前置胎盤の帝王切開と総腸骨動脈バルーンカテーテル | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

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 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 前置胎盤の帝王切開では術中平均出血量が多いのみならず、他の帝王切開と比べて高い確率で術中大量出血の危険があります。とりわけ前置癒着胎盤では生命を脅かす危機的な大量出血に遭遇することすら稀ではありません。しかし、画像診断の進歩にもかかわらず前置癒着胎盤は術前の画像診断で100%予測することが困難であり、術中に胎盤剥離を試みて初めて診断できる症例も少なくありません。また、症例による病像の違いも大きく、胎盤剥離を行っても子宮温存が可能な臨床的癒着胎盤から、胎盤剥離を行わずに子宮摘出を行っても母体の生命を脅かす程の大量出血に見舞われる症例まで幅広くあります。このため、前置胎盤の帝王切開において、どの程度まで癒着胎盤の可能性を予測し、どの程度まで出血対策を立てておくのが望ましいのかは未だ大きな課題のひとつです。

 前置胎盤の帝王切開においては、いかにして出血量のコントロールを行うかが最大のポイントであり、様々な工夫がなされています。2005年に前置癒着胎盤症例での帝王切開に際し、出血量軽減の工夫として、総腸骨動脈血流を一時的にバルーンカテーテルにより遮断した状態で帝王切開および子宮摘出を行うことにより、術中の出血量が劇的に軽減できることが報告されました。それ以降、本邦でも総腸骨動脈バルーンカテーテルによる血流遮断の有効性についての報告例がみられています。我々の施設でも2008年8月から出血のリスクが高そうな全前置胎盤症例に対し、十分なインフォームドコンセントのもと術前に総腸骨動脈バルーンカテーテルを挿入し、児娩出後に総腸骨動脈血流遮断(common iliac artery balloon catheter occlusion:以下CIABOと略します)を行っています。その方法を紹介します。

周産期センターの第一線で働く産婦人科医師のひとりごと-CIABO写真

 帝王切開の当日の朝、X線の透視室で局所麻酔下に総腸骨動脈バルーンカテーテルを両側の鼠径部から対側の総腸骨動脈に入れます。上の図の左が左右の総腸骨動脈に留置されたバルーンカテーテルです。右が鼠径部のカテーテル刺入部の様子です。

 その後、引き続いて手術室に移動します。全身麻酔下で帝王切開を行います。胎児娩出後は以下のフローチャートに沿って進めます。
周産期センターの第一線で働く産婦人科医師のひとりごと-児娩出後の流れ

 帝王切開の方法そのものは大きく変わりありません。

 我々の施設では2008年8月から前置胎盤の帝王切開に際して術前の画像診断で癒着胎盤の可能性が疑われる場合や既往帝王切開症例など出血のハイリスク症例に対して、放射線科・消化器内科の医師の協力を得て休日・時間外問わずCIABOを行っています。今までに30例ほど経験しました。今までなら子宮摘出を行っていたような大量出血例でもCIABO施行で出血のコントロールが可能になり子宮温存が可能になった症例も5例ほどあります。もちろん子宮摘出例も4例経験しましたが、いずれも術中・術後の重篤な合併症はなく、出血量も著明な減少を認めたため優れた方法であると考えられます。また、CIABO例では1例の輸血例もありませんすべて無輸血で手術を行えています。また、数字としては表れてきませんがCIABOにより出血がコントロールされた状況下で手術操作を行えたり、子宮摘出か温存かの判断を行える安心感は何にも増して心強いです。

 ところで、CIABOに伴う合併症としては稀ながら下肢血栓症や下肢虚血によるコンパートメント症候群、カテーテル挿入時の血管損傷、バルーンカテーテルの破損や位置のずれなどが知られています。またCIABOにはカテーテル挿入時の胎児被爆の問題も考えられます。我々の施設では母体の合併症は今までのところ経験していませんバルーンカテーテル挿入時のX線照射量の工夫により胎児被爆は問題とならないくらいに減量できています。

 私自身は現時点ではこのCIABOが前置胎盤・前置癒着胎盤に対する出血量軽減・輸血回避の最もよい工夫であると考えています。子宮摘出を回避できる可能性にもつながります。子宮摘出例でも輸血や膀胱・尿管損傷を避けることができ手術の安全性も高まります。

 今後は新たな方法が考案されるかもしれませんが、それまではこの方法で前置胎盤・前置癒着胎盤に戦いを挑んでいきます。

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