タイヨーマスク誕生
谷津嘉章選手が代表を務めるプロレス団体
SPWF
が遂にその幕を閉じることになったそうです。
SPWFといえば、私が唯一、たった一回きりリングに上がらせていただいたプロレス団体なのです。
SPWFの旗揚げ戦は1993年の夏、場所は桐生市体育館でした。まさに夏の日の1993。
日大で学生プロレスをやっていた私は、アマチュアプロレス団体パブレス参戦を経て、SPWFのお話をいただきました。
桐生までの特急電車、同じ車両に、元新日本プロレスの大矢選手、元国際プロレスの鶴見選手ら、そうそうたるメンバーがいて興奮したのを覚えています。
当日私は2部リーグというノンプロの試合に2試合出場。1試合はシングルマッチで、対夕刊次郎戦(マヤ式ジャーマンで勝利)。もう1試合はバトルロイヤル(すぐに敗退)でした。ちなみにこのバトルロイヤルには、現在プロで活躍中の神風選手やホッパーキング(当時)選手も出場されていました。
あこがれのタイガーマスクキャラはそれ以前も別リングネームでやっておりましたが、「タイヨーマスク」としての初戦(自作のマスクも)はこの日だったのです。
1部リーグ(谷津選手らプロの試合)には、高野ケンジ選手が乱入するなど、とてもエキサイティングな旗揚げ戦となりました。
現在交流のある女子プロレス専門誌「リングスターズ」の泉井編集長は、なんとこの日、ゴング誌の取材のためいらしていた、と後に聞き、大いに驚いたものです。この日の風景、そして、タイヨーマスク唯一のプロ戦を目撃した人がいたと!
あれから17年。SPWFは消滅します。谷津代表によると、SPWFや谷津選手にゆかりのある選手を集めて試合をしたいとのこと。
是非、2部リーグもやってもらいたいですね。そしてオファーがあれば、タイヨーマスクはもちろん参戦します(あるわけなし)。