朝、気仙沼の佐佐木くん宅を出発。 途中、塩(融雪剤)を落とすべく洗車。この時期は「高速走ったら即洗車」を心がけております。(今回は車で来てます) 

 

午前中に仙台市到着。 

市内で食事したり用を足したりしたあとは、定宿の強みということで12時過ぎにホテルにアーリーチェックインさせてもらいメルマガ作ったり坂本商店web Marketの新商品の販売ページ作ったり。

 

 夜、まずは50代のおじさん4人で新年会@仙台。 

 

 

みんな20代から30代だった頃からの付き合いのため食事中の雰囲気は変わらないが、いつの間にか社長だの会社役員だのになっていて話してる内容は割と大きめ。決定権を持つって色々と大変なことも多いわけです。 

 

2軒目は我らが昭和歌謡酒場プレイバックで。今日はお休みだったが新年会用に開けてもらう。 

ここでtbcレギュラー「ひとりの時間。」を収録することになっていたが洋平が時間になっても来ない。今日は盛岡でライブだったという事だが遅れているようだ。

 待ち続けている間にも酒は進み「今日はもう収録無理!」という程度にできあがった頃にようやく洋平登場。ダメ元で収録を始めてみる。「寝起きなのに寝起きを悟られないように電話で話す」または「酔ってるのに酔ってない風を装って無理矢理話す」という感じで頑張ってみたらなんとか1週分いけた。 

明日、シラフになって聴いてみての最終判断だが、放送に耐えうるようなら1月23日オンエアとなります。さてどうかな…。

 

 

最後にオーナーの修子さんと3人で1枚。 

 

 

元のオーナーの小林(※)が2017年に亡くなった時、残された修子さんはこの店をたたもうとしていた。「ビルの清掃の仕事でもする」と言う修子さんを「この店は小林が修子さんに残してくれたのだ。この店を守るべきだ」とみんなで必死に説得したものだ。

お店の経理とおでん作り、という影の存在だった修子さんがカウンターに立つようになってお店は清潔で華やかになった。僕らもこの店のためにできるだけのことをしようと思う。大事な場所をみんなで守るのだ。 

 

いやーそれにしてもこの2日間、よく食べてよく飲んだ。 今月末に撮影が控えている。明日からはストイックにいこう。

 

 

 ※…小林英樹のこと。元コロムビアレコードのプロモーターで、仙台営業所→東京本社に勤務したあと2003年にコロムビアレコードを離れた僕と株式会社ラップランドを設立し独立。ラップランドは当時、神奈川県川崎市にあった僕の自宅に間借りしていて、小林とは1年4ヶ月の間そこで同居したのだった。2006年、奥様の修子さんと2人の息子が待つ仙台に戻り、フリーのプロモーターとして再出発。その数年後に始めたのがこの店「昭和歌謡酒場プレイバック」。

 

 

 

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