皆さん、こんにちは。大津です。



以前から言っている振り子の理論というものが
あります。


例えば医療用麻薬。

緩和ケアの習熟度が高くない施設は
あまり使いません。

習熟度が上がると、今度はどんどん
使うようになります。けれども
医療用麻薬が効きづらい痛みにも
やたらめったら増量してしまって
眠気ばかり出してしまいます。

さらに習熟度が上がると
落ち着くべきところに落ち着きます。
適量の医療用麻薬を使いこなせるように
なるのです(余談ですが、ゆえに私は
医療用麻薬の総使用量で緩和ケアの
普及如何を論じるのが好きではありません)。


これは社会のいろいろなところで
見かけるものだと思います。

一度行き過ぎて、良い方向へ収束する。

告知もそうです。

やらない。

やる。しかし何でも言えば良いと
考えがち。

↓今

上手に過不足なく伝える。

こうして人間社会は進歩してゆく
のでしょう。


最近医者が書く医療否定本が
流行っています。多くは医師の
大先輩方が一般向けに書いている
本です。

やや極論のような意見も
散見されます。

例えばこの記事。
↓↓
http://biz-journal.jp/2013/02/post_1565.html

(引用)『そういう痛みや苦しみは治療から来るものであって、世間で思われているほどがんは痛くはありません。つまり、患者は手術で痛み、抗がん剤で苦しむわけです。そういう治療の痛みを、がんの痛みだと思ってしまうわけです。痛いのは治療するからですよ』

とあります。


有名な先生が何人かそのような
ことを書いているので、影響を
受けている人もいるようです。

けしてそれは事実ではありません。

治療をしなくても、がんは痛いです。

またがんが進行して、余命が短く
なると、様々な苦痛症状は出ます。

たとえ治療しなくても、です。

私も「治療しなかった」がんの
患者さんを複数診て来ましたが、
やはり痛みをはじめ何らかの苦痛症状が
出ていた例のほうが多いです。

全く何の苦痛緩和薬も必要としなかった
方はほとんどいません。

しかも余命が短い週の単位となれば
全身倦怠感等を含めて様々な苦痛症状が
出ますから、何もしなければ全く苦しくない
という単純なものではありません。

ですから、治療のみが痛みを作る、と
捉えるのは、私は短絡的だと考えています。

もちろん、全てのがんの患者さんに
痛みが出るわけではないですから、
治療の如何に関わらず、最後まで痛みが
出ない人もいます。
だからと言って、「治療しなければ痛みも
出ないのだ」とは到底言えません。
治療しなくても、苦痛症状が出た人が
たくさんいるからです。

だからこそ緩和医療が必要なんです。
どんな患者さんにもです。


緩和医療と聞いて、「嫌だ」と拒否する
というのは大幅な誤解の産物です。
緩和医療を受けて損になることなど一つも
ないのです。




人は「裏」を考えるのが時に好きです。


先述の記事に

(引用)『病院経営という面から見ると、がんの治療というのは、すごく大きな割合を占めています。がんが怖いから病院に来たり、人間ドックを受けたりするわけですよね。でも、医者が「外科手術はほとんど無意味だから、放射線治療でいい」とか、「抗がん剤は効かない」「がん検診や人間ドックは受ける必要がない」というようなことを言い始めたら、誰も病院に来なくなり、治療の数も減って、つぶれる病院がたくさん出てしまいます。だから、医者はそういうことを知っていても誰も言わないわけです。』

とあります。

私は現場の医師はそれほど算盤をはじいて
いないと思います。

むしろ「治療しなければ」という
使命感でやり過ぎてしまう、
というのが本質であると思います。


病院の経営者ならば収益も考える
でしょうが、ほとんどの医師は、特に若手
医師は、採算等は考えていません。

それに恵まれた医療保険制度が相俟って
やれるところまでやってしまうというのが
現状だと思うのです。

また忙しさ故の言葉の足りなさが(言い訳
をしているわけではありません)、
医療者特に医師に対する誤解を招き、
上記のような極端な意見が浸透する土壌が
生まれてしまっているのだと感じております。
これもまた私が考える本質です。



最近、例えばこれらの医師の先輩方の
医療の良くない点を描いている本が
売れているようです。ネット書店の
レビューにも絶賛が並び、医師に対する
厳しい批判も記されています。

私は、極端な意見や、その裏に経済的
利益を強く疑う姿勢、ひいては医療は
金儲けかつでたらめであると考えるのは、
必ずしも将来の日本人の良きQOLに
対してプラスになるのか疑問を抱いています。


私は医療は
「諾々と受けるでも」「受けないでもなく」
「賢く使うもの」であると思います。


もし過剰な不信を抱いて例えば前述の
緩和医療を受けなければ、苦しみを
最後まで我慢しなければならないかも
しれません。

自らの人生のために、必要ならば
受ける。きちんと良い情報も悪い情報も
知ったうえで決める、そういう時代に
なって来ているのではないでしょうか。


”世代差”も感じます。

確かに延命医療が当たり前の時代に
育った先生方がそれを否定するのは
勇気のあることですし、評価しています。

けれども今必要なのは
大切な医療まで否定することではありません。

「賢く一般の方が医療を使えるため」
に有益な情報が求められているのです。

そういう意味で、私たちは超熟練者の
先生方が一般向けに出されている本には
現代の進歩した緩和ケアに即さない記載も
あるので困っています。


できるだけ皆さんに医療の本当の形を
知ってもらいたいと願って、いくつかの
本を出した身としては以下を痛感しています。


◯ 極論の本ほど売れる。

だからなかなか過不足ない話が届きません。
悲しいことです。出版に結びつきやすいのも
そういう本である現実。


◯ 医師の大先輩の本のほうが売れる。

先輩がすごいのは当たり前です。しかし
新しい医療に関しては、当然若手医師の
ほうが詳しいのです。緩和医療に関しても
そうです。医療の捉え方もそうです。
若手医師はけして医療万能と考えていない
人も多いでしょう。


過不足なく伝えようとすると、
「どっちつかず」と言われてしまいます。
いや、「その中間に答えがあるんです!」
と何度言ってもなかなか理解してもらえない
こともしばしばです。


私たちは今振り子が一度行き過ぎる方向に
あります。

実際に患者さんを見ていると、既存の
医療に不信感をいだき、以前よりも
良い方向へはっきりと意見を言ってくれる
こともあれば、正当な医療まで(明らかに
それを拒絶するほうが害が多そうなのに)
そんなものは効くか!
と拒絶されるようなことが増えて来ました。

最後に繰り返します。

医療は「賢く使うもの」です。

どうかよろしくお願いします。


書店にも、もっと極論の本ではなくて、
過不足なく描かれている一般向け医療本が増え、
きちんとそれが一般の方に手に取ってもらえる
ことを願います。


それでは皆さん、また。
いつも読んでくださってありがとうございます。
失礼します。