120.一方通行 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

120.一方通行

過去の記憶が少ない所為か、彼の言ってくれた言葉は全て覚えている。
この頭が彼だけのためにあるかのように、言葉や出来事が吸収されてゆく。
本人も忘れてしまったことを覚えている。
そんな彼の全てが私の生きる力となる。
私はそれを信じている。
何も怖くはない、彼が言っていてから・・・。


盆休みを終え彼はまた仕事ばかりの毎日のようだ。
昔流行ったポケベルのようなメールを何度もくれた。
おはよう、暑い、疲れた、お疲れ、オヤスミ、随時報告がきた。
はじめは何度も携帯がなる事に嬉しかったけれど、何かが違うと思えた。


<今日も残業?何時くらいに帰ってくるの?>
<疲れた>


<なんか暑いね。今テレビで動物もへたれてたよ>
<今仕事終わった>


私が打ったメールの返事なのか、偶然メールを打つタイミングが重なっただけなのか、会話は噛みあっていなかった。
無理問答のようで、独り言のようで、寂しかった。


そんな彼からのメールも3日続いてこなくなった。
また忙しくなったのだろうか。
それでも私はメールを送り続けた。
たまに「おはよう」と言ってくれる彼がいる。


メールが来なくなって1週間弱。
私は携帯を握りしめ、液晶に彼の電話番号を点灯させ、ため息をつく。


仕事先でのトラブルに悩んでいたのだ。
私は仕事以外、人とは関わらない。
出来れば仕事場でもあまり関わらずに仕事が出来ればと思っている。
だけど、そういうわけにもいかず私は自分を偽り人間関係を築いていた。
やり方なら中学で学んだ。
どうすれば上手くやっていけるかくらい知っている。
トラブル・・・そうトラぶっているのは自分の心の方だ。
自分を偽っていると自分がいつか壊れ始める。
仕事から家に帰ってきて、妙に怖くなる事がある。
もう仕事に行きたくないと思うようになる。
何故か誰か側に居てくれると安心できた。
それは彼だけではない。
言ってしまえば誰でもいい。
だれか、話を聞いてくれる人が居てくれれば、それでいい。
自分が元に戻りさえすれば。


その時、私の中には彼しかいなかった。
話を聞いて欲しくて、彼に電話をした。
コールが鳴り響く。
鳴り続けて、女性の声に切り替わる。
留守番電話。


日が変わるまでかけ続けたけれど、彼は出てくれなかった。
「辛い時電話してこいよ」彼の言葉がグルグルと頭の中を巡った。
何でこんなにも一方通行なんだろう。


泣きそうで、でも涙が出なかった。
彼が遠い、そう思った。
私は彼に依存している。
彼が話をしてくれないと、上手く生きられない。
涙はどうしたら流れるの?
こんな時、辛い時どうしたら心は楽になるの?


彼が言ってくれた言葉を思い出し、彼を責めた。



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