7年前の出来事を話し終え、虚脱状態になった僧侶をその場所に置いたまま、行商人の清吉はこの町を出た。
僧侶の語った7年前の出来事、それは城代家老の大杉と家老の加藤の勢力争いに藩主の双子の子息が巻き込まれ、片方が命を落とした。
そして、その尊き命を奪った張本人は、生母の父にあたる大杉という事実。
この現実に、清吉の足は重かった。
清吉が慕う八重は、大杉の妻なのである。
八重が見た夢から引き出された悲しい出来事を、清吉はどう語れば良いのか思い悩む。
やはり事実をそのまま話そう。
清吉はそう思った。
そうこうしている内に、八重達が暮らす藩に辿り付いた。
清吉は、関所の近くにある一軒の茶屋へ入る。
八重に会う前に、気を落ち着けようとしたのである。
茶屋の主は、おときという未亡人とその娘・おたえ、そして近くの村から婿入りした蔵次の3人で切り盛りしていた。
特に3人が作る団子の味は評判が良く、藩内外から客が絶え間なくやってくる店であった。
昔、清吉はおときの命を助けたことがあり、その為おときは清吉が茶屋を訪ねる度に厚くもてなしてくれた。
重い気持ちの清吉は、おときのもてなしに少しだが心が休らいだ。
おときは、表面はいつもの清吉だが、深いところで沈んでいるのではと感じ取った。
店を出て、長い間考えた清吉は八重に会う場所を、2人が初めて出会った寺にしようと決めた。
それから、清吉は八重の2~3日程、八重の動きを探り、その翌日にさりげなく八重の屋敷を訪れた。
初めは八重は驚くが、直ぐに平静を保ち、お互いに初対面の振りをした。
嫁、侍女など女達は、清吉が売り込んできた櫛に見とれていたので、全く2人の事は気付いていなかった。
商品の櫛を渡す時に、清吉はこっそりと八重に手紙を渡した。
手紙には、夢で見た場所を訪れたこと、そして大切な事をお話したいと書いた。
更に手紙で、清吉は八重へ返事は屋敷の近くにある神社にある松の木の枝に結びつける様にと伝えた。
八重が、毎朝一人でお参りしている姿を見ていたからであった。
翌朝、物陰に隠れていた清吉の目に八重が松の枝に返書を結びつけているのを見た。
八重の姿が見えなくなるのを確かめて、清吉は八重の手紙を取った。
手紙には、3日後に寺でお会いしたいと書いてあった。