これは脳の特性のことです。
人が何かを信じて確信をする時、そこには一定の「因果関係」を見出します。
ただし脳にとっては、その因果関係が「客観的真実」や「本当の因果関係」であるかはどうでもよく、自分が「これはもっともらしい」、「因果関係があるように思える」と判断したものが真実になります。
1999年に発表された「水からの伝言(波動教育社:江本勝著)」という本があります。
世界45か国語に翻訳され、シリーズ累計250万部以上も売れた本です。
ちなみに江本氏は科学者ではありません。
内容を要約すると
●水は人の言葉が分かる
●水を入れた瓶に「バカヤロウ」と書いた紙を貼ると汚い結晶になり、「ありがとう」と書いた紙を貼ると綺麗な結晶が出来る
というもの。
科学者たちが一斉に「そんな馬鹿な!」と反発し、何回追試を行っても同じ結果を得られなかったにもかかわらず、それ以上に、「素晴らしい!」と信じる人たちが続出し、社会現象にもなりました。
今で言うなら、追試による再現が出来ないで騒動になったSTAP細胞を、嘘が暴かれた後も大勢の人が信じてしまったようなものです。
なぜなら、その人の脳が「ありがとう」と「綺麗な水の結晶」の間に因果関係があると信じているから。
ありがとうを言うことは、社会的、道徳的に正しいので、そこに疑似科学のウソを被せると、否定しづらくなります
そういう方々は、情報が古いまま更新されないので、こちらが「あれは科学的に否定されたんですよ」と言うと、
「科学が現象に追い付いていないのだ」
「科学は万能ではない!」
と言い張ってきます。
しかしこのことについて、その後どうなったかをちょっとでいいから調べたり、本に書いてあるから、と鵜呑みにせずに
「本当にそんなことってあるの?」
「●●の場合でもそうなるの?」
と素朴に疑うことが出来れば、そこから一歩前に進んだ議論が出来たはずなのです。
たとえば、Shineという英単語がありますが、これはシャイン(輝き)と解釈すれば綺麗な言葉ですが、ローマ字読みならば「死ね」になります。
お水様はどっちを読み取るのでしょうか?
それとも、「ありがとう」ではなく「thank you」だったらどうなるのか?
まさか日本語オンリーなのか?!
とまあ、ツッコミどころが満載なのですが、自分で信じている人にはそうはならないようで、ただの揚げ足取りにしか映らないようです。
でも、のちに江本氏自身が、本を書くうえで都合の良い画像をチョイスして掲載したことを認めているようですので、もう決着はついているのです。
しかし、ある製菓会社では、お菓子の製造工程に、録音された子供たちの「ありがとう!」という声を100万回流していると聞いてから、そのお菓子が食べられなくなりました。
信じている人を責めているのではなく、脳とはそういうものだということと、自分がそっち側に行かないよう常にアンテナを張り巡らせるだけです。