作家・占い評論家 酒井日香の「占い死ね死ね♡」ブログ溝鼠NEO

元悪徳占い師、現在はおにゃにぃ作家、酒井日香(下ユル子)の占いめった切りブログ。

昔、自分が占い師だったため、全国の占い師さん&霊能者さんをここで叱咤激励しています。


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(第78回目 エピローグ)

 今年最後の大晦日の夜。新宿西口、小田急百貨店の並び。

 ここでいつも高台子を立てる、易者歴15年の霊泉先生は、あれ以来なんとなく落ち着かない。この間、トレンチコートを着て眼鏡をかけた、目つきの悪い大男にさんざ絡まれて、35万円ももらった霊泉先生だった。

 あの男がまたやってきて、カネを返せと言ってきたら、どうしよう……。あれ以来霊泉先生は、それが気になって仕方がない。

 しかしあの35万円はもう、家族に秘密で手を出した商品先物の尻拭いに使ってしまった。だから返せといわれると、困るのだ。

 仕方がないから霊泉先生は、もしまたあの男が現れたら、逃げるか、35万円分占ってやるかしようと考えていて、憂鬱だった。

 今日は誰もが来年の運勢を気にしそうな大晦日だというのに、なかなかお客がつかないので、霊泉先生はヒマにかまけて、仕方がなく、自分で卦を立ててみた。算木を、念を込めて振ると、陽・陽・陰・陽・陽・陰と出た。

(今日の運勢は、巽為風か……。いい事、悪いことの両方が訪れる意味の卦だわ。不意な訪問者を暗示する卦でもある……)

 そう思って、霊泉先生が顔を上げると、往来の向こうから、どこかで見たような景色が近づいてきた。

 べろべろに酔って、足が千鳥足になっていて、そして、背が高いトレンチ眼鏡男――。一瞬デジャブかと思って、目をしばたたいたが、見間違いではなかった。ま、まさか――。

「う、うわぁ!!」

 思わず腰を浮かして、逃げようとする霊泉先生よりも、男のほうが早かった。まるでサバンナで、群れからはぐれたインパラの子どもを見つけたチーターのように、眼が合うやいなや、徐々にスピードを上げて、近づいてくる男。

「なんらぁオバらん……。まらやってらんかここれ……」

 男は、崩れるようにそのまま、霊泉先生の高台子に突っ伏した。

「あ、あなた、この間はびっくりしたわよぉ~!35万円も置いていくんだもん……」

「んあー……。そうらっけ……。おれ、おろえてれぇ」

「お、覚えてないの?! あんた、35万も置いてったのに??」

「うん……。れんれん」

 男は、アルコールの巡りに苦しそうに、腹の底から呼吸していた。そして、酔って思考能力が無くなっているのか、60年配の霊泉先生に、妙なことを言うのだ。

「へんへぇ……。カネ払うから、俺と今からホテルいこ……」

「な、なんだとぅ??!!」

 この間もそうだったが、相変わらず言うことが突拍子もない男だ。

 霊泉先生は、顔を真っ赤にして、うろたえた。こんな親子ほども違う30代男に、ナンパされるだなんて……。

「俺、寂しいんらよ……。られれもいいから、一緒に寝て欲しいんらよ、☀ ☂ ✂ ◎ ✧ ♨ ❈ 〆 〄 ……」

 男は最後、とうとうろれつが回らなくなって、意味不明の言動をすると、崩れるように再び高台子の上に突っ伏した。

 それを見る霊泉先生。そういえばこの男は、家を飛び出していった自分の長男と、同じくらいの年齢だ。年の瀬にこんなになるまで泥酔して、この男の妻や家族は心配していないのだろうか。

「………………」

 霊泉先生は、なんだか事情があるのに違いないと思えてきて、お袋みたいに微笑むと、男の肩に自分のストールをかけてやった。こんなところで眠ったら、寒いだろうと思ったのだ。

 男はそのまま、しばし眠り続ける。こうして見ると睫毛が長くて、彫りの深い顔立ちは、酒のせいで色白の頬に朱が浮いて、寒風の中疲れ知らずに遊ぶやんちゃ坊主のようだ。

 しかし、これではお客を占えない。欲を掻いて、大晦日まで街占しようとしたのが、そもそも間違いだったかも知れない。

 霊泉先生はふぅ、とため息をひとつ吐いてから、魔法瓶を取り出すと、男の前に自宅から淹れてきたコーヒーを置いてやった。

 やがて、その匂いで目を覚ました男。ズレた眼鏡越しに、湯気の向こうにゆらめく霊泉先生を見た。そして、突っ伏したまま、泣きそうにか細い声を出した。

「なぁ、せんせぇ………」

「んー………?」

「占いって、楽しいの……? 占いって、信じているの……?」

「あんた、家族いないの?」

「え……」

 男は、その言葉にむっくりと体を起こして、先生を見た。霊泉先生は、相変わらずお袋のような目で、微笑んでいる。

「なんで……? なんでそう思うの……?」

「いや、あたしらときどき、ストレスのはけ口にされることがあるのよね。殴られそうになったり、怒鳴られたりね。占い師くらいしか、ストレスの持って行き場がない人なんだなって、おばさんはあんたのこと、そう思ったわけ。だから、もしかしたら天涯孤独な人なのかなってさ、お兄さんは」

