オランダの、産後の訪問看護制度は、とてもユニークです。
妊娠・出産に関わるスタンダードケアに組み込まれ、
費用は医療保険でカバーされて、自己負担がほとんどないこのシステムは、
おそらく世界で唯一の制度です。

オランダのクラームゾルフ(産褥ヘルパー)は、看護師ではありませんが、
出産と産後の母体・新生児に関する基本的な生理・解剖の知識と、
健康な産後のお母さんと赤ちゃんのケアの方法を学んでいます。
自宅分娩やお産ホテル・病院での出産の際に、助産師のアシスタントをしたり、
毎日一定時間家庭訪問をして、産後の健康な母子のケアを行うのが一番重要なクラームゾルフの役割です。
産後に必要な知識や、赤ちゃんのケアの仕方をお母さんや家族に伝授するのも大切な仕事です。
そのほかに時間があれば、掃除・洗濯・買い物などの家事も行います。

10年ほど前は産後10日まで、一日あたり8時間まで、
つまりトータルで80時間のクラームゾルフによるケアが、医療保険で利用できました。

その後、医療財政が逼迫して、予算がどんどん切り捨てられ、
クラームゾルフも制度が貧弱になってきていますが、
それでも、現在でも、
産後8~10日間、1日当たり3時間~8時間のケアが行われます。
トータルにすると、49時間のケアを受ける権利が保障され、
状況によっては80時間までのケアを受けることができます。

どういうことかというと、49時間の権利を使い切ってしまっても、
産後の肥立ちが悪かったり、母乳育児に問題があったりすれば、
助産師の裁量によってケア時間は延長できる、というわけです。
生まれた赤ちゃんの上に、小さいおにいちゃんやお姉ちゃんがいる場合も、
ケアは増やされます。
逆に、出産前に母乳育児を選ばなかった場合には、49時間の権利時間から6時間カットされ、
43時間になります。
また、この49時間の権利時間をすべて使う必要はなく、自分の都合に合わせて時間数を設定できます。

といっても、クラームゾルフは、最低でも24時間のケアを保障しなければいけません。
1日3時間のケア、というのは、おかあさんと赤ちゃんの健康をチェックして、
赤ちゃんをお風呂に入れたら、ほとんど余分な時間がありません。
産後8~10日間の間は、お母さんも赤ちゃんも変化の大きい時期ですし、
育児に関して学ぶこともたくさんあります。
ですから、1日平均3時間、トータルで24時間は、
母子が健康に産後のプロセスを通過し、その後の自立したセルフケアに結びつけるために
最低必要なケア時間として保障することを、監督機関にチェックされています。
この基準を守れない業者は、不良クラームゾルフと看做され、指導が入ることや、
保険会社が支払いを保障しないこともあります。

ほかにも、優良クラームゾルフとして認定されるためにはいろいろな基準があり、
その査定は年々厳しくなっています。

クラームゾルフの料金は、今のところ公定料金が定められています。

2011年料金は次の通りです。

ケア利用料金 : 41,96ユーロ(1時間当たり)※1
契約手数料 : 38,92ユーロ
事前の打ち合わせ料金(家庭訪問による): 58,37ユーロ             
事前の打ち合わせ料金(電話による)   : 19,47ユーロ     
出産時のアシスタント料            : 77,84ユーロ

※1 ただし、ケア料金1時間につき3,90ユーロは基本保険加入者は自己負担となる


この料金に関しては、いろいろ問題があります。
ひとつは、自己負担金について。
以前は、自己負担はなく、オランダの保険医加入してさえいれば、すべて無料で利用できました。

オランダの保険制度は、以前は、政府が運営する公的保険と、保険会社独自で運営する私的保険
の二本立てだったのですが、数年前から、すべて私的保険になりました。
そして、保険の種類、特約の内容がとても複雑になってしまいました。
各保険会社独自で、さまざまな特約をつけ、月々の掛け金も、保証の内容もバラバラです。
そして、特約をつけないと、クラームゾルフ料金の自己負担(3,90ユーロ/2011)、が発生するようになってしまいました。
1日最低3時間のクラームゾルフを利用した場合、この自己負担金は100ユーロ弱になります。
このお金を出すのが惜しい、あるいは払えなくて、クラームゾルフを利用しない(できない)家庭がたくさんあります。
特に移民家庭で、その傾向があります。

