藤丸は、初めに菩提寺で参拝した。
老中の娘との婚約が成立し、元服式も今年中に行われる。
そして、年内には次期藩主となる。
次期藩主になった暁には、大杉には頼らずに自分で藩政を行い、民の為に藩を豊かにしたいと、藤丸は心に誓った。
第一夜は、菩提寺で宿泊した。
境内には警備の者達が見張っていたが、静寂が寺を包んでいた。
その影で、八重は藤丸の毒味役をしていた。
場所は変わり、奉行所の牢に入っているおとき、おせい、蔵次は、夜を悲しく迎えていた。
初めは、清吉の事を城代家老・大杉に話した蔵次を責めた、おときとおせいであったが、牢に入って二日目になると気力が段々と失われて来るのであった。
蔵次は、己の軽々しい行動を悔やんでいた。
3人はこれからどうなるのか不安であったが、特におときは命を救ってくれた清吉の無事を願わずにはいられなかった。
さて、菩提寺に話を戻すと、僧侶は夜の勤行を終え、警備の者は交代して、平穏に時間は過ぎていた。
部屋の中で藤丸は寝る支度をしていたが、心はどこか定まらなかった。
翌日は、7才まで育ててくれた養父の墓参りと、養母との面会が控えている。
出立前の藤丸は、優しく育ててくれた養母との再会に心が踊っていたが、城の外に出た途端に殺気を感じずにはいられなかった。
その殺気のせいか、夜遅くなっても寝付けず、思わず障子を開けて外を眺めた。
昼間は庭園が広がっているのが見えるが、この時間になると辺りは暗闇が広がっているだけである。
藤丸はその時、暗闇の奥に潜む一体の影を見付けた。
藤丸は庭園の奥に潜む影を見付けると、刀に手を添えて、影の方をじっと見つめていた。
藤丸の気配に気付いた影は、直ぐに庭園の奥に引っ込んだ。
寺の僧侶の一人かと思い、障子を閉めた。
次の瞬間、藤丸は「あっ。」と声を上げた。
その声は、隣の部屋で控えている八重の耳に入った。
急いで藤丸の部屋の前へ行くと、藤丸は何もないと言ってその者を下がらせた。
翌朝、藤丸は緊張した顔つきで朝食を取っていた。
僧侶、八重、お供の者は、久しぶりに養母に再会するから緊張していると思っていた。
それから程なく、一行は菩提寺を出立して、藤丸が7才まで育った里へ向かった。