「…………………」

 霊泉先生は飲みなと言って、冷め始めたコーヒーを勧めた。

「お代り、あるからね」

 男は、なんとなく親切にしてくれる霊泉先生に、とんがった心が少しほぐれてきた。じいっと、置かれた水筒のカップを見つめた。

 街は次第に、初詣客やカウントダウンで飲み明かす若者で、賑わいを見せ始めていた。男の背後で、盛り上がった若者たちが、未来に向けて一本締めの手を叩く。

「あらあんた、ずいぶんいい手をしてるじゃないの」

「え………?」

 ぼんやりと虚ろな男の手を取って、ライトにかざし、手相を観始める霊泉先生。なにせこの間、この男にもらったカネは、支払いで全部消えてしまったから、少しでも鑑定してやらないと申し訳ないと思ったのだ。

「あんたがくれたあのおカネ、遠慮なく使わせてもらったわ。だからこうでもしないと、申し訳ねぇべさ。今日は無料で占ってやる」

「ねぇ、俺の占いなんてしなくていいから、おばさんのこと聞かせてよ……。おばさんはどうして、占い師なんかやってるのかさ。占いを、信じているのか……。そこが俺、聞きたいんだよ」

 今度は霊泉先生が、ぼんやりと考え込んでしまう番になった。どうして、占いなんかやっているのか……?そう言われてみれば、まるで考えたことがない。霊泉先生にとって占いは、あまりにも自分の日常に溶け込みすぎていた。

「うーん……。そうねぇ、人様のお役に立てるじゃない? 人助けというか。占いで元気づけてあげられるというかさ」

「ふーん……。元気付けてあげられる、か……。元気づけて……」

 霊泉先生に対して、体を横に向け、往来を見つめたままボソリと呟く男。冥く、遠い目をしている。

「なぁ……。占いって、いったい何なのかなぁ、先生……」

「んあー……?」

「先生は今、人助けって言ったけど、俺、わかんねぇよそのリクツ。占いが当たれば当たるほど、人をむしろ不幸にさせていく……。世界中から占いがぜんぶ無くなっても、たぶん地球上の誰ひとり、生きるには困らない……。そんなもんで人助けなんてできねぇよ。先生が人助けできるのは、今、俺をここに居させてくれた優しさだろ? 占いなんかなくったって、先生はちゃんと助けてるんだよっ」

 男は、温かい水筒のカップを手にしたまま言った。言っているうちに声が震えて、涙が目尻に滲んでいるのが見えた。

「だから、お願いだからそんな悲しいこと、言わないでくれよっ……。先生みたいないい人が、占いで助けるなんて悲しいこと言うなっ!! 言うなよっ!!」

 霊泉先生は、急に豹変した男の顔を見つめた。

 そして、彼の言った言葉が飲み込めなかった。

 いや、心が、たましいが、その言葉を解釈することを拒絶していたのかも知れない。なぜなら、自分は占い師だから――。

 占いで深層心理がわかり、占いで人の本音もわかり、占いで未来がわかるという前提になっている者だから――。

 目の前にいる人間がたとえ苦しみを訴えても、占い師はまず、それが命式なり、ホロスコープなり、手相なりに出ていなければ、その人の言うことを信じられないのである。現実の、人の痛みや感情よりも、占い理論のほうが大切な人種なのだ。

 いや、本当はわかっていても、占いをしている自分を手放さない限り、けっしてそのことを真正面から考えることはできない。

 考えてしまえば、たちまち自己矛盾に陥ってしまう。占いの閉じた世界でいつまでも遊びたければ、思考停止でいるしかない――。

 たとえそれが、自分のたましいを欺くことになっても。

 男は立ち上がると、肩をすくめて、そんな霊泉先生を、許すような優しい目で見下ろしていた。

「先生……、ごめん……。ちょっと俺、言い過ぎた……」

 男はそういうと、セカンドバッグから札束を取り出して、それをまたこの間のように、バサッと、高台子の上に放り出した。

「ちょ! ちょっと! 要らないわよこんなもの!!」

 立ち上がり、札束を掴むと、男の胸元に突っ返す霊泉先生だった。

「いいよ先生……。先生にやる。俺、そんな汚らわしいもの、持っていたくねぇ……。姉ちゃんの入院代だけあればいいんだ、俺には……。カネなんか要らねぇ……」

 そうつぶやく男の眼に、ゆらめく狂気――。さっきまでの遠くを見ていた眼差しは、こうして胸元に近づいて改めて覗くと、ぞくりとするような氷の刃がギラついていて、とても恐ろしい眼だった。

