7年前の事件を探っている若者を知っていると最初に言ったのは、町はずれにある療養所で下働きをしている老女であった。
だいぶ昔に、強盗に襲われて大怪我をした者を運んで来た若者とそっくりと言ったのである。
老女は、名前までは覚えていなかった。
城代家老・大杉の配下の武士は、療養所の医師を呼び、似顔絵を見せてその若者の事を聞き出すと、その医師が言うには、「若者は似ている様で確かでは無いが、大怪我した者は関所近くに住む地主の坂井太ノ吉であることは覚えております。」と。
早速、武士は療養所から遠くにある関所近くの村へ行き、坂井の家を探し回った。
太ノ吉を見つけ出すと、武士は似顔絵を見せてこの若者を知っているかと尋ねた。
「覚えております。名は知りませぬが、私の命の恩人でございます。」と太ノ吉は答えた。
太ノ吉は、10年近く前の話を始めた。
茶店の女将・おときの亭主が亡くなり、葬儀に近隣の村や茶店の客ら多くの者が参列した。
当時おときは、幼さなかった娘のおたえを抱えながらも気丈に対応していた。
太ノ吉は妻と坂井家の下女と共に、葬儀の手伝いをしており、夜遅くまで茶店にいた。
その時に、茶店へ参列客を装った強盗3名が押し入り、抵抗した太ノ吉は斬りつけられ土間へ放り投げられた。
次に強盗は、おときと幼い娘のおたえ、太ノ吉の妻、下女を客間で縛り上げた。
金目の物を探し、店中を荒らしていた強盗の隙を見付け、太ノ吉は怪我の身を押して外へ出て、助けを求めた。
その時に出会ったのが、似顔絵の若者に良く似た行商人であった。
行商人は急いで茶店に駆けつけると、おとき達に刃を向けようとしていた強盗1名を倒し、金目の者を風呂敷に詰めていた残り2名を素早い動きで倒した。
3名の強盗を逆に縛り上げると、おとき達の縄を解いた。
礼を言うおとき達に、その行商人は番屋へ行くように指示すると、大怪我した太ノ吉を診療所へ運ぶと、何処もなく姿を消した。
数日後、傷が癒えた太ノ吉はおときにあの行商人の事を尋ねたら、初めてみる若者で名乗らずに消えてしまったと答えた。
実は、それから数年後にあの若者が茶店を訪れていたのだが、あれから遠出をしなくなった太ノ吉は知らないでいた。
武士は太ノ吉の妻と下女からもこの若者の事を聞きたかったが、事件から2年後に妻が、下女は昨年亡くなったと聞かされた。
残念に思ったが、おときに聞けば何か掴めるかと思い、駆け足で茶店へ向かった。
店に飛び込んできた武士の必死の形相を見て、おときは危険を察知し、清吉の顔も名前も知らないと言った。
おたえとその夫・蔵次は、おときが命の恩人・清吉を知らないなどと言い張るので、それに合わせてしまった。
少しは手掛かりを掴んだ武士は、大杉の元へ帰って全てを報告した。
大杉は、強盗3名を退治した男こそ、自分達の過去を探っている者であると察した。
かなり手強い奴だとも思った矢先、屋敷に奉行と一緒に蔵次が訪れた。
気の弱い蔵次は、どうしても清吉のことを隠せなかった。
それで、こっそりと奉行所へ行き、清吉について知る限りのことを話してしまった。
不幸な事に、奉行所の者は殆ど大杉派で固められており、奉行は急いで蔵次を連れて大杉の元へ向かったのである。
蔵次から清吉の事を聞いた大杉は、清吉を捕らえる為に探しているのでは無いと嘘を付き、もし茶店に来たら知らせるようにと優しく言って家へ帰した。
それから、配下の者に清吉の事を伝え、茶店を見張り、行きそうな場所を探す様に命じた。
大杉の長男が出てきて、自分もこの探索に加えて欲しいと願い出たが、家を守るようにと言われてしまった。
これは、7年前の事件を知らない長男への配慮であったのだが、何も知らない長男は不満であった。
それを陰でこっそりと見ていた八重は、驚き手紙を書いて外へ出ようとしたが、配下の者が多くいたので出来ずにいた。
捕まらないで欲しいと部屋で祈るしかない、八重であった。
藩内で探索が行われている中、配下の一人が家老・加藤の屋敷の中へ入った。
この者は加藤の手下であり、大杉の動向を探っていた。
その者から清吉のことを聞き出した加藤は、手下の浪人達を呼び、大杉よりも早く清吉を捕まえる様にと命令した。