不妊治療の光と影 part2 | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 ARTは、不妊症治療においては画期的な技術でした。しかし、よいことばかりではないように思います。若干失礼な言い方になるかもしれませんが、ARTがなければ自然に妊娠することがなかったであろう夫婦には、妊娠が悪影響を及ぼすあるいは危険な体質・体力などの問題をかかえているものも少なからず含まれているのです。言い方を変えるとこうした夫婦には母児の安全を守るために子供が授からなかった、ともいえるのです。こうした夫婦でもARTで無理をして妊娠すること(産婦人科医側が妊娠させること)は物理的に可能になりました。この点が問題ではないかと感じています。

 長年周産期センターで勤務してきましたが、妊娠・出産を機会に母体が生命の危機にさらされているケースを数多く見てきました。我々の施設でも年間数人が数日間から数週間にわたる集中治療を要しています。前置胎盤・常位胎盤早期剥離など偶発的な産科合併症や内科疾患の悪化によるケースが多いです。これは一部の妊娠前からある内科疾患の合併の場合を除いて不妊治療に問題があったとは思えません。

 しかし、問題は20%程度でみられる不妊治療特にARTによる多胎妊娠の患者さんです。産褥心筋症や肺水腫で生死の境をさまようことがしばしばみられます。これらの多くは内科疾患の治療やコントロールが不十分な状態で妊娠したことが問題である場合、子宮筋腫・子宮腺筋症などの婦人科疾患がかなりひどいが未治療であった場合という背景がベースにあります。不妊治療前に内科疾患・婦人科疾患の治療やコントロールをしっかり行っておけばよかったのかもしれません。しかし、一番の問題はARTを行った産婦人科側と思われます。体外受精で戻す受精卵を2個以上ではなく、1個にしておけばリスクは大きく低下したと思われる症例ばかりでした。そして、その無理な不妊治療・ARTのほとんどは分娩を取り扱わない不妊専門のクリニックで行われたものでした。もちろん分娩を取り扱わない不妊専門のクリニックでも大部分は善良な医療を行っておられ信頼のできる医療機関です。

 しかし、分娩を取り扱わない不妊専門のクリニックのごく一部に妊娠した後のリスクを考えずに妊娠させることだけ考えて不妊治療・ARTを行っている施設があることは事実です。問題のある症例は特定の施設に偏っています。我々の施設をはじめ分娩を取り扱う施設での不妊治療は、妊娠後のリスクも経験されていることが多く、無理なく行われ時としてドクターストップとしての不妊治療の中止も検討されるようです。

 不妊治療のみであれば大部分が保険診療でできます。しかし、ARTは基本的には自費診療になります。これが問題なのかもしれません。ARTの十分な適応があるのかどうかは行っている施設の医師の判断しかありません。受精卵をいくつ戻すかは倫理規定こそありますが、これもまた施設の医師の判断しかありません。さらには自費診療なので希望で行うことすら可能で、実際に希望すればさしたる適応がなくてもARTを行う施設はあるようです。

 これが不妊治療の陰の部分です。

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