薬剤師だから薬は飲みません
薬をやめた理由
http://www.k2.dion.ne.jp/~holiest/sub8.htm
さやちゃんが薬を全部やめた理由
■薬はすべて毒だなんて・・・
まず、薬学部に入学して始めて習ったことは、
「薬はすべて毒だ。」ということ。
そして、薬を用いて病気を治すことは、 対症療法といって、
「病気を根治させえることはできない。」ということ。
もう、20年も前のことですけれど。
この、講義をうけたとき、とてもショックでした。
母にすすめられて、薬剤師を目指しましたが、
自分が思い描いていたイメージと、 現実とのギャップに、とてっも苦しみました。
薬剤師を目指すことが、とても、空虚なことに思えたのでした。
■なぜ、薬剤師になったのか
学生になって、始めて受けた薬の授業で、 大きなショックを受けた私は、しばらく、勉強が手につきませんでしたが、両親が苦労して行かせてくれている私大です。
やめるわけにはいきません。
もう、船は出航したのです。センチメンタルになるのはやめよう。
そして、薬剤師の国家試験に合格することだけが、大学4年間の 私の目標でした。
■薬剤師として働いて
薬が毒だということが、まるで、魂の奥に突き刺さった刃物のように、毎日私を苦しめました。
私は毒を売って、そしてお給料をもらっている・・・
お母さん、ごめんなさい。せっかく、資格を取らせてもらったのに、
私はちっっとも喜べない。
薬剤師として、薬局の店頭に立ち、お客様にお薬の説明をしました。
薬を売るのが仕事です。
「薬は毒です。」「薬を飲んでも病気は治りませんよ。」
なんて口がさけてもいえません。
真実と現実との狭間で、毎日、毎日苦しみました。
■薬剤師だから薬は飲みません
お薬は毒だということ、対症療法では、病気は治らないことを 知っている私は、比較的安全なビール酵母製剤を除いて もう、何年も薬を飲んでいません。
出産するときに、打たれる注射もすべて拒否しました。
確かに、世の中には薬を必要としている方々が大勢いらっしゃいます。
ですから、薬の全てを否定することはできません。
でも、自分自身は、どうしても、薬を飲む気にはなれないのです。
副作用の出る確率は低いかもしれません。
しかし、まれに、重篤な副作用で、いのちにかかわるような 危険にさらされることがあることも事実。
亡くなる方もおられるのです。
特に、大衆薬の王道である、風邪薬や痛み止めの副作用は とても恐ろしいのです。
漢方薬は天然だから、安全ということも全くの誤解。
お薬である以上、副作用がないものは、ありません。
副作用があるからこそ、毒だからこそ、 医薬品は医師や薬剤師が管理しなければならのいのです。
毒であるのなら、薬をできるだけ飲まないこのに、 こしたことはありません。
飲まなければ、副作用で苦しむ確率はゼロです。
■結婚してから
夫と結婚してすぐに、2児のママになりました。
このことで、心のなかに大きな分厚い堅い殻ができてしまい、 その中から、出ることができず、苦しい日々でした。
結婚しても、しばらくは薬局に勤めていましたが、さやが生まれて、一端、専業主婦になりました。
友だちがいないことと、家に閉じこもっているストレスで、 ヒステリーになることもしばしば・・・
外の世界との接点を求めて、 さやが、あと一年で入園というときに、仕事を再開しました。
今度は、ドラッグストアです。
お薬を売るのはいやだけど、仕事に通って、職場の人たちと、 ふれあうことは、ストレス発散になりました。
相変わらず、薬を売ることへの罪悪感はぬぐえませんでしたが・・・
少し、発想を変えて、「お客様が求めているものを、提供しよう。」
できるだけ、分かりやすく説明し、親身になって、 お客様の話を伺いました。
こうした、お客様との対話の中から、多くのことを学びましたが、 いつかは、ほかの仕事をしたい・・・
これが、私の、ささやかな願望でした。
■さやが小学生になるとき
さやが小学生に入学する前に仕事を続けるべきかやめるべきか、 とても悩みました。
さやは、とてもお母さんっ子です。
「ママ必ずおうちにいてね。児童会には絶対入らない。」というのです。
その他にも、いろいろなことが重なって、入学前に3月いっぱいで、 4年間働いた、ドラッグストアをやめました。
収入が減り、夫の会社も経営が苦しくて、家計は楽ではありません。
そんな、こんなで、さやを、病気にしてしまったのかもしれません。
