兵藤裕己(校注)『太平記(一)』岩波書店(岩波文庫),2014年4月,978-4-00-301431-8

鎌倉幕府の滅亡に始まる南北朝の動乱・北条一族の終焉・楠正成らの知勇が支える後醍醐天皇の新政権・足利尊氏の離反と南朝北朝の分離・室町幕府の成立…。数十年にわたって列島を揺るがした巨大な戦乱を記す『太平記』全40巻。後世に深甚な影響を与えた書の古態を伝える室町初期の「西源院本」に、初の校注を加える。全6冊。




もともと購入リストには入っていなかったが、現物のあちこちを「つまみ読み」するにつれて、購入を決意。

36ページにわたる[解説1]が圧巻で(各巻ごとに同規模の解説が付されると見られる)、その中に次の一節がある。


『太平記』は、南北朝時代の歴史読み物であると同時に、文化百般の教養を提供する一種の百科事典でもあった。


たとえば、『太平記』には、『史記』をはじめとする中国史書を原拠とするおびただしい故事・先例説話が引かれている。古代中国の伝説的な聖帝である堯・舜の世にはじまり、殷代・周代の故事、春秋五覇や戦国時代の六国、秦の始皇帝による六国の制覇をへて、楚の項羽に勝利した劉邦(高祖)による漢の建国、そして仏教が伝来した後漢の時代をへて、三国時代の諸葛孔明、さらに唐の太宗や、玄宗皇帝と楊貴妃の故事なども、『太平記』を読めば、その要点をひとわたり学べるようになっている。


『論語』『孟子』以下の儒学の経書類はもちろんのこと、『老子』『荘子』、また『孫子』『六韜』などの兵法書も随所に引用されている。『詩経』や『文選』、唐詩(とりわけ白居易と杜甫が多い)、宋詩、さらに元代の漢詩文は、本朝の和歌や朗詠、宴曲などとともにさかんに引用されている。


また漢籍の引用にくらべれば量は少ないが、仏教関連の故事も、禅宗や天台宗、真言宗関連のものを中心に少なからず引かれている。


さらに中世的に改変された日本神話(いわゆる中世日本紀)のアマテラスやスサノオの話をはじめとして、菅原道真が北野天満宮に祭られた経緯、日吉山王権現や、吉野蔵王権現、八幡神の由緒(応神天皇と神功皇后)など、神道関係の知識もふんだんに盛り込まれている。あるいは、小朝拝から仏名会へいたる朝廷の年中行事、即位式と大嘗祭、中殿御会の式次第、大内裏と内裏の殿舎構成など、わが国の有職故実の概要も学べるように工夫されている。


『太平記』を読むことで、かなりの教養を身につけることができたわけで、そのような教養書としての需要が、中・近世における広汎な『太平記』享受の一因だったろう。


『太平記』のこういったところが、このたびの購書を決意させた理由にもなろうか。