筋立て、四つ(森野榮一) | 清話会

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第38回
筋立て、四つ

森野榮一氏(経済評論家)

先週は、ユーロ圏のソブリンリスクが懸念されていたが、ポルトガルやスペインの国債入札は堅調で、市場の懸念は後退し、この間、下落していたユーロは対ドルで上昇する展開となった。

ECBのトリシエはユーロ圏のインフレ懸念を持ち出し、債務危機から強調点をずらそうとする老獪さを見せたが、ユーロの下落が一服したといっても、ユーロ加盟国の債務問題が大規模な入札があるたびに蒸し返される事情に変わりはない。なにが材料視されるかで事態は変わるが、債務危機は続いている。そう感じさせられたのは、12日付けで高名な経済学者のクルーグマンがニューヨーク・タイムスに書いた「欧州は救われうるか」という長文の議論を読んだせいかもしれない。 http://www.nytimes.com/2011/01/16/magazine/16Europe-t.html?_r=3&pagewanted=all

そのなかで、欧州の債務問題を議論した条りが目についた。彼は、まずアルゼンチンのデフォルトを思い起こすことから始めている。

「私自身を含めて経済学者によっては、ユーロの災難を見て、10年前、別の大陸で、とりわけアルゼンチンで、こうした映像を見たとの印象を持っている。スペインやギリシャと違って、アルゼンチンは決して固有の通貨を放棄しなかったが、1991年に、・・・その通貨を厳格に米ドルにペッグし、”カレンシー・ボード”を創設して、そこで流通するペソをドル準備で支えた。これは赤字をカバーするためにマネーを印刷するというアルゼンチンの旧来の仕方に舞い戻らないようにするためであった。そうしてアルゼンチンは・・・90年代、低金利と外国資本の流入という報酬を得た。

しかし結局、アルゼンチンはしつこい景気後退に落ち込み、投資家の信頼も失った。アルゼンチン政府は支出を削減し増税するという正統的な財政政策によって信頼を回復しようとした。目に見える効果を得ようとして緊縮策で時間を稼ぎ、IMFに巨額の融資を求め、受け取った。それとほとんど同じような仕方で、ギリシャとアイルランドは隣人たちに緊急融資を求めた。しかしアルゼンチン経済の、デフレと結びついた落ち込みは、政府の努力を台無しにし、高失業率が社会不安を増大させさえした。

02年前半には、怒りのデモがあり、取り付け騒ぎがあった。・・・ペソが急落したことで、ペソとドルのリンクは崩壊した。アルゼンチンは債務不履行となり、結局、ドルにつき35セント支払っただけであった。

似たことが欧州経済でも・・・ありそうだという疑いは避けにくい。詰まるところ、現在危機にある諸国が採る政策は少なくとも質的には、アルゼンチンがペソとドルのリンクを守るために試みた絶望的努力と非常に似ている。つまり、ギリシャとアイルランドで民間投資家の信頼を取り戻すまでの時間稼ぎである公的融資で支えられた、市場の信頼を取り戻すための取り組みにおける厳しい緊縮財政である。そうしてもしアルゼンチンスタイルの結果が結末ということであれば、それはユーロ・プロジェクトへの大打撃であろう。それは起こっていくことであろうか。」

欧州に待ち構えているのはアルゼンチンのような債務不履行の結末なのだろうか。クルーグマンは「必ずしもそうであるわけではない」という。そうして、ありうべき四つの筋立てを議論している。

「私の見るところでは、欧州危機が展開しきるのに四つの道がある(異なる国で別々の結末をみるかもしれない)。耐え抜く、債務再編、完全にアルゼンチン、欧州主義の再生である。」

まずは「耐え抜く」シナリオが考えられる。

「困難に陥った経済はおそらく、苦痛に耐えることができるくらいの意欲を示すことで債権者を保証し直し、債務不履行や平価切り下げを避けうるかもしれない。そのモデルはバルト諸国である。・・・これら諸国は小国で貧しいが、ユーロに結合することで長期的な利点を得ようとしている。・・・彼らは競争力を取り戻すために賃金を漸次的に切り下げ、厳しい緊縮財政に耐えても構わないと考えている。欧州の表現でいえば、”内部的平価切り下げ”として知られるプロセスである。