このことについては、ぜんそく日記を読んでくださいね。
■さやがぜんそくになって
いくらお薬が毒だからといっても、はじめのうちは、 さやの"いのち"には変えることはできない。
さやの"いのち"が、一番大切なのだから…
と自分に言い聞かせ、心を鬼にして、さやに、毎日、毎日、 「お薬を飲みなさい。」「吸入しなさい。」「テープを貼りなさい。」 と、言い続けました。
さやの、ぜんそくは、それほど、よくなかったのです。
■さやが使っていた薬
飲み薬:テオロング(キサンチン誘導体) (気管支を広げます)
キプレス(抗アレルギー薬) (アレルギーを抑えます)
アズサレオン(抗アレルギー薬) (アレルギーを抑えます)
吸入薬:ベネトリン(β2刺激薬) (気管支を広げます。)
インタール(抗アレルギー薬)(アレルギーを抑えます)
フルタイド(ステロイド)(気管支の炎症を抑えます)
貼り薬:ホクナリンテープ(β2刺激薬) (気管支を広げます)
これらの、薬を、症状や、ぜんそくの状態によって、使い分けます。
■さやに現れた副作用
①風邪をひいているわけでもないのに、のどが痛くなった。
↓ アズサレオンの服薬を中止すると、すぐに治まった。
②イライラして怒りっぽい、目がつり上がっている ↓
テオロングに神経過敏という副作用があるとわかる
↓
テオロングの服薬を中止すると、穏やかな子になった。
③ステロイドの吸入を始めてから、大発作が頻繁にでるようになった
↓インスピレーションにより、すべての薬をやめる
↓大発作や中発作はしだいに治まり、ひどい発作はでなくなる。
■ステロイドの吸入薬
2004年の6月の始め、せんこうの煙がきっかけとなって、 さやに中発作、大発作が頻繁にでるようになりました。
こんなに頻繁に大きな発作が続くと、とても不安になります。
主治医の先生とも相談しながら、悩みながら、ステロイドの吸入薬を使い始めました。
始めのうちは、すごく、よく効くような感覚があったのですが、 ステロイドの吸入薬を使い始めてから、 毎日のように大発作がでるようになってしまったのです。
線香はもちろん、ろうそくもつけることができません。
夫が、煙草臭い息や洋服で帰って来ただけで、
中発作が、さらにひどくなるのでした。
■すべて薬を使ったあとで大発作に
その日は朝から中発作がでていたので、テオロングを飲み、インタールとベネトリンを吸入したあと、ステロイドの吸入薬をしました。
もちろん、学校には行けません。
どうしても、郵便局に行かなければならない用事があり、さやといっしょに車ででかけると、空にあるはずの雲が すぐそこまでたれ込んできて、製紙工場からはき出されるいやな臭いのする空気で町が充満していました。
郵便局について、車から降りると、ものすごい悪臭です。
急いで、用事をすませ、車でアパートまで戻ってくると、さやが真っ青な顔をして、苦しそうにしています。
苦しくて、階段も上ることができません。
おんぶをして4階まで上がりました。
家にかえると、ぐったりと、うづくまり、さやは、とても苦しそうです。
まるで、ろう人形のような生気のない顔。
思いだしても、胸がつまります。 「病院にいって点滴をしてもらうしか、治す方法はないよ・・・。
だって、朝に使えるお薬はもう全部使ってしまったから。」
と、私がいうと、さやは、「点滴は絶対いや!」といいます。
「じゃあ、いったい、どうしたらいいの?」
どうしていいかわからず、泣きたくなってきました。
■わらにもすがる思い
泣いていても仕方ありません。気をとりなおして、発作に効きそうなことを、何でも試してみることにしました。
まず、爪もみ。 これは結構効果がありましたが、少し、発作が治まっても、長続きしませんでした。
"発作がでたときは、腹式呼吸がよい"ということを思いだし、 今度は体をくすぐって笑わせました。
笑うと腹式呼吸ができるのでは? と、考えたからです。
20分ほど、笑わせていると、発作がかなり治まってきました。
「これは、いいかも?」という予感があり、 雲の合間から光がさしてきました。
さやも、笑ったら、発作が治まるとわかったのか、苦しくなると、「こしょこしょして。」というようになりました。
"こしょこしょ"が薬の代わりになるなんて、本当にすくわれました。
■そして、かみさまに祈りました
次の日の朝、相変わらずさやは、中発作で、あまりよくありません。
毎日、毎日、中発作以上の発作が続くと重症ぜんそくです。
