138.女の逆襲 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

138.女の逆襲

月曜日、本当は鬼のように忙しい仕事の日だった筈の今日、私は1日中布団の中でゴロゴロしながら過ごした。

彼は私の体調を気にしながら、やっぱり「正義」を主張する。

私はそんな彼に「はいはい」と返事をする。

このまま流してしまおうかとも考えたが、彼の為に動きたいとも考えていた。

本当は誰の為なのかなんて分からない。

ただ、私は1度目のレイプの頃のように一人ぼっちだったなら、きっと何も考えずに流していたと思う。

彼が居たから、自分に出来る精一杯だけど、動こうと決めた。


翌日の朝、私は電話を取り、派遣会社ではなく現場に直接連絡を取った。

「もしもし、田中君?」

「はい、田中ですがどちら様でしょうか?」

同じ年の社員の一人が電話に出た。

田中君が出ることは分かっていた。

田中君に詫びを入れたかった。

「せのりです」

「を~ぃ、ありえへんし~」

「ごめんね、昨日どうやった?」

「昨日ってか、今日なんか昨日なんか判らんし」

「もしかして、徹夜?」

「そう!さっき終わって栄養ドリンク飲んだとこ。昨日どうしたん?」

「うん、休んだ。派遣会社には連絡入れたけどね。これから先も行かないよ」

「え、辞めたって事?聞いてないって~。今日もせのりちゃん呼んでるし、頭数入れてるで」

「あ、まだ話いってなかった?休むとは言ったけど辞めようと思ってる」

「マジでか!?昨日もせのりを呼んで来いとか言われて大変やったのに…」

「ほんと、ごめん」

「何かあったん?」

少し悩んだ、言うべきか言わざるべきか。

だけどほんの少しだ、私は田中君に聞いておきたい事があった。

「うーん、まず質問していい?」

「あぁ」

「今、上司が飛んだら田中君どうする?」

「それヤバイって。俺まだ3ヶ月やで。まだここ仕切れんもん」

「そか…。頑張るとか言ってくれると私、気が楽なんやけど」

「え、何?すんごい怖いこと考えてない?うーん…」

田中君は少し唸りながら考えているようなアピールを電話口で取っていた。

「うん、まぁ、頑張るよ」

「そう、ありがとう。私、日曜日にあなたの上司に襲われたんだよねー」

「は?それマジッすか!えぇ女や~とかいつも言うてたけど、まさか…ほんまにやるとは…」

「でね、私だけじゃないんよね。ほら、急に来なくなった子いるじゃん。連絡とったら…そうだったわ、みんな」

私が仕事を休んだことで、勘のいい女の子が連絡をくれていた。

沢山の証言が集まっていた。

みんな口をそろえて言った「自分にも非がある」と。

私もそう思う。

だけど、何が善なのかよく判らないし、自分が悪いのかもしれないけど動こうと思ったんだ。

「ありえへん…ってか、ほしたらまだ働いてる中にも…」

「うん、多分同意してる子は働いてると思う」

「俺、こんなトコで働いてるわけ?」

「あはは、気を落とすな」

「で?警察に行くってこと?」

「うぅん、私には警察に行く勇気はないの。でも、チクらせて貰う」

「・・・あぁ」

「田中君には昨日の事といい、これからの事もすんごい迷惑かけるけど、ごめんね。謝りたくて朝一にまず電話したの。仕事さー、楽しかったよね。ありがとね」

「いや、こちらこそ、厳しく育ててもらってサンキュっす。マジこの現場楽しかったよな。うーん、俺頑張るわ、マジで!また差し入れ持ってきてな」

「ありがとう」


私は電話を切り、そのまま派遣会社に電話をした。

今までの事、他の女の子の事を全て話した。

派遣会社の人間はとりあえず、イチイチ驚いていた。

「ありえへ~ん、ちょっと待って、せのりちゃ~ん、これ…どうしよう?」

「私に聞くんっすか?」

「いや、やるべき事は解かってる!うん、解かってる!待って、テンパってんのは俺!」

「あの、私の理想はですね、そっちで全て処理して欲しいんです。今あげた女の子には確認のみで、話を聞きださないであげて欲しい。警察沙汰になっても、2度3度と私や女の子からはお話できません」