この政策はうまくいっているか。それは成功の定義しだいである。バルト諸国はある程度、市場を堅固なものにするのに成功した。市場はいま、アイルランドや、ましてやギリシャほどリスクがあるとは考えていない。・・・バルト諸国は多大の代償を支払ってきた。産出高と雇用で恐慌レベルの衰退を経験したのである。いま再び成長しているというのは本当であるが、・・・失地を回復するには何年もかかる。」

そうしてもしバルト諸国が成功物語とみなされるなら、そうした欧州の現状がなにかを語っているという。クルーグマンはタキトゥスを引用する。「彼らは砂漠を作り、それを平和と呼ぶ」と。これは「ユーロ圏が完全に生き残るただ一つの方法」であるが、砂漠という厳しい現実を作ることになるわけだ。
次に債務再編。

「こう書いているときに、アイルランドの10年物債券の利回りはおよそ9%。ギリシャの10年物は12%。同時にアイルランドやギリシャと同様にユーロ建のドイツ債券は3%以下である。市場からのメッセージは明確である。投資家はギリシャやアイルランドが債務を全額返済するとは考えていない。言い換えれば、彼らはアルゼンチンの債務を三分の二リストラしたような債務再編を予想しているということである。

そのような債務再編は混乱した経済の痛みを決して終わらせはしないだろう。・・・政府がすべての債務を否認したとしても、財政を均衡させるために支出を削り増税しなければならず、デフレの痛みに苦しまなければならないだろう。・・・債務リストラは信用の失墜と金利コストの上昇の悪循環をもたらすかもしれず、その結末は残忍な戦略の場合に実行可能な内部的な平価切り下げかもしれない。」

債務リストラはあるとしたら、ユーロ圏の重債務諸国のどこでどう始まり、どこまで広がるのか。それは恐ろしい見通しを立てることだ。信用の失墜がもたらす打撃は計りしれないかもしれない。

そうして次は完全なアルゼンチンスタイル。

清話会 「アルゼンチンは対外債務を単純にデフォルトしはしなかった。ドルとのリンクを放棄し、ペソの価値が三分の二以上下落するのを受け入れた。そうしてこの平価切り下げが働いた。2003年から、アルゼンチンは急速な輸出主導の経済回復を経験する。

アルゼンチンに近い欧州の国家はアイスランドで、その銀行は国民所得の何倍もの対外債務を持っていた。銀行の債務を保証することで銀行を救済しようとしたアイルランドと異なり、その銀行の海外の債権者はアイスランド政府によって、やむを得ず損失を被った。・・・銀行をデフォルトさせることで、同国は多額の対外債務を消し去ったのである。同時にアイスランドはユーロを採用しておらず、独自の通貨を持っているという事実を活用した。他国の通貨に対して通貨を急速に下落させることで、すぐに競争力をもつようになった。アイスランドの賃金や物価は貿易相手国に比べて約40%も急速に下落したし、銀行業崩壊の打撃を相殺する助けになる輸出増と輸入減を引き起こしたのである。

デフォルトと平価切り下げの組み合わせが、アイスランドが銀行業災害からの損害を制限するのを助けたのである。事実、雇用と産出高でみて、アイスランドはアイルランドより幾分よく、バルト諸国よりはるかによかったのである。

それで、幾つかの困難に陥った欧州諸国が同じ経路をたどるだろうか? そうするために、彼らは大きな障害を克服しなければならないだろう。彼らがもはやアイスランドと違って彼ら自身の通貨を持っていないという事実である。バークレーのバリー・アイケングリーンが2007年に・・・指摘したように、通貨を残すとほのめかしたどのユーロ圏諸国も、預金者が資金をより安全な場所に移すのを急ぐので、破壊的な銀行取り付けの引き金となるだろうし、・・・、この離脱の「手続き上」の障害でユーロは取り返しがつかなくなると結論を下した。

しかし、ドルに対するアルゼンチンのペッグも似たような理由で取り返しが付かなかったと思われる・・・結局、平価切り下げを可能にしのは、1ペソがいつも1ドルの価値があるだろうという政府の主張にもかかわらず、取付騒ぎが銀行にあったという事実であった。・・・こうしたことはまだ、何も欧州では起こっていない。しかし、緊縮策と内部的平価切り下げの痛みが長引くとき、確かにそうした可能性はある。」

