常位胎盤早期剥離:もっと早くかかりつけ医へ! | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

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 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 分娩時の脳性麻痺と常位胎盤早期剥離との関連を示す記事が発表されています。

 以下に抜粋しておきます。

ポイント
○本邦の妊娠・分娩中低酸素状態による脳性麻痺児の4名に1名が常位胎盤早期剥離が原因である。
○常位胎盤早期剥離により脳性麻痺となった児の80%(低酸素による脳性麻痺児の20%)が妊娠36.2週に妊婦が自宅で出血・腹痛を覚え、159±99分後に受診したが、既に高度胎児機能不全状態であった。
○妊婦自身が常位胎盤早期剥離という疾病を知っていれば、より早い受診につながり、児の脳性麻痺回避につながる可能性がある。

背景
本邦における妊娠・分娩中低酸素状態による脳性麻痺の原因(各要因)については、その頻度が稀なことより(およそ、3/10,000と推定される)信頼できる研究報告がなかった。しかし、2009年1月に開始された「産科医療補償制度」はこの問題を解決する糸口となった。本制度にはほぼ100%の妊婦ならびに産科施設が加入しており、低酸素に起因する脳性麻痺児のほぼ全例の情報が集積される。妊娠分娩に起因する低酸素症が否定できない脳性麻痺に関しては、本制度内にある「原因分析委員会」において詳しく原因分析が行われ、その報告書の学術的利用が可能となっている。文献1の著者らは、「原因分析委員会」により2012年4月までに取りまとめられた111例の「原因分析報告書」を詳しく解析した。


最新の研究成果
文献1によれば、以下のことが明らかとなった。111例の脳性麻痺児中、4例については、妊娠分娩に起因する低酸素による脳性麻痺ではないと原因分析委員会により判断された。残り107例が妊娠分娩に起因する低酸素による脳性麻痺と判断されたが、うち28例(26%)が常位胎盤早期剥離によるものであった。うち、22例 (全体の21%)は来院時にすでにNRFS (non-reassuring fetal status、胎児機能不全)であり、臍帯動脈血ガス分析結果は高度のアシドーシスを示していた(pH、6.73±0.16;BE、-25.0±5.4)。これら症例では全例が自宅で性器出血/腹痛の少なくとも1つあるいは両方を自覚し、初発症状より来院までの時間は159±99分(範囲、35分~435分;60分以上、22例)であり、来院から分娩までの時間は47±31分 (範囲、9分~128分;60分以上、5例)であった。発症週数は36.2±2.6週(範囲、30週~40週;37週未満、9例)であった。初発症状に先行する定期健診時等に認められた異常は妊娠高血圧が1例、蛋白尿のみが5例であった。著者らは考察で以下のように記述している。本邦の産科施設の地理的分布状況を勘案すれば、大多数例において初発症状より60分以内に病院に収容されることが可能だった。平均で159分も要したのは、妊婦が常位胎盤早期剥離という疾患に関して情報を提供されていなかったためである。今後、有効な情報提供のあり方についての研究が必要であり、脳性麻痺児を減らすための喫緊の課題である。


臨床上の意義
妊娠分娩中の低酸素に起因する脳性麻痺児中、常位胎盤早期剥離はその1/4症例の原因となっており、脳性麻痺児回避という観点から常位胎盤早期剥離に関する研究が強く望まれることが明らかとなった。その一方策として、「妊婦全例への常位胎盤早期剥離の初期症状に関する情報提供」が考えられることがクローズアップされた。


診療ガイドラインとの関係
「産婦人科診療ガイドライン――産科編2011」(日本産科婦人科学会 TEL:03-5842-5452より購入可能、また閲覧可能:http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2011.pdf)(英語版[2]も閲覧可能:http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_obst_2011_en.pdf)は常位胎盤早期剥離に関して独立したCQ&A(CQ311常位胎盤早期剥離の診断・管理は?)を設けている。しかし、妊婦への常位胎盤早期剥離に関しての情報提供についてはAnswersあるいは解説中に一切ふれられていない。次回改訂(2014年4月)時には情報提供についての追記が考慮される。


今後の展望
この研究は「常位胎盤早期剥離の初期症状に関する妊婦への妊娠中期での事前情報提供」が「初発症状(性器出血/腹痛)から入院までの時間短縮」促進に寄与する可能性を示唆しており、今後の「有効な情報提供のあり方に関する研究」促進が期待される。

文献
1) Yamada T, Yamada T, Morikawa M, Minakami H. Clinical features of abruptio placentae as a prominent cause of cerebral palsy. Early Hum Dev 2012; 88: 861-864. (PubMed)
2) Minakami H, Hiramatsu Y, Koresawa M, et al. Guidelines for obstetrical practice in Japan: Japan Society of Obstetrics and Gynecology (JSOG) and Japan Association of Obstetricians and Gynecologists (JAOG) 2011 edition. J Obstet Gynaecol Res 2011; 37: 1174-1197. (PubMed)



 以下は私のコメントです。

 常位胎盤早期剥離は突然発症し、妊婦さん自身および胎児・新生児を生命の危機にさらす、とても危険な産科救急疾患であり、同様に産婦人科医・新生児科医・麻酔科医にとっても恐ろしい病気の一つです。

 それとともに分娩時の脳性麻痺は救命された児の、その後の一生を左右しうる大きな後遺症のひとつでもあります。

 タイトルにあるように「常位胎盤早期剥離:もっと早くかかりつけ医へ!」これが確実に実践されれば脳性麻痺のみならず周産期死亡は大きく低下することでしょう。しかし、「常位胎盤早期剥離:もっと早くかかりつけ医へ!」実はこれが一番難しいんですね。

 レトロスペクティブに見れば、そういうことになるとしても、妊婦さん自身がちょっとした出血や腹痛をすべて異常と判断して24時間体制でかかりつけ医にかかることは過剰でしょうし、実際それが実行されたら世の中の産婦人科医は日常診療や日常生活もままならないくらい疲弊することでしょう。

 軽度の出血や腹痛が初期症状となる常位胎盤早期剥離も多々あるのでしょうが、その時点で異常と判断し高次周産期施設へ患者さんを紹介・搬送できる能力がある産婦人科医も決して多くはないでしょう。無駄あるいは過剰な搬送や紹介も増えることでしょう。またそのようにしていたら高次周産期施設の産婦人科医は疲弊することでしょう。

 経験上ですが、常位胎盤早期剥離が起こり帝王切開した症例で、児が脳性麻痺になる例は、やはり他院からの緊急母体搬送例で圧倒的に多くなります。後遺症なく児を救命できた例は、当院入院中の症例>>当院かかりつけの症例>>他院からの搬送例、の順に減っていきます。つまり、常位胎盤早期剥離で帝王切開が望ましいと判断されてから児を娩出するまでの時間を短縮することがより大切であり、そのための最善の方法は緊急手術が可能なNICUを併設した周産期センターで分娩することになるのではないでしょうか。

 つまり軽症なうちにかかりつけ医にかかることも大切ですが、それ以上に異常が起こってから受診した場合に受診から児娩出までの時間を短縮することもの方がもっと大切だということです。

 真にこれを実現するためには高次周産期施設に産婦人科医を集約して、アメリカ並みに大規模な人数の産婦人科医で周産期医療に臨むしかないように思います。

 常位胎盤早期剥離と脳性麻痺、まだまだ簡単には解決されない難しい課題です。



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