広汎子宮頚部摘出 | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

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 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 昨日の当直の合間に偶然ですが「わたしを救う革命ドクター」という番組の再放送を見ました。初回放送は数日前だったようですね。

 ここでは革命ドクターとして外科系医師が3人紹介されていました。もうひとつ糖尿病もあったのですが、こちらはおいておきます。

 ①滋賀医大病院の進行胃癌のHIPECと呼ばれる術中腹腔内温熱化学療法、②岡山大学病院の左心低形成症候群に対する佐野手術、③慶応大学病院の子宮頸癌に対する広汎子宮頚部摘出です。


 私が携わっている産婦人科医療に関係のある広汎子宮頚部摘出に関して少し紹介しておきます。


 子宮頸癌は、子宮の入口付近つまり腟に近い部分にできるがんです。進行度は0期(上皮内癌=がんが子宮頸部の上皮内のみに認められる)から4期(がんが小骨盤腔を越えて広がるか、膀胱・直腸の粘膜にも広がっているもの)までに分かれます。

 通常、がんになる前の異形成や0期の場合には円錐切除術という外科手術が行われます。これは、電気メスやレーザーメスなどを用いて、子宮の入口を円錐形に切り取る手術です。子宮を残すことができるため、手術後でも妊娠・出産が可能です。この円錐切除術は、ここ4~5年の間に、異形成や0期だけでなく、1a1期(がんが子宮頸部に限局して、ほかに広がっていない状態で、肉眼的に病巣は明らかでないが、病理組織学的な検査でがんの浸潤が認められて、その深さが3ミリ以内で、縦方向の広がりが7ミリを越えないもの)にも行われるようになってきました。つまり、子宮頸癌の1a1期までなら、手術後でも妊娠・出産が可能な円錐切除術が受けられるわけです。

 しかし、子宮頸癌が1a1期よりも進行した場合、つまり1a2期(浸潤の深さが3~5ミリ以内で、縦方向の広がりが7ミリを越えないもの)以上の場合には円錐切除術は適応とはならず、広汎子宮全摘術またはそれに準じた手術が標準的な治療として行われています。この広汎子宮全摘術は、がんの見つかった子宮頸部・子宮体部そして腟の一部を含めて骨盤壁の近くまでの広い範囲を切除します。また、子宮頸癌に関連するリンパ節も取り除かれます。この手術では、子宮がすべて切除されるため妊娠・出産はできなくなります。そのため、これまでは妊娠・出産を希望してもあきらめるしかありませんでした。

 そこで、妊娠・出産の可能性を残した子宮頸癌の治療法として新しく登場したのが「広汎性子宮頸部摘出術」です。

 子宮頸癌は、一般的に子宮体部に広がる可能性は少なく、側方あるいは下部の腟側に広がることが多いという特徴があります。そこで、がんが広がる確率の少ない子宮体部を残して、そのほかは広汎子宮全摘術と同等の摘出を行うというわけです。つまり、この広汎性子宮頸部摘出術は、子宮体部を残す以外には広汎子宮全摘術と手術内容はほぼ同じです。

 ただし、この広汎性子宮頸部摘出術の切除範囲は、海外と日本国内の方法とでは多少異なっています。海外で行われている方法の切除範囲は日本での準広汎子宮全摘術にあたるもので、広汎手術に比べ小さな切除となっています。しかし、症例によっては準広汎手術では不十分となる懸念があり、日本においては子宮頸癌に対する治療は広汎子宮全摘術が標準です。この点を考慮し、日本国内では標準治療の切除にあわせた広汎性子宮頸部摘出術となっています。

 また、広汎子宮頸部摘出術では、残した子宮体部と腟の一部をつなぎ直す再建術が行われます。この再建術には、若干ですが特別な手術手技が求められます。通常の広汎子宮全摘術では子宮を含めて切り取りさえすれば手術は終わりです。しかし、広汎性子宮頸部摘出術では、子宮体部と腟の一部の両方の組織を生かしたままの状態に維持しながらつなぎ合わせて再建します。そのため、子宮に栄養を送る子宮動脈のうちで重要な分枝は残して、子宮体部への血流を維持しながら手術を行います。切る血管と残す血管をえり分けるのが技術的に難しいのです。もう1つ、広汎性子宮頸部摘出術では、赤ちゃんが宿る子宮のふたに相当する場所である子宮頸部を切除するため、術後は胎児が外に出やすく早産になりやすいというデメリットがあります。そこで、子宮体部と腟の一部をつなぎ合わせる再建術の前に、特殊な糸を用いて子宮体部の下部を縛って早産予防処置を行います。標準的な広汎子宮全摘出術の手術時間は4~5時間ほどですが、広汎性子宮頸部切除術は6~10時間で平均8時間ほどかかります。

 この広汎子宮頚部摘出ですが、10年ほど前に国内で初めて行い、国内で有数の経験症例を持つのは慶応大学病院ですが、今では日本全国多くの施設で実施可能です。確かに通常の広汎子宮全摘に比べると時間もかかり、手技的にも難しいのですが、革命ドクターあるいはスーパードクターでないとできない手術ということはありません。実際のところ婦人科腫瘍よりも周産期が専門の私でも十分に執刀可能ですし症例も経験しています。

 
 これに対して左心低形成症候群に対して行われる佐野手術は周産期医療に関わる私からみても神業であり、革命ドクターあるいはスーパードクターの称号にふさわしいと思われます。私の病院でも出生前診断された左心低形成症候群の胎児は岡山大学病院に紹介しています。岡山大学病院は左心低形成症候群の手術においては圧倒的な存在であります。

 また滋賀医大病院でおこなわれているHIPECも研究的治療であり他ではできない点からは革命ドクターあるいはスーパードクターの称号が与えられるのかもしれません。


 したがって、広汎子宮頚部摘出という新しい治療を啓蒙する目的であればよいのでしょうが、広汎子宮頚部摘出を行える医師を革命ドクターあるいはスーパードクターとして紹介するのは、少なくとも他の2つとは大きくレベルが異なった話かと感じました。



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