今回は、「あずさ」スピードアップの切り札として登場した車両を取り上げます。

「あずさ」系統と高速バスとの攻防は、1990年代に入ってもなお、相変わらず熾烈を極めていました。JRは「グレードアップあずさ」投入で攻勢をかけたものの、高速バスも運賃の安さを武器に一歩も退かない鍔迫り合い。JRがより優位に立つためには、やはり「所要時間の短縮」に勝るものはありません。
そこで、カーブが多いという中央東線の路線条件を踏まえ、高速化が可能な車両として、JR東日本としては初となる、振子式車両が投入されることになりました。
この車両こそ、現在まで活躍が続くE351系です。国鉄式の形式名の前に冠された「E」は、言うまでもなくJR東日本(JR East)のEのこと。この車両の登場以後、JR東日本に投入される新造車両は、全て形式に「E」を冠しています。
E351系のスペックは以下のとおり。

① 振子式を採用。ただし381系の完全自然振子とは異なり「制御付き自然振子」。
② ①の関連で、パンタグラフは台車と直結した櫓の上に載せられ、車体には載っていない。
③ メカニックはVVVFインバーター制御。
④ 編成構成は基本8+付属4の12連とし、大糸線などへの乗り入れを考慮。
⑤ 先頭車は高運転台だが、編成両端は非貫通、編成中間に入るものは貫通型。
⑥ グリーン車は基本編成に1両、横4列。
⑦ 車体色は白地に淡い紫色。

振子式の採用は、中央東線という路線の条件を踏まえたものであることは言うまでもありません(①)。ただしそのシステムは国鉄時代の381系とは異なり、搭載したマイコンに走行路線の条件を全て記憶させ、それに従って車体の傾きを制御するという、制御付き自然振子とされました。これは381系時代と比べ、エレクトロニクス技術の長足の進歩により可能となった方式ですが、これによって、381系では避けられなかった、カーブ通過と車体傾斜との間のタイムラグが解消され、乗り心地の向上に寄与しています。
また、振子式車両はカーブで車体が大きく傾くため、通常の車両のように車体にそのままパンタグラフを搭載してしまっては、架線との間にずれが生じてしまいます。381系の運用路線は、架線の張り方を工夫してそうならないようにしていますが、それだと架線の改修が必要になってしまいます。そこで、E351系では架線の改修を不要とするため、パンタグラフと架線とのずれを生じさせないよう、台車と直結した櫓の上にパンタグラフを載せています(②。同じ構造はJR九州の883系などでも採用された)。
メカニックは同じ年に登場した255系と同様、VVVFインバーター制御となっていますが(③)、このころになると、制御システムも発進・停止の機会の少ない特急型車両にも採用されるようになっています。
E351系の編成構成は12連とされ、大糸線などへの乗り入れが考慮されたため、同線のホーム有効長の関係から、分割可能な仕様になっています(④)。そのため、中間に入る先頭車は貫通構造とされていますが(⑤)、非貫通の先頭車とは顔立ちが異なり、これも趣味的に興味を引く要素となりました。
ただ、グリーン車は、183系グレードアップあずさが横3列だったのに対し、横4列とされ、その点では一歩後退ではありました(⑥)。これは、当時1両のグリーン車で喫煙席と禁煙席を分ける必要があることから、定員確保のためにこうなったとのことですが、普通席との差異は小さくなってしまっています。
車体色は沿線がブドウの産地であることをイメージしたのか、白地に淡い紫色の帯を巻いたものとなっています。

E351系は、平成5(1993)年に12連×2編成が導入され、同年12月から一部の「あずさ」に投入され始めました。当初は2編成しかなかったため、検査などで運用入りできないときには、183系が代走することになっていました。E351系と183系との間には歴然たる性能差があったため、このころはまだ「慣らし運転」の体で、E351系の性能を発揮するのは、次のダイヤ改正のときということになります。

平成6(1994)年、E351系は、量産車が12連×3本投入されました。量産車は、VVVFインバーター制御装置の半導体素子をGTOからIGBTに変更した以外は、さしたる変更点はありませんでした。しかしそれでも、前年に先行投入されていた2本とは細部の仕様が異なるため、この2本は量産車に仕様を揃える改造を施した上、番代区分を1000番代に改めました。これでE351系は5本が揃っています。
E351系の編成数が揃ったことで、平成6年12月のダイヤ改正では、同系が満を持して「スーパーあずさ」に投入されることになります。「スーパーあずさ」は、この改正から登場した列車ですが、「スーパー」のつかない「あずさ」との混同を防ぐ趣旨か、号数について「スーパーあずさ」を1号~、ただの「あずさ」を51号~から付番しています。
「スーパーあずさ」の最速列車は、停車駅を八王子・甲府・茅野・上諏訪と絞り込み、新宿-松本間で2時間30分を割り込む韋駄天ぶりを発揮しています。
また、付属編成による大糸線乗り入れも実施され、E351系の8+4の分割可能な編成の強みを遺憾なく発揮しています。もっともこれは、大糸線乗り入れにはキャパシティが小さかったのか、後に基本編成の8連の方が大糸線に乗り入れるように改められ、併せて編成構成も改められています(新宿方が基本編成だったものを、松本方に移している)。

ここで素朴な疑問。
E351系は、8+4の分割仕様なのですから、それを生かせばかつての「こまがね」などの復活も図れるのではないか。そう管理人は思っていたのですが、現実には果たされませんでした。
この理由は、飯田線がJR東海という別会社になったのも勿論あるのでしょうが、最大の理由は「飯田線のスピードアップの効果が見込めなかった」ということだと思われます。JR発足後まもなく、JR東海は同社の381系を使って飯田線高速化の試験を行っていますが、はかばかしい結果は出なかったと聞きます。

E351系は、「あずさ」の183系を全て置き換えると思われましたが、あにはからんや、平成6年までに登場した合計5編成だけで打ち止めとなっています。
その要因は様々に指摘されますが、振子式のため車両価格が高額だったこと、狭小トンネルが多いため振子式の特性を生かしきれなかったこと(一説には車体をこすったとも)、軌道に対するダメージが大きく保線のコストが嵩んだこと、そして何より同系のスペックを生かせる別線の建設がかなわなかったこと(同系の製造当時は、狭小トンネル区間や急カーブの区間などは別線を建設する予定だった)などにより、同系が現行の中央東線にとってはオーバースペックであったことが挙げられるでしょう。
その後の183系の置き換えは、E351系ではなくE257系で行われることになりました。

次回は、予告編とは順番を違えますが、長野新幹線開業を控えた「あさま」の動向を取り上げます。

-その13に続く-