・読み終わった日:2013年8月15日
・人物:僕(ワタナベトオル)、直子、キズキ、永沢、ハツミ、レイコ、緑(小林緑)
・ストーリー:
第1章:
37歳の僕は飛行機に乗っていた。
着陸すると天井からビートルズの「ノルウェイの森」が流れてきたがこのメロディーを聴くたびに僕は混乱してしまう。
僕は今までに失ったものを考えた。
そして1969年の秋の20歳の頃を思い出していた。
18年という歳月が過ぎてもあの草原の風景を思い出せた。
そのとき直子は歩きながら井戸の話をした。
記憶は不思議なもので当時何も感じなかった風景が今思い出すことができるがなおこの顔を思い出すことができない。
彼女はそのとき野井戸の話をしていた。
井戸はとても深く2、3年に1度人間が落ちるから私のそばにいて欲しい、そうすればお互い安心だと言う。
僕がそれならずっと一緒にいればいいと言うと直子は立ち止まった。
そして背伸びをして僕の顔に彼女の顔をつけて、そう言ってくれると嬉しい、と言う。
しかし直子はそれはできないと言い実際会社で働くようになれば一緒にいることは不可能だという。
僕がもっと肩の力を抜いて考えたらと言うと直子はそんなことをしたらバラバラになるしこういう生き方しかできないという。
僕が黙ってしまうと直子はあなたが考えているより深刻で混乱しどうしてあのとき私と寝たのか、と問い詰めた。
すると直子は、ごめんなさい、気にしないで、と言う。
そして私のことを好きかと聞き好きだと答えると直子は2つの願いを聞いて欲しいと言う。
1つはあなたが私に愛に来てくれたことを感謝していることを知ってほしい、2つ目は私のことを憶えてほしい、と言う。
本当に忘れないでと念を押す直子に僕は忘れないと言った。
しかし記憶の薄れに不安を抱きつつ僕はこの文章を書いている。
直子との約束を守るためにはこれしかなかった。
若い頃の直子を書こうと思ったが全然書けなかった。
そして直子の記憶が薄れるほど理解が深まった。
直子は僕の記憶が薄れるのを知っていたからそういったのだと思った。
そう考えるとたまらなく哀しくなるがそれは直子は僕のことを愛していなかったからだ。
第2章:
僕が20年前の18歳のとき大学の学生寮にいたが僕は68年から2年間住んだ。
1、2年生は2人部屋だが男だけの部屋は大体汚く壁には若い女の裸の写真か歌手、女優の写真が貼ってあった。
だが僕の部屋は死体安置のように清潔だったがそれは同居人が病的な清潔好きだったからだ。
僕がヌード写真を貼ると嫌がり運河の写真を貼った。
みんなは彼のことをナチとか突撃隊と呼ぶようになり僕に同情していたが僕は困らなかった。
彼が部屋を掃除してくれたし身だしなみもチェックしてくれたからだ。
彼は国立大学で地理学を専攻していた。
卒業後は国工地理院に入って地図を作りたいと言っていた。
僕は演劇を専攻していたが理由はただ気が向いたからだった。
彼は僕の理由に納得いっていなかったが正論だ。
彼は学校に行くときはいつも学生服だったのでいかにも右翼らしく見えたから突撃隊と呼ばれたが政治は全く興味なかった。
興味は海岸線の変化やトンネルなどで話し出したら止まらなかった。
彼は何時も朝ラジオ体操をしたがその時間はいつも僕が寝ている時間だったので1度話し合ったことがある。
せめて跳躍の飛び上がるのはやめて欲しいと言うともう10年間やっているので1つ抜かすと全部できなくなると言いワタナベ君も一緒にやろうと言われてしまった。
僕が突撃隊のことを話すと直子は笑ったがそれは久しぶりの笑いだった。
我々は土手を散歩していたが直子は自分も共同生活できるかと聞いてきた。
僕は直子に何かに入るのかと聞くと彼女は曖昧に答えた。
直子に会うのは1年ぶりだがとても痩せていた。
我々は偶然電車の中で会ってここに来たのだった。
彼女は1人で映画に行くところで僕は神田の古本屋に行くところだった。
お互い急ぎではなかったので途中の駅で降りてかなり歩き蕎麦屋に入った。
直子は言えた筋合いではないがこれから時々会ってくれないかと言う。
僕は彼女を送っていくと彼女は今度の土曜に電話していいか、と言うのでOKする。
初めて直子に会ったのは高校2年の春だった。
彼女はミッション系の女子高の2年生でキズキという恋人がいたが彼は僕の唯一の親友でもあった。
直子とキズキは幼馴染ということもあり全てがオープンだったので3人でどこかへ行くこともあった。
彼は頭が切れ公正だが社交的でなく僕以外とは誰とも仲良くならなかった。
一方僕は1人で本を読んだり音楽を聴くのが好きで平凡で目立たないのにキズキが僕に声をかけてきたのが分からなかった。
彼の父は腕利きの歯医者であった。
3人でよく出かけたがキズキが席を外すと僕らは会話は弾まなかった。
二人とも話す方ではなかったからだ。
キズキの葬式の2週間後に1度顔を合わせたがやはりこのときも会話は続かなかった。
彼女が僕に腹を立てていると思ったのはキズキが最後に会った相手が僕だからだ。
ある5月に昼食が済むとキズキが午後の授業をサボってビリヤードに行こうと誘うので行った。
めずらしくキズキが真剣にビリヤードをしたのでどうしたのかと聞くと今日は負けたくなかったと言う。
