、来月辺りにお弁当を持ってきて、紅葉狩りをしながら舌鼓を打とうかな。^^v ちゃんとベンチもあるよ!