五年生に進級し、クラス替えがあり少年は転入生と再度同じクラスになれた。
転入生はリーダー格の素質があり、沢山の友達が増え男女共から人気が高く、中間休みと昼休み転入生が抱えたボールと共にクラスメイト達が校庭へ消え、教員机前の席に少年は取り残されても哀しくはなかった。漫画キャプテン翼が流行り、主人公達のイラストを描いてくれとクラスメイト達から頼まれていたからだ。

 男女隔たりなく、転入生を中心に仲の良い教室だった。しかし、女子達はキラキラ輝くシール交換や、リングで作ったお手玉遊や、クリップで加工したアクセサリー作りに熱中し、放課後に集団で集まっても、駄菓子屋で菓子を購入し校庭に戻るまでは同行するが、校庭を駈けずり廻り、サッカーを楽しむ男子達と遊具に座り菓子を食べながらお喋りを楽しむ女子達。同じ校庭内の中、一緒に遊ぶ事は数少なかった。

 サッカーにもお喋りにも混じれない少年は、特等席のように水道に座り、男子達に混ざりサッカーをする活発な少女を少年は眺めていた。
男子並みに運動能力のある少女は、髪を短く切り揃え筋肉質な細い足で走り回る。言葉遣いも荒々しく男勝りの少女は、男子達の中でも劣る事なく力強い脚力でボールを蹴った。

 その頃、テレビドラマで中学入試の子供達が登場するドラマが始まり、大学入試に向け高校受験勉強では、遅すぎると教育ママ達が子供達より夢中になる都会の物語に夢中だった。
中学受験などない片田舎の親達は焦り出し、学校の校門前で販売した。自主勉強教材ホピーや、通信教材プリント学習が尽く白紙のまま各家庭に放置されていた事から、出来始めた公文式へと競い合うように子供達を塾へ通わせ始めた。

放課後、部活動以外の子供達が校庭から姿を消し集まる人数も激減する。広い校庭の半分を走り回っていた子供達も人数が減るにつれ、次第に球技では、遊ばなくなり男子達は回転する遊具にぶらさがりつまらなそうな顔で校庭を眺め、女子達はアスファルトの上でゴム飛びや、四角い桝目に描かれた敷地の中唄に合わせボールを地面に着く
遊びが流行り出し、何時しか男子達は遊び場を空き地へと移動していた。

 比較的塾のない半日授業の土曜日の午後、男子達は自転車で遠乗りする冒険企画を立て、教室の中休み時間のたび男子達は転入生の席に集まり冒険の相談をする。男子だけと決めた冒険も、盛り上がる教室の雰囲気に女子達も興味津々なり、女子より弱い立場の男子が
秘密の冒険の事を口滑らせ、学区外の遠征だけに先生に言い付けると言う女子達の脅し文句に押し切られ、渋々男子達は冒険に女子を混ぜる事に屈した。

女子が混ざる事で、企てた冒険も内容が変更する。目的であった自転車の遠乗りが電車移動での遠征に摩り替わり、男子達の間で不満の声が漏れ悪知恵の働く男子が、女子に内緒で集合時間を30分早める提案を出し、女子達を欺く行為に若干の興奮を得ながら誰もが同意した。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」
意気投合した合言葉は、男子達の結束を高め口喧嘩では女子に適わない、子供達ならではの些細な抵抗だった。

 しかし、当日に冒険に興奮していたのは男子だけではなく、男子と混ざりサッカーをしていた活発な少女が一人、待ち合わせ時間より30分早く集合場所へ来ていた。自転車で集まる男子達が少女の出現に唖然とし、誰もが肩を落とし掛けた時に転入生が決意をし少女だけを連れて行く決断を下す。10段ギアが流行り、サドルを高くし、ドロップハンドルに改造した自転車に跨る男子達の中、姉の自転車を借りた荷台付きのママチャリに跨る少年が少女を乗せる嵌めになった。

 荷台に人を乗せ走った事のない少年は、無理だと首を振ったが揉めている時間はなく、少女は怖がる事なく少年の荷台に跨り、ペダルを踏み込んだ時から幾度となく ふらつく自転車の荷台でバランスを取り地面を蹴りながら少年の服を握り続けた。女子達から嫌われていた少年は、クラスメイトの女子達と一言も口を聴いた事はなく少女が嫌がりもせず、少年の自転車に乗った事が少年にとって驚異的な出来事だった。無我夢中で男子達を追いながら、背中に感じる少女の存在に心臓が壊れそうな程に鼓動を打ち鳴らした。

 次第に男子達から遅れる少年の自転車。男子達を見失いながら自転車を漕ぎ続け、要所要所の場所まで戻って来る転入生が振り返り行き先を指差す。長い傾斜のある陸橋に差掛かり、自転車を降りた少女が懸命に少年の自転車を押し、漸く辿り着いた目的地は高台を抉り崩し赤土が剥き出しの何の変哲もない赤土山だった。遠乗りの冒険は赤土山に到着し、達成した事で目的を失い先に到着していた男子達が、呆然と何もない赤土に立ち尽くし苦笑する余力もなく無言で互いの顔を眺めた。

計画的な無計画。到着してからの遊び方さえ決めずに、15キロの道程を走った男子達。長方形の廃材を見つけ、赤土に並べコースを作り
、自転車で渡る遊びを何度か繰り返し若干 興奮を取り戻したものの
一時間も同じコースを順繰りに、競い合っても興奮は次第に薄れ赤土の泥に汚れるだけの自転車は無意味にタイヤを重くする。
「帰ろうぜ」
男子の一人が声を掛けると同時に、赤土山を捜索していた少女が奇声を発した
「何これ、気持ち悪い!」、
男子全員が少女の声がする方へ自転車を投げ捨て走り寄った。

 少女が発見した場所は、赤土山の隅にある窪みに雨水が溜まりで草が生え始めた小さな泥池。奇声を発した奇妙な物とは蛙の卵の軍隊で池を埋め尽くす程に無数の透明な膜が黒い点を覆い、泥に塗れへばり付く卵の群れに
「気持ち悪ぃ」と

叫びながら、大興奮状態で転入生が池へ飛び込み次から次へと男子達が池へ嵌っていく。少年は池の淵に佇み、泥に塗れ騒ぐ男子達を呆然と眺め男子達の行動に疑問を抱いた。

 蛙の卵に触れもしない少女は、気味悪がりながら持ち帰りたがり、幼児が置き忘れた青いプラスチィック製の玩具バケツを何処からか拾い、池に嵌る泥塗れの転入生にバケツの中へ、蛙の卵の一団体を掬い入れて貰っていた。少女は自ら転入生に頼んだくせに、バケツを持ちたがらず結局、少年が受け取る事になり泥水が入ったバケツを自転車の篭に入れ、自転車を揺らさずに帰れと少女から命令が下り、帰路に着く男子達から距離を離されながら神経を張り詰め、少女を荷台へ乗せ
少年は自転車を漕いだ。

 集合した場所へ辿り着く頃には、男子達も解散した後で誰ひとり姿がなく、自転車の荷台から降りようともしない少女は当然の如く
「家まで送れ」と

男口調で言い放ち、疲れ果てた少年は少女からの解放を強く望み、たった一言少女へ言葉を告げた
「何処?」
この言葉が、少年と少女を繋ぐ言葉になった。