彼はその夜に車の排気口にゴムホースをつけそれを車の中に入れて死んでいた。
遺書もなく動機も分からず僕は最後に会ったということで事情聴取された。
その後僕はある女性と付き合ったが半年ももたなかった。
僕は神戸を出たいという理由で東京の受かりそうな大学を受験し合格し、行かないでという彼女を振り切って上京した。
東京について僕は物事を深刻に考えない、物事と距離を置くようにした。
しばらくするとあることにたどり着いた。
死は生の対極ではなくその一部として存在している。
僕は18歳にして死を中心に回転していたのだった。
第3章:
次の日、直子は電話をかけてきて翌日の日曜日に我々はデートをした。
過去の話はなくただ歩き食事をするだけだったが毎週続いた。
そして僕は直子にだんだん好感を持つようになった。
彼女は武蔵野の女子大に通っていた。
彼女の住んでいるアパートの近くに用水路がありよくそこを散歩した。
直子がこの大学を選んだのは自分の高校からは誰も来ないからだ、ということだった。
何を話したかは憶えていないが過去の話はなく黙り込むことも多々あった。
しかし突撃隊の話が好きなのでよく話してあげた。
普段彼女は笑うことはなかったが突撃隊のときは笑った。
一度だけ僕に好きな人はいないのかと聞いたが僕は別れた女性のことを話した。
彼女と寝るのは好きだったが心を動かされることはなかったしそれは僕には固い殻があって人を愛せない、と答えた。
彼女は人を愛したことはないのかと聞き僕は無いと答えた。
秋になり寒くなると直子は僕と腕を絡めたりコートのポケットに手を入れてきた。
僕は直子が可哀相に感じたがそれは僕を求めているのではなく誰かだったからだ。
冬になると直子は何かを探すように僕の目をじっと覗き込んだが僕はやりきれないような淋しいような不思議な気持ちになった。
抱きしめようと思ったこともあったが傷付くと思い留まった。
寮の連中は僕をからかったが説明するのが面倒だったのでしなかった。
19歳になった僕は相変らず直子とデートをしていたがこれから何をしようとしているのか分からなかった。
学校では友達も作らず寮の仲間とは適当に付き合い本を読んでばかりだった。
そんな僕を見ていた連中は作家を目指しているのだろうと思っていたが僕はなりたいものは何もなかった。
直子にそのことを伝えようと思ったが上手く言葉が見つからなかった。
僕は気に入った本を何度も読んでいた。
寮には僕のように本を読む人はいなかったが僕の好きな「グレイト・ギャッツビー」を読んでいる人が1人だけいた。
永沢という東大法学部の学生で学年は僕より2つ上でこの本がきっかけで親しくなったが彼のことを知れば知るほど奇妙な人だった。
僕以上の読書家だったが死後30年以上経っていない作家は読まなかった。
彼曰く寮内でまともなのは俺たち二人だけであとはみんな屑だと言いそれは俺たちだけが「グレイト・ギャッツビー」を読んでいるからだと言う。
彼は頭がよく簡単に東大に入り外交官を目指していた。
父は名古屋で病院を経営し兄は東大医学部生だったし寮内では誰もが彼に一目置いていたがそれは彼は人を惹きつけるものを持っていたからだ。
そんな彼が僕に興味を持ったのだから驚かされた。
彼は背反性、すなわち優しさと底意地、楽天的な前進と孤独な陰鬱にのた打ち回っておりこの人なりの地獄を抱えていた。
彼は僕に正直だったが彼が女に意地悪をしているのを見てから彼に心を開くまいと決めていた。
永沢さんにはいくつかの伝説があり1つはナメクジを食べたこと2つ目は大きいペニスの持ち主であることだった。
2つとも本当で100人の女と寝たという噂があったが本人の話では75人くらいではと言っていた。
僕は一人しか寝ていないと言うと彼は簡単にできると言いある日永沢さんに誘われ着いて行ったが本当だった。
彼と一緒に都心のバーに行き適当に二人組みを見つけ酒を飲みホテルでセックスをした。
彼は話がうまく優しくそのせいで一緒にいる僕まで良い男に見えるらしかった。
僕は永沢さんのことを感心するのと同時にキズキはいかに誠実だったかを思い出させた。
その点永沢さんは才能があり女と寝ることはゲームと変わらなかった。
僕は知らない女と寝るのは好きではなかった。
朝起きたときの二日酔い、避妊具をつけたか、化粧ののりが悪いなど愚痴を聞くのが嫌だった。
しかしこんなことが3、4回続いたがある日永沢さんにこういうのは虚しいと言うと彼も同じだと答える。
彼が寮に入ったのは女遊びをさせないための父親の命令だったが意味がなかった。
永沢さんには大学入学時から付き合っているハツミさんという同い年の女性がいた。
僕も何度か会ったがとても感じのいい人だった。
飛び切りの美人ではなかったが誰もが好感を持ってしまう人で僕もそうだった。
彼女はお嬢様女子大に通っており僕に女の子を紹介してくれると言っているが過去の失敗からいつも断っていた。
彼女は永沢さんを真剣に愛していたし彼の女遊びも知っていたがそのことについて何も言わなかったし僕もこの人が恋人だったら知らない女と寝たりしないと思った。
彼は俺にはもったいない女だ、と言うが僕もそう思った。