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藤丸の侍女が、お茶に粉を入れ、これが露見した途端に自害した。


藤丸は元服式の前に事を荒げたくなかったし、もしこれが老中の耳にでも入ったら婚約はどうなるか分からないからだ。

老中との繋がりが切れてしまうと、この藩は幕府から良い印象を持たれない。


藤丸がいくら隠そうとしても、翌朝になると城中はこの話題で持ちきりとなってしまった。


大杉は、これを利用して加藤派を根絶やしにしようと企むが、粉が無害な物と聞いて疑問に思った。

薬学に詳しい加藤が、間違っても無害なものを侍女に渡す事は絶対にしないと確信していたからだ。

事が明らかになるまでは、しばらく静観した方が得策かもしれぬと考える様になった。


加藤は、侍女を消した今は、自分を結び付ける証拠は何も無いので、少しは安心した。

だが、慢性の毒を芋の粉にすり替えたのは、一体誰であろうかと悩んだ。

恐らくは、探している隠密か。

しかし、何故薬をすり替えたまま何もしないのかと考えると、加藤は頭が痛くなった。

暫くは、じっとしていた方が良いのだろうかと思い始めていた。


帰宅すると加藤は、自分の考えを病床の長男に伝えた。

すると、長男は動かないのは相手の思う壺と反論し、ここは向こうの思惑を利用して藤丸暗殺計画を実行すべきだと進言する。


聞いた情報によると、近々藤丸は元服式が間近になった頃に菩提寺へ参拝する。

その時に、養父の墓にも参る予定になっている。

養父の墓を守っている寺はお城よりかなり遠い場所にあるので、数日の日程が組まれている。


旅では、藤丸は寺や藩の別邸に泊まる予定である。

元服式や婚儀に費用が掛かるので、今回の旅のお供は最小限にされている。

その為、守り役では無い三男は供の名簿から外れている。


最後の晩に泊まる藩の別邸の規模は小さく、そこの使用人は全て加藤派の者にしてあるので、事が起こし易い。

狙うのならその晩が一番の好機であると、長男は進言した。


供の者は、殆どが剣術が優れていると言うが、実践で戦ったことが無い。

その点、経験が豊かな浪人達の方が有利である。


加えて長男は、加藤派が担ぐ松千代の命を大杉が狙っているとの情報を聞き付けていた事を、父に知らせた。

そして、父に生母・お春の方と守り役・青木にその情報を伝えた後に、藩士の中から腕の立つ者を選び、松千代の側で見張らせる様にして頂きたいと願い出た。


重い病を患っている長男が計画を進めているのには、加藤は涙を禁じ得なかった。

これが、最後の親孝行であると考えての行動であろう。

加藤はその通りにすると、長男に強く言った。


何としてても、大杉の独裁を止めさせ、藩の実権をこの加藤とその一派が奪い取ってみせると誓ったのである。