S-220 ランパンの騎士首像 | きょうの石膏像 

S-220 ランパンの騎士首像


きょうの石膏像     by Gee-S-220
S-220 ランパンの騎士首像    H.43×W.22×D.19cm (パリ・ルーブル美術館収蔵)



ルーブル美術館というと、”ミロのヴィーナス”や”サモトラケのニケ”といった古代ギリシャ彫刻の”超”有名作品が目白押しなわけですが、そういったお宝の山のなかでもキラリと光る魅力を放っているのが、今日取り上げる”ランパンの騎士”の彫像です。


紀元前550年頃の作品で、アテネのアクロポリスで発掘されました。


ルーブルの本物の映像はこちら、


ファイル:003MA Equestrian Kouros (2).jpg


ルーブルにあるのは頭部のみで、この写真の首から下はレプリカです。首から下の胴体部分と、その下の騎馬の部分はギリシャ・アテネのアクロポリス美術館に収蔵されています。



ルーブルにこのランパンの騎士の頭部が持ち込まれたときには、アテネにある胴体の存在はまだ知られていませんでした。


明らかにアルカイック期特有の表情を持っているにも関わらず、かなり首をかしげたポーズであることが大きな謎でした。というのも、古代ギリシャのアルカイック期の彫像の特徴は、直立した体重移動のすくないポーズであるからです。


その後の考古学者の研究によって、アテネに残されていた胴体と結びつくことが判明し、謎は解明されました。

この頭部は騎馬群像の一部で、なにかの戦いか競技での勝利に対しての歓声を受けて、それに応えようと観客の方に首をかしげていると考えられています。



彫像はアルカイック期(紀元前700~480年)からクラッシック期(480~323年)への過渡期の作品であると考えられます。全体的にはアルカイック期特有の直線的な姿勢であるにも関わらず、首をかしげる動作が加わることで、来るべきパルテノン神殿の時代を予感させています。


ルーブル美術館の解説書によると、同じような騎士像のもう一体の破片が発掘されていることから、群像であったことが確認されています。また、アテネの独裁者ペイシストラトスの息子たち、ヒッピアスとヒッパルコスの二人を表しているのでは?と推測しています。




ちなみに、”ランパン”とは、当時のアテネ駐在のフランス行使ランパンが、この首を所有していたことに由来します。




きょうの石膏像     by Gee-FR072
ちょっと離れて撮影したもの。


この写真で見ると、首だけでなく体全体で重心が移動していることがよくわかります。

アルカイック期によくあるコレーとかクーロスの像とは、明らかに異なっています。






今回取り上げた、S-220 ランパンの騎士首像は、私共の運営するオンラインショップ「石膏像ドットコム」で実際に購入していただくことが出来ます。以下のバナーをクリックすると、ショップに入れます。よかったら覗いてみてください。


きょうの石膏像     by Gee-sekkouzou.com