だけど、お薬をつかっても、なかなかよくなりません。
「さやの発作をよくする方法を教えてください。」
かみさまに心からお願いしました。
日頃から、かみさまを敬い、信じているはずの私ですが、これほど追いつめられるまで、かみさまに助けを求めることができなかったのです。
そして、ピカッっと何かがインスピレーションとして私に届きました。
それは"薬をすべてやめる"ということでした。
このことは、私の魂にすぅっと、入っていきました。
もう、信じるも信じないもありません。実行するのみです。
振り返ってみれば、さやと私は、薬の副作用にとても苦しんでいました。
大発作がこんなに頻繁に出るようになったのも、ステロイドの吸入薬を使い始めてからでした。
それだけでなく、さやは、発作が治まっているときは、一日中、ギャーギャーと怒って、家族にあたり散らしていたのです。
四六時中ギャーギャーいわれると、病気のせいだと分かっていても、 だんだん、我慢ができなくなって、つい、応戦してしまいます。
子どもとケンカして楽しいはずがありません。
その日の朝からすぐに、ぜんそくの薬を全てやめました。
■薬をやめると発作が少しづつ治まっていきました。
普通なら、薬をやめると、発作や症状がひどくなることが多いのですが、 不思議と、このときのさやは、その反対で、すーっと、はれ物の腫れがひいていくように、発作が治まっていきました。
さやの、つり上がっていた目も、やさしい天使の瞳にもどりました。
これらの体験から、「やっぱり、薬ってこわい。毒なんだ。」と、実感しました。
もう、ぜんそくのお薬は使わない。心に誓いました。
さやは、食べ物や煙などによって、胸が苦しくなることはありますが、これらの、つらい体験から、薬の怖さを知り、薬にたよって症状を抑えるのではなく、症状がでないように、できるだけ、汚染のない食べ物、汚染のない空気の中で 日々、過ごすように努力をすることにしました。
この2点に気をつけていれば、発作はでませんんから。
■感謝
薬が毒だということは、頭では分かっていました。
でも、頭で分かっているだけでは、 本当に分かったことにはなっていなかったのです。
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さやちゃんが薬を全部やめた理由
■薬はすべて毒だなんて・・・
まず、薬学部に入学して始めて習ったことは、
「薬はすべて毒だ。」ということ。
そして、薬を用いて病気を治すことは、 対症療法といって、
「病気を根治させえることはできない。」ということ。
もう、20年も前のことですけれど。
この、講義をうけたとき、とてもショックでした。
母にすすめられて、薬剤師を目指しましたが、
自分が思い描いていたイメージと、 現実とのギャップに、とてっも苦しみました。
薬剤師を目指すことが、とても、空虚なことに思えたのでした。
■なぜ、薬剤師になったのか
学生になって、始めて受けた薬の授業で、 大きなショックを受けた私は、しばらく、勉強が手につきませんでしたが、両親が苦労して行かせてくれている私大です。
やめるわけにはいきません。
もう、船は出航したのです。センチメンタルになるのはやめよう。
そして、薬剤師の国家試験に合格することだけが、大学4年間の 私の目標でした。
■薬剤師として働いて
薬が毒だということが、まるで、魂の奥に突き刺さった刃物のように、毎日私を苦しめました。
私は毒を売って、そしてお給料をもらっている・・・
お母さん、ごめんなさい。せっかく、資格を取らせてもらったのに、
私はちっっとも喜べない。
薬剤師として、薬局の店頭に立ち、お客様にお薬の説明をしました。
薬を売るのが仕事です。
「薬は毒です。」「薬を飲んでも病気は治りませんよ。」
なんて口がさけてもいえません。
真実と現実との狭間で、毎日、毎日苦しみました。
■薬剤師だから薬は飲みません
お薬は毒だということ、対症療法では、病気は治らないことを 知っている私は、比較的安全なビール酵母製剤を除いて もう、何年も薬を飲んでいません。
出産するときに、打たれる注射もすべて拒否しました。
確かに、世の中には薬を必要としている方々が大勢いらっしゃいます。
ですから、薬の全てを否定することはできません。
でも、自分自身は、どうしても、薬を飲む気にはなれないのです。
副作用の出る確率は低いかもしれません。
