目次  (あらすじはこちら へ)


いよいよ藤丸が、元服式と婚約の報告の為に菩提寺と養父の墓参りにでる日が明日に迫った。


城代家老・大杉は、藤丸を守る為に手筈は整えていた。

旅の供は、自分の息の掛かった精鋭の武士を付けている。


藤丸の養育係であり、家老・加藤の三男からは、供に加えて欲しいと言われたが、これを排除した。

旅は、用心に用心を重ねないといけない。

例え真面目な三男であろうが、反対派の加藤の息子である。

どんな小さい懸念も、取り払わなければならない。


妻・八重が、供に加えて欲しいと懇願してきたのも幸いした。

藤丸の周りを自分に従う者達だけにしたと思い、大杉は安心していた。


しかし、旅の最後の晩に泊まる藩の別邸の使用人達が、全て加藤派であることは、大杉は知らないでいた。

加藤の長男の策略で、大杉は別邸に仕えているのは自分の配下の者だと騙されていたのであった。


何も知らない大杉にとって、一番の懸念は清吉の存在である。

7年前のお家騒動を探索している清吉は、邪魔な存在である。

この一番大事な時に、動いていては困る。

例え、藩主の隠密であろうが、この際関係ない。


兎に角捕まえなければと、大杉はここ数日の間悩んでいた。

そして今日になり、配下の奉行を呼んだ。

奉行に、清吉が命を助けた茶店の女将・おとき親子を捕まえて、牢に入れる様にと命じた。

おとき親子を餌に、清吉をおびき寄せる為である。


それを聞いていた、大杉の長男・近正は反対した。

民を使って、隠密をおびき出すとは卑劣な行為であると。

普段民を、労り大事にしろと云ってきた父上の教えに反することでなないかと言った。

おときの団子を父上が贔屓にしていたのに、そのおときを牢に閉じこめる等ととんでもない事だと言った。


大杉は、近正にこの緊急事態では、どのような手を使わなければ隠密は捕まらないと一喝した。


その時に、近正の怒りは心の中で爆発した。

父上は、お家の為と言って数々の非情な手段を取っている。

幼い時に、祖父母から儒教や武士道などの教育を受けた近正は、父の策略が武士道に反している行為と受け取った。

このまま行くと、大杉家は駄目になってしまうと近正は怒りを内に秘めた。


大杉の命を受けた奉行は、間を置かずに手下達を連れておときの茶店へ押し入った。

多くの客のいる目の前で、おとき、娘のおたえ、娘婿の蔵次を有無を言わさずに捕まえた。

そして、奉行所の牢に3人を押し込んだ。

他の囚人達は、別の場所へ移動させていた。

奉行所の内外に、厳重な警護を付けた。

客達の噂を聞いて、清吉は駆け込んでくる筈である。

そこを捕まえて、目的を聞き出して、斬るだけである。


やがて夜になったが、清吉は現れなかった。

夜が明ける頃になっても、同じであった。

奉行所の辺りは、静かであった。


朝を迎えた。

城内では出立を前に、慌ただしくしている藤丸一行がいた。


八重が一人になった時、天井から聞き覚えのある声がした。

声の主は、清吉であった。

驚きのあまり声の出ない八重に向かって、突然声を掛けた非礼を詫びた清吉は、加藤派がこの旅の最後の晩に藤丸暗殺を企てているので注意して欲しいと言った。

八重は天井を見たが、清吉の姿は見付ける事が出来なかったものの、コクリと頷いた。


清吉の正体に疑問を持ったが、今はその時では無い。

藤丸様の側にいなければと、八重は足早に藤丸の元へ向かった。


こうして、藤丸一行は城を出た。