いよいよ、7年振りに藤丸は養父母と過ごした里へ着いた。
記憶にある風景は、全く変わっていなかった。
駕籠から里を見た藤丸は、胸の奥が熱くなった。
養父は既に亡くなり、養母が一人で家を切り盛りしていた。
家の前で、養母は待っていた。
駕籠から降りた藤丸に、養母はひれ伏して挨拶をした。
藤丸に促されて立ち上がった養母は、立派に成長した藤丸を見て感極まったが、人前では決して涙を流さなかった。
藤丸が7才まで育った家は、以前より小綺麗にはなってはいるが、殆ど変わりなく、昔の情景が思い出された。
客間で2人きりになった途端に、養母は涙を流した。
藤丸とて同じく涙を流し、語り合った。
部屋の外で待機していた八重も、もらい泣きしてしまう。
その日の朝、家老・加藤の家では、一騒動があった。
三男が、長男と父親の陰謀を知ってしまったのだ。
家を守る浪人達が、今夜に藤丸を襲撃する話を、偶然に聞いてしまったのだ。
急いで家を出て、藤丸を守り、事の子細を藩主に報告しようとしていた。
病床の長男は浪人達に命じて、家を出る寸前の三男を捕まえさせて、縛り上げて蔵へ押し込めた。
何故こんな事をするのかと蔵の中から怒る三男に、床から出てきた長男は、これは藩の為たと言い、今まで城代家老・大杉が藩政を牛耳っており、藤丸が藩主になれば大杉の独裁は益々強まるので、それを防ぐにはこれしかないのだと諭した。
三男は兄の言うことに反発し、更に大声を張り上げた。
その声を聞いて、おろおろする父・加藤に、長男はこのまま三男は蔵に閉じこめると言い、計画は必ず成就させると言って、弱々しい足取りで自室へ戻った。
それから間もなく、加藤の屋敷を一人の藩士が訪れた。
側室・お春の方が産んだ松千代の守り役、青木であった。
今夜の計画が成功するのをこの目で見て欲しいと、お春の方に頼まれたのである。
加藤派は、藤丸を暗殺し、松千代を次期藩主に据えて、藩政を大杉から奪うのを目的としていた。
加藤は、青木の申し出を快く受けた。
青木は腕の立つ武士であるので、これを利用しない手はないと思ったのだ。
その頃、奉行所の者が、庭に人が忍び込んだ形跡を見付けていた。
清吉と名乗る隠密が、潜入したのであろうと奉行所の者達は見ていた。
牢に繋がれている、茶店の女将・おとき親子を助ける為に探りを入れていたのであろう。
今夜辺りに、清吉がまた忍び込んでくるであとうと睨み、奉行所は一層警備に力を入れた。
清吉を捕まえて、何故この藩を探っているのかを吐かせてみせると皆は意気込んでいた。
大杉派は、藤丸が無事に次期藩主にさせる為に、清吉を捕まえようとしていた。
清吉が7年前のお家騒動を探っている限り、この小藩は安泰ではないからだ。
清吉にしてみれば、大杉派が自分を捕まえることに目を向けていることで、松千代に手を下す所までは行かないと見ていて、その通りになっているので内心ほっとしていた。
奉行所の庭に、あえて跡を付けた甲斐があった。
7年前の惨劇の繰り返しだけは、どうにか止めることが出来そうだと清吉は思っていた。
これは、八重との約束である。
どんな事があっても、果たさねばならない。
今夜、全てが決まる。
清吉は、おとき達を安全な場所に逃がしてから、藤丸様と八重様を加藤派から守る算段を整えていた。
一身を投げ出す覚悟は、出来ていた。