しかし、まれに、重篤な副作用で、いのちにかかわるような 危険にさらされることがあることも事実。
亡くなる方もおられるのです。
特に、大衆薬の王道である、風邪薬や痛み止めの副作用は とても恐ろしいのです。
漢方薬は天然だから、安全ということも全くの誤解。
お薬である以上、副作用がないものは、ありません。
副作用があるからこそ、毒だからこそ、 医薬品は医師や薬剤師が管理しなければならのいのです。
毒であるのなら、薬をできるだけ飲まないこのに、 こしたことはありません。
飲まなければ、副作用で苦しむ確率はゼロです。
■結婚してから
夫と結婚してすぐに、2児のママになりました。
このことで、心のなかに大きな分厚い堅い殻ができてしまい、 その中から、出ることができず、苦しい日々でした。
結婚しても、しばらくは薬局に勤めていましたが、さやが生まれて、一端、専業主婦になりました。
友だちがいないことと、家に閉じこもっているストレスで、 ヒステリーになることもしばしば・・・
外の世界との接点を求めて、 さやが、あと一年で入園というときに、仕事を再開しました。
今度は、ドラッグストアです。
お薬を売るのはいやだけど、仕事に通って、職場の人たちと、 ふれあうことは、ストレス発散になりました。
相変わらず、薬を売ることへの罪悪感はぬぐえませんでしたが・・・
少し、発想を変えて、「お客様が求めているものを、提供しよう。」
できるだけ、分かりやすく説明し、親身になって、 お客様の話を伺いました。
こうした、お客様との対話の中から、多くのことを学びましたが、 いつかは、ほかの仕事をしたい・・・
これが、私の、ささやかな願望でした。
■さやが小学生になるとき
さやが小学生に入学する前に仕事を続けるべきかやめるべきか、 とても悩みました。
さやは、とてもお母さんっ子です。
「ママ必ずおうちにいてね。児童会には絶対入らない。」というのです。
その他にも、いろいろなことが重なって、入学前に3月いっぱいで、 4年間働いた、ドラッグストアをやめました。
収入が減り、夫の会社も経営が苦しくて、家計は楽ではありません。
そんな、こんなで、さやを、病気にしてしまったのかもしれません。
このことについては、ぜんそく日記を読んでくださいね。
■さやがぜんそくになって
いくらお薬が毒だからといっても、はじめのうちは、 さやの"いのち"には変えることはできない。
さやの"いのち"が、一番大切なのだから…
と自分に言い聞かせ、心を鬼にして、さやに、毎日、毎日、 「お薬を飲みなさい。」「吸入しなさい。」「テープを貼りなさい。」 と、言い続けました。
さやの、ぜんそくは、それほど、よくなかったのです。
■さやが使っていた薬
飲み薬:テオロング(キサンチン誘導体) (気管支を広げます)
キプレス(抗アレルギー薬) (アレルギーを抑えます)
アズサレオン(抗アレルギー薬) (アレルギーを抑えます)
吸入薬:ベネトリン(β2刺激薬) (気管支を広げます。)
インタール(抗アレルギー薬)(アレルギーを抑えます)
フルタイド(ステロイド)(気管支の炎症を抑えます)
貼り薬:ホクナリンテープ(β2刺激薬) (気管支を広げます)
これらの、薬を、症状や、ぜんそくの状態によって、使い分けます。
■さやに現れた副作用
①風邪をひいているわけでもないのに、のどが痛くなった。
↓ アズサレオンの服薬を中止すると、すぐに治まった。
②イライラして怒りっぽい、目がつり上がっている ↓
テオロングに神経過敏という副作用があるとわかる
↓
テオロングの服薬を中止すると、穏やかな子になった。
③ステロイドの吸入を始めてから、大発作が頻繁にでるようになった
↓インスピレーションにより、すべての薬をやめる
↓大発作や中発作はしだいに治まり、ひどい発作はでなくなる。
■ステロイドの吸入薬
2004年の6月の始め、せんこうの煙がきっかけとなって、 さやに中発作、大発作が頻繁にでるようになりました。
こんなに頻繁に大きな発作が続くと、とても不安になります。
主治医の先生とも相談しながら、悩みながら、ステロイドの吸入薬を使い始めました。
始めのうちは、すごく、よく効くような感覚があったのですが、 ステロイドの吸入薬を使い始めてから、 毎日のように大発作がでるようになってしまったのです。
線香はもちろん、ろうそくもつけることができません。
夫が、煙草臭い息や洋服で帰って来ただけで、
中発作が、さらにひどくなるのでした。
■すべて薬を使ったあとで大発作に
