“Green, Green Grass of Home”のオリジナル歌詞と訳 | Begin with a close thing. Seek unsolved problems, following relevant matters one by one (and by intuition jumpily).

Begin with a close thing. Seek unsolved problems, following relevant matters one by one (and by intuition jumpily).

重要記事の内容↓
⑥結託,悪感情,そうして迫害… ①アカギレの{治療・予防}法
③適度な緊張を保つ呼吸法(パニック障害・過呼吸にも効果大)
⑤「やせ神話」を解体 ④眠りのために
②狂牛病は「危険部位」外も危険

トム・ジョーンズさん歌唱のカバー・バージョンを訳して,『取り戻す B』の記事にするつもりでいたら、辛い事が現実に起こり続け(私事でも,災害も,やり取りの有るアメ・ブロガーたちにも)、その余りの同時多発の様【さま】に、前述の書く予定の記事も封印しようと決めました。
この方の投稿に出会え,来年の僕のブログ復活も無い訳じゃ無いから…と思いもし、オリジナルの歌詞を翻訳し始めてたら、思いがけない所で、懐かしい人に十年ぶりに遇【あ】えて、かなり嬉しい思いをしました。
(このところ僕は、その人の事で、会えなくなってどう思われてるだろう?{どうした・どうしてる}かな? などと時々思ってた。会える可能性も もう無くなるんだろう、なんて事も…。)
〔凄い驚き顔〕でその人に見つめられ《たから その時点で誰だか判【わか】らず》,…別れ際【ぎわ】に会釈【えしゃく】されました。彼女のそれは、〔動作は会釈なのに丁寧【ていねい】な御辞儀【おじぎ】のように感じられる〕ほどの思いが込【こ】もってた。(僕は人にその様な会釈をされた事が無い。その前には。)「お元気でいてください。」て言われたかのようでした。御礼を表【あらわ】してくれた様にも思えます。もしかして彼女も僕の様に思ってくれたのかも知れない,もしかしたら僕の思い以上に? などと…
 
happy(ハッピー)になれる出会い。そんな〔偶然の一致〕の広がりなら、皆様にも起きて欲しい。
 
 
 

オリジナルの“Green, Green Grass of Home"
 作詞・作曲 ー“Curly”Putman(Claude Putman)
 歌唱‐Porter Wagoner
1964年
 
 
 
オリジナルの歌詞(カバーバージョンのいくつかと違う箇所は青字に。聴き取りの“空耳"な所も訂正。すみません。)↓
 
 
The old home town looks the same as I step down from the train.
私が汽車から降【お】り立つ時、懐【なつ】かしい故郷の町は変わってないように見える。
 
And there to meet me is my mamma and my poppa.
そこに、私を出迎【でむか】えるのは、ママとパパ。
 
And down the road I look, and there runs Mary, hair of gold and lips like cherries. *1,2
それから、通りの下手【しもて】に視線を向けると、ほら、駆【か】けつけるメリー(金髪と,さくらんぼのような唇【くちびる】)。
 
It's good to touch the green, green grass of home.
緑地(故郷の緑色の芝生)に触れるのは嬉【うれ】しい。
《※芝生【しばふ】=芝が一面に生えている所。》
 
Yes, they'll all come to meet me.
そう。私を出迎えに 彼らみんなが来てくれる。
 
Aren't the reached smiling sweetly? *3
到着した人々は、優しく微笑【ほほえ】んでいないか?
 
It's so good to touch the green, green grass of home.
緑地(故郷の緑の芝生)に触れることは実に嬉しい。
 
 
The old house is still standing, though the paint is cracked and dry. *4
かつての 我【わ】が家【や】が まだ立っている。とはいえ、そのペンキは割れ目ができて干涸【ひから】びている。
 
And there's that old oak tree that I used to play on. *5
また、私が前によく遊び続けた[あの]馴染【なじ】みのオークの木が有る。
 
Down the lane I walk with my sweet Mary, hair of gold and lips like cherries.
私の最愛のメリー(金髪,さくらんぼのような唇)と共に 小道を向こうへ歩いて行く。
 
It's good to touch the green, green grass of home.
緑地(故郷の緑の芝生)に触れるのは嬉しい。
 
 
Then I wake and look around me.
次には目が覚【さ】めて私の周りを見回す。
 
《There is》 A peace pole; 《there are》 gray walls that surround me. *6
〔平和の角柱〕が有る,私を取り囲【かこ】む薄暗【うすぐら】い壁【かべ】が有る。
 
And I realize that I was only dreaming, for there's the guarding bell, the sad old padre.
*7,8,9
そして私は、夢を見ていたに過ぎないと悟【さと】る。というのは、警護用の呼び鈴【りん】が有り,悲しげな老齢の司祭がいたから。
 
Arm in arm we'll walk at daybreak.
一緒【いっしょ】に私たちは夜明け時に歩いて行くことになる。
 
《I》 Wanna again, I'll touch the green, green grass of home.
もう一度したい。私は緑地(故郷の緑の芝生)に触れたい。
 
