◆2014年8月14日(木)
「あいにくですが、今晩はどの部屋も満室です。夏休みですもんで」
その晩、松本市内のどこのホテルも満室のようだった。会社を定時で退社し、いったん家に帰ってからスーパーあずさに乗って午後10時半ごろに松本に着いたものの、松本駅周辺のホテルはすべてこんな返答だった。5、6軒は断られた。
・・・これはまずい。野宿になっちゃうかも。
わたしは途方に暮れた。そんな時にあるアイディアがわたしの頭に浮かんだ。
・・・あそこなら泊まれるかも・・・。
わたしはある方向へ歩き出した。ラブホテルがありそうな方向へ・・・。
そしてラブホの一つに入ると空き部屋がありそうな四階までエレベーターで行くと掃除婦のおばちゃんに出くわす。
「空いてる部屋ある?」
「今掃除が終わったその部屋ならいいわよ。宿泊なら八千円ね」
という訳でその晩の宿泊はラブホになった。
一泊、食事なし、Hビデオ見放題で八千円。ある意味コストパフォーマンスに優れているかも・・・。
◆2014年8月15日(金)
翌朝、松本はいい天気だった。
・・・それ見ろ。オレは晴れ男なんだ。
と思っていたのだが、今回の登山は徹底的に雨にやられることになった。
JR松本駅の近くにある10時発の新穂高温泉行のバスに乗る。
目的地に近づくにつれ天気が悪くなり、雨が降る中、バスは平湯温泉を経由して、正午に新穂高温泉に到着する。
新穂高温泉のバス停のすぐそばに新穂高センターなる小屋が建っている。わたしはそこで登山届を出す。
登山ルートに「新穂高温泉⇒鏡平小屋or双六小屋⇒槍ヶ岳⇒上高地」と書き込む。
そして、12時10分登山開始。
新穂高センターから向って右手に行くと槍ヶ岳へ直接通じる右俣林道、左手に行くと笠ヶ岳とか双六小屋方面へ行く左俣林道。わたしは予定通りに左へ歩いて行く。
実は右俣林道で直後に三人の登山者が濁流に流される事故が起こっている。
絶え間なく雨が降りそそぐ中、これから登山を始める人は少ないようだ。上から降りて来る人たちばかりだ。登山口の川を見るとすごい流れである。
わさび平小屋までの道は結構舗装されていて本格的な山道とは言えない。本来ならイージーな道のりなのだが、雨足が更に激しくなってやばい雰囲気。
新穂高温泉から1時間15分でわさび平小屋に到着。ほぼガイドブック通り。
雨があまりに激しいのでわさび平小屋でしばらく休憩をすることにする。
団体のおじちゃんおばちゃんたちがいたので話しかける。
「雨ひどいけどこれから先はどうします?」
「うちらは下山して来たから後は降りるだけよ。だけどこれから登るのはおすすめ出来ないわ」
「うちらは本当は双六小屋で泊まる予定だったの。だけどあまりにも雨がひどくて下山して来たのよ。もう、道が川になって水に浸かってしまう場所とかものすごい流れの川を渡るところが何か所もあったんだから。これから先に進むのは止めた方がいいわ」
と言われてしまい、今後のことを検討する。
・・・進むべきか、やめるべきか?
20分ほど休憩していたらすこし雨足が弱くなってきたので取りあえず行けるとこまで行くことにする。
目標はわさび平小屋から3時間半かかるという鏡平小屋。
しばらく登って行くと下山して来た男性登山者と出くわす。
「もう少し雨が続くとこの先にあった橋が壊れるんじゃないですか?川も決壊して山道になだれ込んで来ているし、この先は気をつけた方がいいですよ」
話を聞いていると引き返した方が良さそうである。実際、わたしと同じ方向を進む人に全く会わない。会うのはすべて山を下山する人たちである。
しばらく行くとかなり激しい川を渡る場所があった。ただ、ロープもあったし、膝まで浸かるほどではなかった。
再び、下山して来た男女に出くわした時に尋ねてみる。
「この先どうでしたか?」
「道が川みたいになっていて結構ひどかったですよ。幸いにもうちらは靴を脱がなくても済みましたがね」
またまた、脅かされてしまったが、「靴を脱がなくても良かった」程度なら行けそうな気もして来る。
・・・とにかく、膝に浸かるほどの川を渡らなくてはいけないようなシチュエーションに出くわさない限りは進んで行こう。
わたしは決断した。
靴はもうびしょびしょになってしまった。山道は川のように水が流れている。まるで沢登りのようだ。
下山して来た男性登山者が言う、「鏡平小屋は今夜定員の二倍だって。でも大丈夫。泊めてくれるから」
しばらくして男女ペアに出くわす。
「これから登るなんて驚きだね」
なんて男の方に言われたので、
「そっちこそ、これから下山なんてスゴイですね」
言い返してやった。
しばらくしたら「あと5分」の標識に出くわす。ようやくほっとはしたが、山の「あと5分」は実際は「後20分」かも知れない。
なんて考えていたら5分で鏡平に到着し、それから5分後に鏡平小屋に到着。5時5分だった。わさび小屋での20分の休憩を考えるとほぼガイドブック通りだったと言える。
「明日も同じような天気なので明日は取りあえず双六小屋まで行って、後は下山されるのがよろしいですね」
山小屋の人に言われてしまう。
・・・なんだよ。今回は槍(槍ヶ岳)まで行けないのかよ。
わたしは意気消沈した。
鏡平小屋は結構空いていた。定員の二倍どころか定員以下のようだった。そりゃあそうでしょう。たいていの人は下山してしまったのだから。
「これだけ天気がひどかったらあきらめがつきますよね」
夕食時に隣に座った九州から来た夫婦の奥さんが言って来た。確かにその通りだった。