■オーディション!
先日某所でオーディションを行ってきました。
何のオーディションとかそういうのは書きません(笑)
オーディションって色々な人が来ていろいろと自分をアピールして帰って行く。
そして残念ながら殆どの人が落ちてしまうものだ。
オーディションの際に見るところ、それは審査員各自に独特の見方がある。
だからこそ複数の審査員がいて成立するとも言える。
自分の場合 特に観るところがある。
それはまず
その子の1年後、5年後、10年後、それ以降の姿。
近年は若い子が多くなってきている。
10代の子は数年の間に顔がどんどん変わるからそれを予測してオーディションの時、イメージしながら審査する。
そして、その子がステージに立っている姿、その他仕事をしている姿をイメージできるかどうかも観る。
目の前でつたない歌や踊りを審査員に見せていても、その動きや歌を聴いてれば将来だいたいどのくらい伸びるかわかる。
だから、それをふまえて審査する訳です。
だから、オーディションでパフォーマンスをちょっとぐらい失敗しても大丈夫ですからね!
どっちかというとむしろ失敗しちゃったときにどういうリアクションをするか素の部分も観たかったりするし。
それからその子の(潜在的でも)持っている個性。
たいていの子は自分の持っている素晴らしい個性に気づいていないことが多い。
なので、オーディションでは本人がそれをアピールせず、審査する方は見逃しがちになる。
審査員はそれを見過ごさないようにしなければならない。
また、その個性が将来どのように花開いていくか見定めねばならない。
総じて言うなら、その子を観たときに「未来が見えるか」ってことですかねぇ。
ま、当たり前のことなんですけど。
でも、未来がどう見えるかって審査員にとってはかなりのなスキルが必要だったりするわけです。
さて、そんなことをふまえつつオーディションで審査する訳ですが、ここでたまにはちょっと真面目にタレントを目指している人や現役タレントへ向けたお話を書いてみる。
-------
この20数年、タレントの面倒を見ていると必ず聞かれることがある。
そして、タレント自身が必ずぶち当たる壁
自分は何を目指しているのか?
「私ってアイドルですか?」
「私って役者ですか?」
「私って声優ですか?」
「私って何ですか?」
「アイドル」とか「役者」とかその言葉やイメージを大きく持ってこの世界に入ると必ず自分のあり方に 対して自問自答したくなる時が来る。
「自分が目指してるのって何だろう?」
僕は聞かれたときには誰にでも同じようにこう答える。
「“表現者”でしょ?」
「アイドルかどうか」「役者かどうか」そんな言葉上のコトはどうでも いい。
君たちは本質的には“表現者”であることに間違いはない。
まずは自分が“表現者”であるということを認識すべきである。
自分自身を使って“表現”する、そしてその“表現”で大衆に感動を与えることを生業にする人、すなわち“表現者”。
“表現家”でもいい。
アイドルであろうと、役者であろうと、モデルであろうと、舞踏家であろうと、画家であろうと、作家であろうと、実はみんな同じく“表現者”だと言える。
みんなそれぞれ表現する手段や手法が違うだけだ。
ゆえに自分がどうしたらお客さんに対して感動を与えられる人になれるのか を考えるべき。
そうするには、そうなるには、どうしたらいい?
どうやって感動を与える?
歌?
見た目のかわいさ?
演技?
しぐさ?
自分が表現する手段として君たちは「アイドル」や「役者」etc.…を選んでいるはず。
そんなことないよぅ、自分はちやほやされたいだけだよぅ
という人であっても同じ。
お客さんがちやほやしたくなる衝動を駆り立てる表現者なのだ。
イメージ通りに自分を表現するということは一朝一夕にできるものではない。
現役タレントなら「表現すること」に磨きをかけなければならないし、
新人なら「表現するということ」をどんどん覚えていかなければならない。
タレントを目指している人なら更に努力が必要だ。
“表現者”としてなすべきコトは人によって全て違う。
100人いたら100通りもしくはそれ以上のやり方が存在する。
そしてその方法は時間の経過によってどんどん変化していくと言うことも忘れてはならない。
今日やり損ねたことを明日やろうとしても、その時は状況が違うかもしれないのだ。
というより、同じ状況であることは殆ど無い!
だから、その時々でベストの方法をいかにすべきか…。
“表現者”として学ぶべきコトは星の数ほどあるが、
“表現者”としてのセオリーは共通だ。
長くなるのでそれに関しては次の機会に。
え? で、オーディションでいい子はいたかって?