 
*10,11 They'll all come to see me in the seed of bed, old oak tree, as they lay me neath the green, green grass of home.
⊂昔馴染みのオークの木と,寝床【ねどこ】の種子たち⊃の中━その環境の中━で 私を見送るために みんな来るだろう(たぶん)、彼らが ⊂公共の緑地(故郷の緑の芝生)⊃ の下に私を横たえるから。
《※昔馴染み=昔【むかし】、馴【な】れ親しんだ{人・事}。または、昔から馴れ親しんでいる{人・事}。》
 
 
 
1 ここの場合も⇒2010年12/14の記事『はるかな夏の記憶よびさます。ア』の*10で述べた事と同様
副詞『there』が節の始めのほう(接続詞andの次)に置かれたので、この節の主語Maryが動詞run(ここのそれは三人称単数現在s付きルールによってrunsになる。)の後に来てる。
主語と動詞の位置が入れ替わるこのルールは、主語が代名詞なら適用されず,通常通りの〔主語の後に動詞〕の順。
この歌詞には副詞・副詞句が始めに置かれた文がたくさん有る。ここより前にも,ここより後にも。

2 Maryを、日本人に馴染み深い「マリー」の表記にしてたが、「メ《ァ》リィ━ァが発音されない事もたびたび有る━」のほうが原音に近い。
だから、その名前の女性をマリーと呼んだなら、「名前を間違えてる!」,「それ!誰っ!」などと怒られるかも知れない。 ご用心。

3 『the reached』の様な〔the + 分詞形容詞(ここのは過去分詞形)〕は、名詞の代用をして,こんな意味合いになる⇒2010年12/14の記事『はるかな夏の記憶よびさます。ア』の*6と*9

4 『the paint is cracked and dry』は、〔主語 + be動詞 + 形容詞〕の表現。
「形容詞の叙述用法」での二つの表現が一つにまとまった形、の節。動詞のほうのdryじゃ無くて形容詞のdryを andが 形容詞crackedにつなぐ。
crackedは英和辞典の見出しに出てて,形容詞だと分類されてるけど、元は「分詞形容詞」でしょう。→規則動詞を過去形や過去分詞形にするedが、規則動詞crackの末尾に付いてる。
ここの『ーーー is cracked』も、受動態の文と間違えやすい例。
(⇒2010年12/14の記事『はるかな夏の記憶よびさます。ア』の*6の won't be taken も、その例。)

5 『play on.』のonは前置詞のonでは無くて,副詞のほうのon。
(これも⇒2010年2/19の記事中、“What is a Youth?”の歌詞の五番目の文『The wold wags on.』)

6 Wikipediaから引用。↓
『ピースポールとは、「世界人類が平和でありますように」という言葉が書かれたポール。英語の「May Peace Prevail on Earth」をはじめとして、世界各国語にも翻訳されている。平和のシンボルとして 日本各地、世界各国の神社・お寺・教会・モスク・公園等、さらに国連本部、世界銀行、アラブ連盟本部などの国際機関にも建立されている。』
↑この歌唱の聴き取りをするまで知らなかった。日本人の宗教家が始めた事だというのも。

7 padreは、イタリア,スペインなどの、キリスト教カトリックの司祭。

8 there's は、there is の短縮形。
『there's the guarding bell, the sad old padre.』も、〔there + be動詞 + 主語〕の構文。
この構文のthereは 仮の主語。be動詞の後に来る真主語は、初めて話題に登る{人・物・事柄}に限られて my,the,this,…などを伴う〔特定された名詞〕も使えない。通常は。ただし、人・物を列挙する場合や,聞き手・読み手に重要なこととして気づかせる場合は、特定の主語でもthereで表現できる。(この後者の場合の表現が、二番の歌詞にも有る。)
9 the guarding bell と the sad old padre を区切るコンマ〔,〕は、andの代わりをしてる。
「三つ以上の{語・句・節}をandがつなぐ場合は、最後のだけandを残し,つながるそれぞれをコンマで区切る」のが、(通常の)andのつなぎ方。例えば→There is a chair, a table《,》 and a bed.
↑アメリカ英語だとandの前のコンマは無し。全【まった】く「コンマはandの代わり」の考えだろうか? この構文で無い場合にも「つなぎが三つ以上であろうが二つだけであろうがandは使わずに全部コンマにする」、を形にしたような言葉はアメリカ英語の表現なのかァ?
例えば→「time,place,occasion in mind」
ここの構文でない場合の〔二つのみでand無しでコンマ〕の例は、歌詞の最後の文に…。

(ちなみに、それぞれの強調のために三つ以上の全部をandでつなぐ事も有る。)

10 定冠詞も不定冠詞も伴わないbedは「寝る所」の意味になる。
では、
隠喩【いんゆ】『the seed of bed』で何を表したか?
+ 『the old oak tree』に、何を表現しているか?
《「seedbed(≒温床【おんしょう】ほか。)よりも seed of bed のほうが、意味の前面にseed(つまり子供たち)が出るから…」の推敲でしょうか》

11 seed of bed の後のコンマはandの代わり。8の例の様に。
 
 
 
「世界人類が平和でありますように」の翻訳じゃないね、ピースポールに書かれた英語は。日本語のと違って,〔平和の願いだけ〕の言葉って感じに成ってなくて、素敵。↓
『May peace prevail on Earth!(地球上に平和が広がり━広がって行き渡り━ますように。)』
 
《peaceの 部分(piece)を、他の いい言葉に置き替えてもいいよね。loveとか。》