みなさんは、
自分の人生について振り返ったり、
書いてみたことはあります?
ぼくは何度か振り返って
まとめたことがあります。
自分のことを振り返ると、
今後の人生へのヒントがたくさん
詰まっていることがわかります。
やっぱり、
いつになっても自分は自分
ですから。
これから20回で、
ぼくが生まれてから現在までの
ストーリについて
シェアさせてください。
今日は幼少期から、
結婚・栄転までを書きます。
昭和49年3月29日、ぼくは澤登家の
初めての子どもとして生まれました。
第二次ベビーブームのピークに生まれたぼくは、
妹と9歳も年が離れていることもあり、
一人っ子のようにかわいがられて育ちました。
小さい頃は、みんなよりも体も小さくて
恥ずかしがりやでした。
「みんなと一緒」が一番、
「普通」が一番、と思っていました。
「失敗したくない」、
「仲間はずれにされたくない」
という気持ちも強かったです。
小学校時代、
授業中に手を上げて発表することは
ほとんどありませんでした。
先生に指されても
「考え中です」、「前の人と同じです」
というのがお決まりの答えでした。
実際は答えがわかっていたのですが、
間違えた答えを言って
馬鹿にされるのがこわかったのです。
小学3年生のときに、妹が生まれました。
生まれた日にクラスのみんなが
お祝い会をしてくれたこと、
今でもよく覚えています。
中学生の頃から、
「偏差値」をかなり意識するようになりました。
偏差値が上がっていくことに喜びを感じたり落ち込んだりと、
数字の上下に一喜一憂していました。
「これという取り柄がない自分でも、
偏差値ならみんなに勝てるかもしれない」
いつの間にか、偏差値さえよければ、
大学を出て社会人になってからも
幸せな生活を送れるような気がしていました。
(高校2年生)
1年浪人しましたが、
志望大学に合格することができました。
大きな目標を達成したことで、
自信も出てきました。
正直、これで自分の人生は無理をしなくても
うまくいくような気もしてきました。
小さい頃は劣等感ばかりだった自分が、
今度は少し優越感を持つようになっていました。
ただ、周りのみんなと
比較しているということは相変わらずで、
守られた枠の外へ自分から
出ることはできませんでした。
23歳で静岡の
大手物流会社に就職しました。
(新入社員式典にて:NHKより)
入社4年目、それまでの成績が認められて、
業界最大手の船会社への出向が決まりました。
時を同じくして、
4年間お付き合いしていた女性と結婚。
栄転、結婚、
仕事もプライベートも順調で
人生順風満帆だと思っていました。
「よし、がんばっていい成績を残そう」
意気揚々と新しい職場での生活を
スタートしましたが、
待っていたのは想像を超える激務でした。。。
今日はここまでです。
随分と写真が多くて、
自分好きなんだろうなぁ
って思われそうですが
「自分のことを伝える」
ということについて、
読んでくださった方にとって何かの
きっかけになればなぁとも思っています。