「そか…だよね。一応、警察と相手方と相談してみるよ。相談ってのも変な話だけどさ。この件でまた折り返しても、せのりちゃんは大丈夫?」

「あ、はい。少しくらいならお受けします」

「うーん、何て言っていいんだろう…。ごめん、言葉見つからん。また顔だしてよ」

「はい、近々行きます」


それから、随分音沙汰なかったこの一件、1ヵ月が過ぎたころくらいに派遣会社から連絡があり、現場本社のお偉い方と話をして欲しいと頼まれた。

敬語が出来ないとふざけた理由で1度は断ったのだけど、丁寧に話してくれればそれでいいと言われ私はそのお偉い方の電話連絡を待ったのだ。

「あぁーもしもし」

渋い声でオーラバリバリだけど、まだ30代ではなかろうかという男性から連絡があった。

「聞かないでくれという事だったのだけど、これが最後という事で事実確認をさせて欲しいと思ったのだが、君は大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

派遣会社から全て話は伝わっているようで私はYESと頷くだけの一問一答が続いた。

正直ホッとした。

「ごめんね、ありがとう。こちらでも確認を取ったが間違いはないと認めている。他の女性には連絡をしないつもりだが、これは許しがたい事実であり、警察の方へ届け出たいと思っているのですが、警察の届出に関して君たちの意見を聞きたい」

「難しいことは判らないんです。私たちは自分をまず責めましたし、今でも自分に非があると考えています。何をしていいかも判らない。ただ、嫌な思いが胸に残った。ただ、腹立たしい。正直、それを晴らす為だけなのかも知れないけれど、許せなかったんです。でも、これ以上嫌な思いはしたくないんです。勝手なんですが…。事件になればとても辛い。なので、一切関わらない条件でおまかせします。何もなかったことにするというのも考えの内にはあります」

「解かりました、任せていただけるという事で、その言葉に甘えさせてもうよ。今聞いた上で、警察に届け出るのは難しそうですね。こちらも同じとは言わないが、腹立たしい思いでいっぱいだよ。とても許せない事だ。我々がとる処分のみで許していただけるだろうか。君たちを失って本当に残念です。ずっと働いていて欲しかったよ。今回、本当に申し訳なかった。改めて、すみませんでした。謝ることしかできず…どうか、心の傷が1日も早く癒されればと思っています。」

「いえ、ありがとうございます。とても楽しい職場でした」

「そう言ってもらえると、嬉しいですよ。私たちが出した結果をお聞きになられますか?」

このあと、長い話だったがその上司がどうなったかを聞いた。

実際、確認の電話だったわけだが、処分されたあとだったようだ。

私は事実確認をしていないので、それが嘘なのか本当なのかは判らない。

上司はこの会社を解雇された。

田中君が現場の支配人に昇格し、被害者の女性は辞めていった。

派遣会社との契約も切れ、一時は傾きかけたがどうにか立直したという事だった。

他にも色々と言っていたが、覚えてはいない。

良かったと一言で終われないようなそんな心残りは少々ある。

何が残っているのかは私にはわからない。

だけど、その後に見れた女の子たちの笑顔は、そんな心残りをかき消してくれた。


「よく頑張ったな。お前は会社の為にも良いことをしたし、いろんな人の為になったと思うよ。自分の為にもな」

彼に報告をするとそう言ってくれた。

「俺が守ったるから」

彼のそんな言葉に、どうやって守るんだよ!なんて思える余裕がでたのは、ずっとずっと先の事のなのだけど…。



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