来店した男性客は走って来たのか、軽く息を切らしていた。
濃グレーのスーツに黒いハーフコートを羽織った、サラリーマン風の男性だ。
顔を見た瞬間、びっくりするほどイケメンだな、と思った。
うちの副店長――羽田さんといい勝負かもしれない。
「いらっしゃいませ」
言ってから、三村さんの声が聴こえなかったことに気付き、視線を送る。
三村さんは突然現れたイケメンに見惚れているようだった。すぐに我に返り、とびきりの笑顔を作る。
「いらっしゃいませっ」
「……」
なんか上目使いしてるし声がオクターブ高いし。急にどうしたんだこの人は。
ふと見ると、あろうことかさゆちゃんまでイケメンの方をチラチラ気にしている。
――まったく、これだから女っていうのは。
心の中で舌打ちを高速連打していると、イケメンと目が合った。
「こんばんは」
ぺこりと頭を下げるイケメン。
イケメンなのに腰が低い彼に、俺は好印象を持った。
「こんばんは。只今うかがいますので」
営業用の笑顔を向けておいて、使い捨ての手袋を素早くはめる。
先にさゆちゃんご所望のフルーツタルトを取り出そうと、ショーケースに歩み寄ったところで、
「お急ぎでしたらお先にどうぞ」
さゆちゃんがヒョイと端に寄った。
思わずイケメンと顔を見合わせてから、さゆちゃんが順番を譲ろうとしているのだと気付いた。
「いえ、でも……」
「いいんです。私、じっくり選びたいから」
「……」
イケメンが俺の方を見る。いいのかな、という顔。
「では、……もしお決まりでしたら、先にうかがいます」
彼のほっと安堵したしたような顔を見て、危うく俺まで胸がきゅんとしそうになる。
女の子に順番まで譲ってもらえるとは……イケメンとは、一般人よりもかなり生きやすい生物であるに違いない。
そういえば三村さんは何してるんだ、と見ると、――彼女はショーケースの裏側にしゃがみ込み、あぶら取り紙をせっせと鼻に押し当てていた。
「……」
改めて言いたい。
まったく、これだから女ってのはっ。