そうして、最後に欧州主義の再生。

先の3つのシナリオは厳しいものだ。さほど厳しいくはないシナリオはあるのかとなれば、欧州の連邦化を進めていくほかない。統一された欧州、単一の欧州人への夢は、バルザックが語って以来、長い歴史をもつ。それが経済危機ごときで潰えてしまうものではないであろう。欧州の理念は試され、再生する。それに賭けるのが欧州人の問題解決能力というものかもしれない。しかし夢は夢でしかないとも言える。 

「・・・望みはあるのか。それはロバート・シューマンが60年前に望んだ欧州の連邦化に向かって更なるステップを踏む」ことである。しかし、欧州が米国のような財政の統合された連邦国家へ向かって歩みを進めているようにはみえない。クルーグマンの見るところでは連邦化進展の望みはないようだ。

事態の進行のなかで人は懸念と安堵を繰り返すが、たどり行く経路がこの4つでしかないとすれば、厳しい前途が見える。しかし、こうしたシナリオでさえ、懸念を表しているにすぎないのかもしれない。なぜなら、米国でさえ、クルーグマンの見解に対して異論を唱える議論もあるからだ。

たとえば、Sudden DebtによるSeeking Alphaの記事、「ユーロ終焉のリポートは大幅に誇張されている」はさしずめユーロ危機で安堵を提供するものになっている。 http://seekingalpha.com/article/246603-reports-of-the-euro-s-demise-are-greatly-exaggerated?source=email_watchlist
ここでは、クルーグマンの論点に対する異議をかいつまんで示して置くに止めるが、それは下記のような見解である。

クルーグマンの主張は半面の真理を表している。読む価値はあるが、賛成できないとして、3点、挙げている。
清話会 1 彼はユーロを歴史的かつ社会経済的用語ではなくテクニカルでマネタリスト的な用語で認識する。それは米国の独立宣言がジョージ王の高い税金を避けるためにのみ移住民によって纏められたと言っているようなものだ。欧州人の統合への意思をはなはだしく過小評価している。


2 およそ80年前、米国の経済学者アービング・フィッシャーは所得が下落し債務が変わらないとき経済危機が深まるといったが、それは理論上、真理である。しかし、ユーロ圏の場合、今日の二次債券市場は債務削減メカニズムとして適用しうる。たとえばECBのような汎欧州機関は国債の取引に迅速に踏み込み、すくい上げ、リファイナンスするのだ。これは現在、欧州の指導者たちによって真剣に検討されている。
 
3 彼はアルゼンチンのデフォルトと米ドルに対する1対1でのペソのペッグを言うが、ユーロはペッグではなく、国家的かつ国際的な準備通貨である。それに、ユーロ圏と違って、アルゼンチンの経済は米国とまったく統合されていない。たとえば、2007年のアルゼンチンと米国の交易は輸出と輸入を合計して、アルゼンチンの総対外貿易の9.6%にすぎない。これをギリシャと比較すれば、そこでは、その総対外貿易の56%がEU諸国である。

欧州には統合を目指す意思があり、債務危機を解決しうるECBのような機関もあり、ユーロは米ドルとペッグしなければならなかったペソとは違い、国際的な準備通貨でもあるというのである。そうしてこの記事では、「”欧州危機”に関する私の見解は、それがコップのなかの嵐以上のものになってはいるが、ユーロやEUそれ自体を沈めるような力のある嵐では少しもない」と述べている。

さて、いかなる筋立てを現実は辿ることになるのか。非欧州人による大西洋の向こう岸からの批評を老練な欧州は、いっそう深い深謀遠慮のなかで、独自の筋立てをたてながら、聞き流しているのかもしれない。


森野榮一--------------------------------------------------------------
清話会 経済評論家、ゲゼル研究会代表、日本東アジア実学研究会会員。1949年、神奈川県生まれ。國學院大學大学院経済学研究科博士課程修了。著書は、『商店・小売店のための消費税対策』(ぱる出版)、『エンデの遺言』、『エンデの警鐘』(共著、NHK出版)、『だれでもわかる地域通貨入門』、『なるほど地域通貨ナビ』 (北斗出版)など多数。1999年、NHKBS1特集「エンデの遺言」 の番組制作に参加。その後、町づくりのアドバイスや地域通貨の普及活動に努めている。

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