今回は、ブルートレイン(寝台特急列車)の豪華化を取り上げます。
バブルのころ、ちょうど国鉄の分割・民営化が決定し、国鉄も遅ればせながら、商品としての「列車」の魅力アップに走ります。その結果が新幹線100系だったりするわけですが、当時は長距離輸送で確固たるシェアがあった、ブルートレインに対しても、テコ入れが図られることになりました。

当時のブルートレインの主要系統は、東京-山陽・九州間。そこを走る列車は、伝統こそありましたが寝台車の仕様も食堂車のサービスも旧態依然たるもので、1970年代で停滞していました。昭和60(1985)年、「はやぶさ」(東京-西鹿児島)で1両まるまるサロンカーとした「ロビーカー」が連結され、ようやく体質改善が緒につきました。
国鉄はその翌年、歴史がありながら地味な列車に甘んじていた「あさかぜ」(東京-博多)について、寝台車などの大幅なグレードアップを図ります。具体的には寝台車のリニューアルや食堂車のグレードアップなどですが、やはり「B個室寝台」とシャワー室の採用が目を引きます。前者は、乗客のプライバシー志向に遅まきながら応えるものでしたし、後者は昭和初期の特急「富士」以来となる、列車内での入浴サービスでした。
今にして思うと、「あさかぜ」のグレードアップは、後述する「北斗星」などのそれと比べると不十分な感じもしますが、当時は東京-山陽・九州間のブルトレにはそれなりに固定客があり、定員の激減をもたらす個室化の拡大は、できない相談だったのでしょう。
この「あさかぜ」編成のグレードアップは、昭和62(1987)年初頭に完成します。

「あさかぜ」グレードアップの翌年の昭和63(1988)年、JR東日本とJR北海道は、上野-札幌間を直通するブルートレイン「北斗星」運転開始に際し、ホテルの一室と見紛うばかりの豪華かつ広い部屋をしつらえ、そこにシャワーや洗面台なども備える、通常のA個室よりもさらにハイグレードな「ロイヤル」なる個室を備えた車両を用意しました。その他には、B寝台個室も1人用・2人用が用意され、さらに食堂車も、従来のアラカルト方式ではなく予約制、それもフランス料理のコースなどを提供するということで、その価格設定も注目されました。その価格設定は、一番高額なフレンチのフルコースが8000円! これはかなり話題になりましたが、食堂車の予約は好調だったようです。
こうして、鉄道趣味界のみならず一般メディアからも大いに注目された「北斗星」は、青函トンネルをくぐって、毎晩東京と札幌を結ぶようになります。
この「ロイヤル」、JR北海道では果たして本当に利用があるのか不安視する声も社内にあったそうですが、折からの好景気に乗り、「ロイヤル」の寝台券は、ただでさえプラチナチケットと化した「北斗星」の中でも、さらに入手困難なものになっていました。

「北斗星」登場のさらに翌年、今度はJR西日本が、「北斗星」を上回る豪華列車「トワイライトエクスプレス」を、大阪-札幌間に走らせます。注目は、「北斗星」同様の「ロイヤル」もそうですが、さらに豪華さを増した「スイート」。この「スイート」は、当初は最後部車両の端部に1室のみが用意され、後部の展望はその部屋の乗客が独占できることも相まって、通常のA個室寝台より遥かに高額であるにもかかわらず、こちらも大変なプラチナチケットとなっています。
「トワイライトエクスプレス」は食堂車のメニューの豪華さも「北斗星」をしのぐもので、フレンチのフルコースが12000円という高額なものでしたが、それでも「北斗星」の食堂車と同様、予約は好調だったと聞きます。

JR東日本はさらに余勢を駆って、「夢空間」なる超豪華寝台車・食堂車・サロンカーを試作車として製造し、時々実際に営業運転に供しましたが、これら車両は残念ながら試作車のままで終わってしまいました。
この車両で特筆すべきは、3両それぞれが百貨店とタイアップして内装をデザインしたことと、日本の鉄道史上最高額の料金設定の個室寝台が設けられたこと。寝台車が高島屋、食堂車が東急百貨店、サロンカーが松屋(牛めし屋ではない)の各デザイナーが担当し、それぞれに贅を尽くされた内装となりました。後者は、「エクセレントスイート」1室に「スーペリアツイン」2室と、定員がたった6名しかない車両で、しかも全室にユニットバスを装備。恐らく国鉄・JRの寝台車では史上最少定員ではなかったでしょうか? そして注目すべきは料金。「スーペリアツイン」は確か「トワイライトエクスプレス」の「スイート」と同額だったと思いますが、「エクセレントスイート」は50000円(1室あたり)+消費税だったはずで、こちらの料金もまさに「エクセレント」でした。
管理人はこの寝台車、現在保存されている東京都江東区のレストランで食事をした際、車内に入ったことがありますが、設計の古さなどは目に付いたものの、確かに1室5万円取るだけのことはある、と思ったのを覚えています(そのレストランでは、希望するとこの寝台車の中で食後にお茶が飲める)。

その他にも、個室寝台車の拡大は他系統のブルートレインでも進められ、短距離でありながら乗車率が高かった「北陸」には、個室のほかシャワー室も設置されました。このころになると、高速バスとのシェアの食い合いが顕著になってきていて、ブルートレインも安閑としていられなくなっています。

しかし、バブル崩壊とともに、ブルートレインの乗客も激減、平成6(1994)年にはついに、栄華を誇った東京-山陽・九州間の系統からも廃止列車が出始めます。このとき廃止になったのは、国鉄時代にグレードアップされたはずの「あさかぜ」。やはり「北斗星」などに比べ、個室化が進んでおらず、しかも食堂車の豪華さもなかった。そして何より、山陽・九州方面はこのころ新幹線の高速化が顕著で、最終の新幹線発車後~朝一番の新幹線到着の前の間を走ることができなくなってしまったことなどで、ブルートレインが有意な選択肢ではなくなってしまいました。せっかく期待を集めて登場した「夢空間」も、無駄に豪華となってしまったためか、あるいは九州方面の列車では使えなかったためか、平成19(2007)年に退役しています。
それでは豪華な北海道方面の列車は安泰かといえば、さにあらず。今年3月には、北陸新幹線開業に伴う並行在来線の経営分離のためか「トワイライトエクスプレス」が廃止され、「北斗星」も今年3月に定期運行が終了、その後の臨時列車としての運行も8月22日札幌発を最後に終了しました。
この両列車の運行終了で、バブル期に登場したブルートレインの改造車は、団体用に使用される車両を除き、退役することになります。

バブル期のブルートレインのグレードアップ改造車を概観するつもりが、ブルートレインの終焉まで言及することになってしまいました。
これは、バブル崩壊後の日本人の消費性向の変化で説明できると思われます。つまり、「意味のある支出には糸目を付けないが、それ以外は徹底的に緊縮」というもの。多くのブルートレインが壊滅した中、「北斗星」「トワイライトエクスプレス」が人気を博し続けたのは、これらの列車に乗ることが「意味のある支出」と評価されたことに尽きるといえます。

次回は、大手私鉄の無料優等列車のグレードアップについて取り上げます。

-その14(№3252.)に続く-