オランダの新生児死亡率は、移民家庭で高いことがわかっています。
ですから、そういう家庭ほど、専門家の介入が必要なはずなのですが、現実は逆になっています。
おかしいですプンプン

もうひとつの問題は、クラームゾルフ料金を安く抑えよう、という動きです。
だいたい、医療・看護関係の人件費というのは、
仕事の内容に見合わず、安く抑えられていることが多いのですが(特に公的機関で働く場合)、
クラームゾルフもその例に漏れません。
自営している場合は、その辺をかなり自分の才覚で裁量できますが、
それにしても、仕事のクオリティーを維持するために毎年必要な研修や講習を受け、
必要な保険に加入するためには、かなりの経費がかかります。
クラームゾルフ一人を養成するためにかかる経費も相当なものです。

でも、保険による負担を抑えるために、給料は驚くほど安く設定されています。
さらに、保険会社は、特定の業者と安い料金で提携したり、
自社内にクラームゾルフ部門を作ったりと、あの手この手で安い労働力の確保に努めています。
その多くが、若くて経験の少ない、未熟なクラームゾルフです。
仕事はきつく、給料は安いために、せっかく養成したクラームゾルフも、
仕事の醍醐味を味わう前に止めてしまいます。悪循環になっていますしょぼん
私が勤務している会社でも、学生さんで入って資格を取り、1年以内に止めていく人が半数以上です。
そしてまた新しい学生さんが入ってくるわけですが、これではいつになってもケアの内容は向上しません。

公定料金が決まっているのは、最低料金を守り、ケアの質を維持するためですが、
これまでの医療システムの変化を見ていると、
経済力の違いによる医療格差が推進されているような印象を受けます。
私が加入している、クラームゾルフの同業者組合でも、
いつ公定料金が撤廃されたりしないかと、懸念しています。

クラームゾルフは、やりがいがあって人に喜ばれる、本当に魅力的なお仕事です。
国民の健康度をアップさせるためにも欠かせないシステムです。
このオランダのユニークで実のあるすばらしい制度が形骸化しないように、
きちんと守っていかないと、と思っています。


実は、わたしは7月いっぱいで地元の会社を退職します。

昨年あたりから、仕事がきつくなりました。
それまでは1日1軒~2軒の訪問で、クラーム期間中は毎日同じ家庭で働けたのに、
いつの間にか2・3日で別の家庭に派遣され、1日3軒の訪問も当たり前になってきました。
余裕がなくなり、お客様にとっても、クラームゾルフにとっても益のないやり方ですが、
効率よく利益を上げるために仕方のない措置だそうです。

夜間の仕事にも手当てがつかなかったり、移動時間も100%計上されず、
実質的には賃金カットです(もともとスズメの涙のお給料なのにショック!

仕事自体の魅力で何とか続けてきましたが、
今年になって、必要な研修が予算の都合で受けられない、と聞き、終わった・・・と思いました。
会社が赤字なのは同情しますが、そのツケを仕事の内容に反映されてはたまりません。
ストレスを抱えながらの勤務で緊張を強いられ、体調も崩しました。
地元の会社で働くことで、ローカルの家庭で働けて、それがとっても楽しかったので、
退職するのはとてもとても残念なのですが・・・。

ローカルのセレブなカップルのところで優雅に働くのも、
10代のママと保護者の視点で話すのも、
移民家庭で同じ悩みを分かつのも、
それぞれ私にとって大事なことだったので、
いずれまた形を変えてそういう機会が作れたらいいな、と思っているのですが。

母乳育児コンサルタントで出張する機会も増えているので、ここらが潮時なのでしょう。
とりあえず、今後は自分の事務所だけでお客様を受け付けてゆくことにします。

というわけで、これからもよろしくお願いします。




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