秋葉原での犠牲者を悼んでも悼んでも悼みきれない。



 そして、日本の殺人事件史上、まれに見る意味のなさと幼稚さ、そして想像力のなさに脱力せざるを得ないのだが、そこで下を向いてしまえば社会的犠牲はさらに増す。
 
 池田小の無差別殺人から丸七年、今日が同じ日であることを今はあまり強調しない方がいいだろう。秋葉原の犯人に思想的背景を与えても仕方がない。

 ただ、池田小事件の犯人が極刑を希望し続け、法務大臣がその希望をかなえてしまったことの責任は尋常でなく大きいと思う。
「自殺するかわりに殺人をおかそう」と考える者を増やしてしまった軽率さ。
 自分の命さえさしだせば、他人の命をいくら奪ってもかまわないという短絡が、おかげで成立してしまった。



 そして、秋葉原事件である。


 “自分の命さえさしだせば、他人の命をいくら奪ってもかまわない”という愚劣にも程がある考え方を、我々は一刻も早く、しかも根気強く廃棄させなければならない。