藤丸は、藩主に兄の藤千代の仇を討たねばならないと訴えた。
7年前にお家騒動を起こした家老・加藤と、加藤の野望を阻止するとは言え、藤千代を暗殺した城代家老・大杉の切腹、そして互いの家を断絶にすべしと。
藤丸は、清吉に同意を求めた。
意外な事に、清吉は怒りに燃える藤丸を制した。
「藤千代様がその様な事は、望んでおられない。」と返答した。
加藤家と大杉家は、お殿様と藤丸様のご親戚筋に当たる。
特に、大杉家は藤千代様と藤丸様の御生母の生家であり、昨夜の襲撃で藤丸様の身を守ったのは、祖母である大杉の妻・八重様ではないかと説いた。
藤千代様は、藤丸様のご無事で次期藩主になられる事こそが望みであるとも説いた。
藤丸は、清吉の必死の説得に、依然怒りが収まらなかった。
清吉の心中は、穏やかでは無かった。
大杉家が潰れてしまえば、きっと八重様が悲しむ。
それだけは、何としても止めなければと思った。
藩主が、やっと口を開いた。
「その者が言う通りである。」と言い、7年前の事は不問に伏すと藤丸に言った。
藤丸は、「何故その様なことを仰るのか!」と、激しい口調で反論した。
藤丸の勢いにたじろぎながらも、藩主は7年前の事も今回の事も、自分の不甲斐なさから引き起こされたとか細い声で答えた。
側室お雪の方を寵愛し過ぎる余り、藩政の全てを大杉に任せてしまった。
それまで、藩政の一翼を担ってきた加藤が不満を持ち、騒動を引き起こしてしまったと藤丸に語った。
藩主は、涙ぐんでいた。
自分が辛いことを避けてきたばかりに、我が子や側室を失ったのだとと自責していた。
先程のお春の方のした事も、自分に非があると感じていた。
全て、自分の弱さから来ているのだと、藩主は自分のこれまでの行いを恥じるばかりであった。
もし、家老の家を2つも取りつぶせば、事が大きくなって、いずれは老中の耳に入り、藤丸と老中の娘との婚約は破棄されるばかりが、お家騒動を二度も引き起こしたこの藩もただでは済まなくなるので、今は事を大きくせず堪えるしかないと、藩主は涙ながらに藤丸に諭した。
藤丸は、父の藩主の今まで見たこと無い悲しみの表情を見て、怒りが徐々に収まる気持ちになった。
藩主と清吉の言う通りに、怒りに任せて事を起こしたら、逆に藤千代の思いから離れてしまうと思い始めた。
藤千代は、自分とこの藩を守る為に、清吉の夢に現れたのだ。
自分がそれを壊してはならないと、藤丸はそう思った。
その時であった。
近習が、襖越しから声を掛けてきた。
たった今、加藤の三男が父の代理として登城し、昨夜の襲撃は兄が引き起こしたと告白したと言う。
そして、責任を取って兄は切腹し、自分が介錯して、その首を持参して来て、大杉が検分を行っていると話した。
続けて、別の近習が部屋の前へやって来た。
今度は、襲撃犯の遺体から、今回の首謀者が加藤の長男であるとの証拠が出てきたと報告してきたのだ。
藩主は涙を拭き、急ぎ三男と会って事の審議を自分の目で確かめると近習に言い、立ち上がった。
藤丸と清吉に、共に参れと命じた。
藤丸は、頷いた。
清吉は覚悟を決めて、藩主の後に従って部屋を出た。