その日は朝から中発作がでていたので、テオロングを飲み、インタールとベネトリンを吸入したあと、ステロイドの吸入薬をしました。
もちろん、学校には行けません。
どうしても、郵便局に行かなければならない用事があり、さやといっしょに車ででかけると、空にあるはずの雲が すぐそこまでたれ込んできて、製紙工場からはき出されるいやな臭いのする空気で町が充満していました。
郵便局について、車から降りると、ものすごい悪臭です。
急いで、用事をすませ、車でアパートまで戻ってくると、さやが真っ青な顔をして、苦しそうにしています。
苦しくて、階段も上ることができません。
おんぶをして4階まで上がりました。
家にかえると、ぐったりと、うづくまり、さやは、とても苦しそうです。
まるで、ろう人形のような生気のない顔。
思いだしても、胸がつまります。 「病院にいって点滴をしてもらうしか、治す方法はないよ・・・。
だって、朝に使えるお薬はもう全部使ってしまったから。」
と、私がいうと、さやは、「点滴は絶対いや!」といいます。
「じゃあ、いったい、どうしたらいいの?」
どうしていいかわからず、泣きたくなってきました。
■わらにもすがる思い
泣いていても仕方ありません。気をとりなおして、発作に効きそうなことを、何でも試してみることにしました。
まず、爪もみ。 これは結構効果がありましたが、少し、発作が治まっても、長続きしませんでした。
"発作がでたときは、腹式呼吸がよい"ということを思いだし、 今度は体をくすぐって笑わせました。
笑うと腹式呼吸ができるのでは? と、考えたからです。
20分ほど、笑わせていると、発作がかなり治まってきました。
「これは、いいかも?」という予感があり、 雲の合間から光がさしてきました。
さやも、笑ったら、発作が治まるとわかったのか、苦しくなると、「こしょこしょして。」というようになりました。
"こしょこしょ"が薬の代わりになるなんて、本当にすくわれました。
■そして、かみさまに祈りました
次の日の朝、相変わらずさやは、中発作で、あまりよくありません。
毎日、毎日、中発作以上の発作が続くと重症ぜんそくです。
だけど、お薬をつかっても、なかなかよくなりません。
「さやの発作をよくする方法を教えてください。」
かみさまに心からお願いしました。
日頃から、かみさまを敬い、信じているはずの私ですが、これほど追いつめられるまで、かみさまに助けを求めることができなかったのです。
そして、ピカッっと何かがインスピレーションとして私に届きました。
それは"薬をすべてやめる"ということでした。
このことは、私の魂にすぅっと、入っていきました。
もう、信じるも信じないもありません。実行するのみです。
振り返ってみれば、さやと私は、薬の副作用にとても苦しんでいました。
大発作がこんなに頻繁に出るようになったのも、ステロイドの吸入薬を使い始めてからでした。
それだけでなく、さやは、発作が治まっているときは、一日中、ギャーギャーと怒って、家族にあたり散らしていたのです。
四六時中ギャーギャーいわれると、病気のせいだと分かっていても、 だんだん、我慢ができなくなって、つい、応戦してしまいます。
子どもとケンカして楽しいはずがありません。
その日の朝からすぐに、ぜんそくの薬を全てやめました。
■薬をやめると発作が少しづつ治まっていきました。
普通なら、薬をやめると、発作や症状がひどくなることが多いのですが、 不思議と、このときのさやは、その反対で、すーっと、はれ物の腫れがひいていくように、発作が治まっていきました。
さやの、つり上がっていた目も、やさしい天使の瞳にもどりました。
これらの体験から、「やっぱり、薬ってこわい。毒なんだ。」と、実感しました。
もう、ぜんそくのお薬は使わない。心に誓いました。
さやは、食べ物や煙などによって、胸が苦しくなることはありますが、これらの、つらい体験から、薬の怖さを知り、薬にたよって症状を抑えるのではなく、症状がでないように、できるだけ、汚染のない食べ物、汚染のない空気の中で 日々、過ごすように努力をすることにしました。
この2点に気をつけていれば、発作はでませんんから。
■感謝
薬が毒だということは、頭では分かっていました。
でも、頭で分かっているだけでは、 本当に分かったことにはなっていなかったのです。
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