目次  (あらすじはこちら へ)


全て語り終えて疲労困憊の田島敬之助は、宿にしている寺へ戻った。

もう日が暮れており、境内には人一人いなかった。

寺では、僧侶達はとうに夕餉を済ませ、それぞれの部屋に戻っていた。


誰もいない本堂で田島は藤千代の為に読経し、部屋へ戻って写経を始めた。

その時、部屋に清吉がやって来た。


声を上げようとする田島の口を、清吉は手で押さえた。

怯える田島に、清吉は片方の手で大杉の屋敷から借りた刀を見せた。

この刀を見て出家する決意をした田島は、更に怯えてしまった。

清吉は、田島に直ぐに言わずにこの国を出るようにと言った。

顔面蒼白になり首を振る田島であるが、刀を見る内に自分が切った藤千代の顔が浮かんでしまい、うなずくしかなかった。


それを確認すると、清吉は外へ出た。

急いで田島も後を追うが、暗闇の中に清吉は消えてしまっていた。


大杉近正は、父左近の帰りを待っていた。

しかし、なかなか帰らない。

苛立ちが頂点に達した頃に、母八重がお城から戻って来た。


父の帰宅時間を尋ねたら、母八重は今夜は遅くなると返事して部屋へ戻った。

近正はこの苛立ちがどうにも収まらず、母八重にぶつけてしまう。


八重の部屋を訪れた、近正は母に7年前の事件を話し、父左近が関わっていることも話した。

近正は、父が藩主の子息をお家の為とはいえ、暗殺したことに憤りを感じていた。

この事件の後に、姉であり、藤千代の生母であるお雪の方は心労で亡くなっているのだ。

父が自分の娘も殺した様なものだと、近正は怒りを露わにした。

もし、これが露見すれば父は切腹、大杉家も取り潰されるのは必定だとも蕩々と語った。


八重は長男が藤千代の死の真実を知って動揺したが、努めて冷静に装い初めてと聞いたと答えた。

更に、いくら田島敬之助の告白とは言え、確かな証拠が無い限り事を荒立ててはいけないと、近正に自制を促した。


近正は母の表情を見て、初めて聞いたと言ったけども実は既に知っていると見抜いていた。

長男の自分には何も教えて貰えないと思い込み、深く傷ついた近正は八重の部屋を出た。


その夜遅くに父左近は帰宅したが、母に自制された近正は父に尋ねることを我慢した。


当日、加藤側にも騒ぎがあった。

城で執務をこなしていた加藤の元に、三男が凄い剣幕でやって来た。

藤丸の養育していたのではと加藤は聞くや否や、三男は侍女が持っていた紙の包みを見せた。


今朝方、藤丸のお茶に侍女がこっそりとこの包みから白い粉を入れていたのを見付け、捕らえたと言う。

侍女は三男の耳元に寄り、小声で囁いた。

父親の加藤の命によるものだから、見逃して欲しいと言ったのである。

怒り心頭の三男は、これを嘘と思い切り捨てようとしたが、藤丸がこれを見付けて制した。


三男から茶に薬を入れたという侍女の報告を受けて、藤丸は侍女を牢屋に入れる様に命じ、部下にはこの件は他言無用とした上で、この薬を調査するように命じた。


早速、部下は有名な漢方医にこの薬を調べさせたが、芋の粉であることが判明した。

だたの粉であると知らされた藤丸は、牢に入っている侍女に改めて問いただすと、さっきと打って変わり何も知らないと言い張っているのである。


三男はいくら無害な粉であるが、これを茶に入れた侍女が加藤に命じられたと耳打ちしたことが気がかりであった。

父親に確かめてから、藤丸に報告しようと思っていた。

三男からこの話を聞いた加藤は、肝を冷やしたが何事も無い様な顔をして、この包みの事は何も知らないと答えた。

素直な三男は、父親が関与を否定したのを聞いて安心したのか、何時もの穏やかな顔付きになって、藤丸の元へ戻って行った。


これに慌てた加藤は、密かに手下を呼び、侍女の口封じを命じた。

手下は手際よく実行し、その晩には牢に入ってた侍女は隠し持っていた懐刀で自害したとの報告が、藤丸へ届けられた。