都市部ならではの現象でしょうね | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 「25病院に36回搬送断られる 埼玉の独居男性、死亡」という見出しでの記事がインターネット上で話題になっています。

 以下に抜粋しておきます。

 埼玉県久喜市で1月、呼吸困難を訴え119番した男性(75)が、25病院から計36回救急搬送の受け入れを断られていたことが5日、久喜地区消防組合消防本部への取材で分かった。男性は通報の2時間半後に搬送先が決まったが、到着した病院で間もなく死亡が確認された。

 消防本部によると、男性は一人暮らしで、1月6日午後11時25分ごろ、「呼吸が苦しい」と自ら通報。自宅に到着した救急隊員が、各病院に受け入れが可能か照会すると「処置困難」や「ベッドが満床」などの理由で断られた。

 翌7日午前1時50分ごろ、37回目の連絡で、茨城県内の病院への搬送が決まり約20分後に到着した際、男性は心肺停止状態で、その後死亡が確認された。男性は当初、受け答えが可能だったが、次第に容体が悪化、救急隊員が心臓マッサージなどをしていた。

 消防本部は「正月明けの日曜日で当直医が不足していたのかもしれない。現場の隊員だけでなく、本部の指令課とも連携し、早期に病院が確保できるようにしたい」としている。

 総務省消防庁によると、重症患者の救急搬送で医療機関から20回以上受け入れを拒否されたケースは、2011年は47件。調査を始めた08年以降では、最高で08年に東京都の48回があるという。

 久喜市は、今回のケース後に市内の病院に救急患者の受け入れに努めてもらうよう要請した。



 以下は私のコメントです。

 医療者の立場として言わせてもらうと、記事にあるような「受け入れ拒否」と言う言葉には少なからず抵抗があります。まずはこの点について一言言っておきたいと思います。

 「受け入れ拒否」というと受け入れが可能であるにもかかわらず受け入れなかったというニュアンスが感じられます。つまり悪意のニュアンスが含まれる言葉です。実際に患者さんを受け入れることができなかったという点では「受け入れ拒否」という言葉に集約されるのかもしれませんが、なぜ受け入れが不可能であったのかという背景が全く分かっていません。文字通り受け入れを拒否した場合から種々の事情によりやむなく受け入れできなかった場合まであるはずです。

 ベッドが満床であることが受け入れ拒否の原因であった場合でも、もし医師や看護師に受け入れの余地があったとしたら、これは患者さんを一旦は受け入れて当面の処置を行った上で、入院先の病院を改めて探すという選択肢もあったはずです。いわゆる三角搬送という形態です。この場合には受け入れ拒否と言われても仕方ないかと思われます。

 逆に医師や看護師が手術中であったり重症患者さんの処置中であった場合、受け入れても処置はできません。もし二兎追えば一兎も助けられない可能性があるわけです。この場合には結果として受け入れなかったわけですが、同列の受け入れ拒否とは言えないかと思います。

 微妙なのは専門領域の医師がいない場合です。産婦人科医・小児科医がいない病院で妊婦さんや小児の受け入れを断る場合などです。そして脳外科医がいない病院で脳外科の手術が必要かもしれない患者さんを断る場合です。よかれと思って受け入れて、結果が悪いと専門医がいないのに受け入れたことが問題となって叩かれます。実際に妊婦さんの例では大きな問題となって報道されていました。しかし、受け入れることで少なくとも応急処置により専門医につなぐ処置はできるはずです。先の三角搬送ですね。この場合は受け入れ拒否のボーダーラインと言えるでしょう。


 さてさて、今回報道されている36回受け入れ拒否されたケースは、どのような理由であったのかを正しく報道してもらいたいものです。受け入れ拒否だった病院サイドも理由を明らかにすべきでしょう。25病院で36回と言うことは同じ病院が何度も断っていることになります。25病院には救命救急センターや3次医療機関も数なからず含まれていたはずです。繰り返し要請があっても断ったのはどんな事情だったのでしょうか。医療者としては是非とも知りたい情報でもあります。


 ところで、救急患者さんの受け入れ先が見つからずに患者さんが死亡するケースは、関東・関西などの都心部特有の現象なのではないでしょうか。私の専門とする周産期医療でも妊婦さんの受け入れ拒否問題が勃発するのはほとんどが関東・関西などの都心部です。少なくとも私の勤務する近隣ではこうした問題は基本的にはありません。昨年は岐阜県全体で最大で4ヶ所目で受け入れ可能となったケース(岐阜地区のようです)が1例あったのみだそうです。

 実際、私自身は病院の体制もあるのですが、満床や処置中・手術中を理由に受け入れを断ったことはありません。救急隊からの受け入れに関してはほぼ全例で受け入れています。処置中・手術中であっても実際には救急車の到着までにはタイムラグがあり何とかなるものです。満床の場合にも先に紹介した三角搬送という手があります。事前の処置や救命処置は可能なものです。ましてや一旦断っても、繰り返し救急要請された場合に、2回目以降も断ると言うことは信じられない現象です。

 そういうスタンスで診療を行っている我々からすると、基幹病院がわずかしかない都市部以外の地方都市では、救急車の受け入れを拒否するという事態はよほどのことがないとありえないことです。そういう立場で勤務している私からみると、25病院で36回と言うのは驚くべき数字です。最高記録の48回にはもっと驚きます。きっと「自分の病院が断ってもどこかが受け入れるだろう」という安易な気持ちがどこかにあるのでしょう。

 ただし、他院からの転院搬送あるいは紹介に関しては病気の詳細がある程度分かっていますので、私の病院では対応できない病気・治療であれば、この場合にはお断りすることになります。これは救急の受け入れ拒否とは全く次元が異なると思います。



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