いましたよ、とか書いておくのがいいのかなぁ(笑)。
何のオーディションとかそういうのは書きません(笑)
オーディションって色々な人が来ていろいろと自分をアピールして帰って行く。
そして残念ながら殆どの人が落ちてしまうものだ。
オーディションの際に見るところ、それは審査員各自に独特の見方がある。
だからこそ複数の審査員がいて成立するとも言える。
自分の場合 特に観るところがある。
それはまず
その子の1年後、5年後、10年後、それ以降の姿。
近年は若い子が多くなってきている。
10代の子は数年の間に顔がどんどん変わるからそれを予測してオーディションの時、イメージしながら審査する。
そして、その子がステージに立っている姿、その他仕事をしている姿をイメージできるかどうかも観る。
目の前でつたない歌や踊りを審査員に見せていても、その動きや歌を聴いてれば将来だいたいどのくらい伸びるかわかる。
だから、それをふまえて審査する訳です。
だから、オーディションでパフォーマンスをちょっとぐらい失敗しても大丈夫ですからね!
どっちかというとむしろ失敗しちゃったときにどういうリアクションをするか素の部分も観たかったりするし。
それからその子の(潜在的でも)持っている個性。
たいていの子は自分の持っている素晴らしい個性に気づいていないことが多い。
なので、オーディションでは本人がそれをアピールせず、審査する方は見逃しがちになる。
審査員はそれを見過ごさないようにしなければならない。
また、その個性が将来どのように花開いていくか見定めねばならない。
総じて言うなら、その子を観たときに「未来が見えるか」ってことですかねぇ。
ま、当たり前のことなんですけど。
でも、未来がどう見えるかって審査員にとってはかなりのなスキルが必要だったりするわけです。
さて、そんなことをふまえつつオーディションで審査する訳ですが、ここでたまにはちょっと真面目にタレントを目指している人や現役タレントへ向けたお話を書いてみる。
-------
この20数年、タレントの面倒を見ていると必ず聞かれることがある。
そして、タレント自身が必ずぶち当たる壁
自分は何を目指しているのか?
「私ってアイドルですか?」
「私って役者ですか?」
「私って声優ですか?」
「私って何ですか?」
「アイドル」とか「役者」とかその言葉やイメージを大きく持ってこの世界に入ると必ず自分のあり方に 対して自問自答したくなる時が来る。
「自分が目指してるのって何だろう?」
僕は聞かれたときには誰にでも同じようにこう答える。
「“表現者”でしょ?」
「アイドルかどうか」「役者かどうか」そんな言葉上のコトはどうでも いい。
君たちは本質的には“表現者”であることに間違いはない。
まずは自分が“表現者”であるということを認識すべきである。
自分自身を使って“表現”する、そしてその“表現”で大衆に感動を与えることを生業にする人、すなわち“表現者”。
“表現家”でもいい。
アイドルであろうと、役者であろうと、モデルであろうと、舞踏家であろうと、画家であろうと、作家であろうと、実はみんな同じく“表現者”だと言える。
みんなそれぞれ表現する手段や手法が違うだけだ。
ゆえに自分がどうしたらお客さんに対して感動を与えられる人になれるのか を考えるべき。
そうするには、そうなるには、どうしたらいい?
どうやって感動を与える?
歌?
見た目のかわいさ?
演技?
しぐさ?
自分が表現する手段として君たちは「アイドル」や「役者」etc.…を選んでいるはず。
そんなことないよぅ、自分はちやほやされたいだけだよぅ
という人であっても同じ。
お客さんがちやほやしたくなる衝動を駆り立てる表現者なのだ。
イメージ通りに自分を表現するということは一朝一夕にできるものではない。
現役タレントなら「表現すること」に磨きをかけなければならないし、
新人なら「表現するということ」をどんどん覚えていかなければならない。
タレントを目指している人なら更に努力が必要だ。
“表現者”としてなすべきコトは人によって全て違う。
100人いたら100通りもしくはそれ以上のやり方が存在する。
そしてその方法は時間の経過によってどんどん変化していくと言うことも忘れてはならない。
今日やり損ねたことを明日やろうとしても、その時は状況が違うかもしれないのだ。
というより、同じ状況であることは殆ど無い!
だから、その時々でベストの方法をいかにすべきか…。
“表現者”として学ぶべきコトは星の数ほどあるが、
“表現者”としてのセオリーは共通だ。
長くなるのでそれに関しては次の機会に。
え? で、オーディションでいい子はいたかって?
いましたよ、とか書いておくのがいいのかなぁ(笑)。