清吉は、闇の中を走り、藩の別邸の前に着いた。
別邸の周りには、加藤派の浪人達が集結していた。
どれも、強者揃いに見えた。
この中で、人を斬った経験が無いのは、松千代の守役の青木だけである。
かなり緊張する青木に、浪人の頭は呼吸を整えさせ、自分達の後ろに付いて、弱った者だけを斬るように言った。
青木は、浪人に命令されて心の中で反発したが、こればかりは言う通りにするしかないと思った。
森林と山に囲まれたこの藩は、のどかな風情故、多くの武士は刀を修行以外で抜いた事が無かった。
人を斬るなど、殆ど皆無である。
青木も、その中の一人であった。
反対に、浪人達は過去に何人も斬ってきた。
特に浪人の頭は、長い流浪生活で斬った者は数知れず。
その腕を、加藤の長男に買われていた。
この経験の差が、藤丸を護衛する藩士との戦いで有利に働くのだ。
浪人達は頭巾を被り、襲撃の準備を整えた。
木の上に登って浪人達の動きを見ていた清吉は、別邸の庭に目を移した。
使用人が、こっそりと庭を横切り、裏戸を開けようとしていた。
打ち合わせ通りに、使用人は藤丸が寝床についたのを知らせようとしていた。
いよいよ、襲撃の時刻になったのだ。
一気に、辺りの空気が冷えた。