近習達が退室し、部屋には、藩主、藤丸、そして藩士に変装した清吉だけがいた。
清吉の存在に、疑問を感じる藩主であった。
この者を、見た事が無い。
一体名は何と言うのだろうか。
藤丸は、藩主にこの者こそ、兄・藤千代の使いの者だと打ち明けた。
驚きの余り声が出ない、藩主であった。
清吉は、藩主に話を始めた。
まず、自分の身分を明かした。
幼き頃、忍術を学んでいたが、由縁あって里を離れて、諸国を巡る身になったと言う。
そんなある日、藤千代が自分の夢に現れ、7年のお家騒動の事を語り、近々藤丸の身に危機が迫っているので、守る様にと頼まれた事を話した。
藤千代は、これは現実であると清吉に示す為に、城代家老・大杉の屋敷の蔵に収められている、藩主が作らせた見事な誂えた刀の在処を教えた。
清吉は、その刀を見て、初めてこれは夢では無いと知ったと語った。
それから、色々と探る内に、藤丸襲撃計画を立てている事を知り、昨夜それを阻止したと話した。
無事に入城した藤丸様だが、万が一に備えて、自分は藩士に変装して見守っていたと語った。
更に清吉は、藤丸様に、藤千代様の話を信じて貰う為に、大杉の蔵から刀を盗み出し、藤丸様にお渡ししたと語った。
藩主は、先程藤丸からその刀を見せられても、どこか信じられ無かったが、清吉の話を聞いて、これは真だと思った。
しかし、藩主には、疑問が一つ残った。
そこで、藩主は清吉に確かめる事にした。
藩主は、清吉に何故報酬が得られる事は無いのに、藤丸を守ったのか聞いた。
藤丸も、同じ思いを昨夜から抱いていた。
清吉は、この藩の民に親切にされたので、その恩返しでございますと答えた。
本心は、密かに慕う八重様の為であった。
藩主と藤丸は、清吉の言葉を信じた。
2人は、藤千代の魂が藤丸を救ったと思い、胸が熱くなり、目の前に置いてある刀に手を合わせた。
清吉もそれに倣って、手を合わせた。