 男の瞳孔の底に、それを確かに見た霊泉先生は、急に金縛りにあったように動けなくなって、ガタガタ震えると、札束を手にしたまま固まってしまった。

 男はそのまま、ふらふらと歩き、青梅街道へ――。青梅街道の大スクランブルの手前を右手に曲がり、ホームレスが横たわる大ガードを抜けて、靖国通りへ。そこをさらに右手に向かって、男は気がつくと、新宿アルタ前に出た。

 聞こえてくるのは街宣車のスピーカーの、ヨハネ黙示録による最後の審判。あなたがたが裁かれるのは近いと、必死に訴えるキリスト教系新興宗教の声。

 そしてその背景にセットされた、スタジオアルタの大型ビジョンでは、来年の運気を占う12星座ランキングが、明るくポップに意味も無く、誰のためでもなく、なんの必要性もないままに、ただ垂れ流されていた。

 男は耳を塞ぐ。唇を噛み締める。肩も背中もぶるぶる震わせていた。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ――――!!!!

 絶叫―――。声を張り上げた。

「占いなんてウソだっ!! 占いなんて人でなしのすることだっ!! お前らは狂ってる!! 希望と欲望で狂ってる!! この狂人どもっ!! うわああああ!!!」

 男の叫び声は、周辺にいた数人、十数人を振り向かせ、驚かせはしたものの、宗教団体の街宣にかき消されて、ただ、それだけの効果しかなかった。

 街の中でただひとり、肩を震わせ、拳を握りしめる。

 誰もが、醜い欲の塊――。死と損失を忘れた者ども――。

 人はいつか、カネも愛も夢も、この身さえも、みんな失うのだ。

 そう考えれば、占いなど無意味だ。

 無意味だっ!!

 こんな無意味な地獄の中で、この先も生きてゆくしかない俺を、誰か助けて――。助けてよ誰か――。

「北山っ!!」

 男は悲痛な眼をして、顔を上げて、始めて好きになった女の子を人ごみの中に探したけれど、彼女はもう、どこにもいない……。

 男は、とぼとぼ歩いた。まっすぐに、喧騒から離れて――。

 男の頭上には、ネオンに霞む幽幻の月――。天文学者ケプラーは言う。人間は空を仰ぐ動物だと。心理学者ユングは言う。魂はみんな、深い共通の無意識で繋がっていると。

 だから、人が天の中に意味を見出そうとしたとき、天の兆しは地上に反映されるし、人がイメージの中に意味を見出そうとすれば、それは意味のあるものとして無意識に語りかけると。

 でも、いくら星のシンボルを調べても、意識すらできない無意識を心の中に探しても、どうして自分が生まれてきたのか、どうしてここにいるのかは、やっぱりまるでわからない。

 狂ったように悲しく酔った男は、そのままとぼとぼと歩きつづけて、都会の公園に着いた。冷たいベンチに、体を横たえる……。

 人類が月に降り立ってからこの方、科学や経済の発達で人は、神秘から自由になったのだろうか。それとも、神秘から隔離されて、余計に不幸になったのだろうか。

 しかし、星座を見ても、手相を観ても、タロットカードを並べてみても、心理分析してみても、人間のことはちっともわからない。

 生きることの苦しさには、まるで答えてくれない。

 占いって、いったい何のためにこの世にあるんだろう。

 何でこんなに世の中に、溢れているんだろう……。

 俺には、わからない……。誰か、教えてよ……。

 遠くに、除夜の鐘の音。人々の欲深い、カネや地位や名誉や、愛欲のとぐろを、賽銭とともに飲み込んで、聖なる鐘の音が鳴り響いていた。


VICE-ヴァイス-孤独な予言者 
《完》

 

↓    ↓      ↓

郷原とあかりちゃんの幸せそうなカット。。。(まだラフだけですが)

 

二人にこんな日が来るのでしょうか。。。(ノ_・。)

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、この小説には実は、

続編があります。( ´艸`)

 

続編  「VICE孤独な予言者 ~黒龍の目覚め編~」

 

はこちらの、第81話から始まっています~☆

↓   ↓   ↓

http://ncode.syosetu.com/n0911cq/

 

 

黒龍の目覚め編は現在、前篇のみの公開に

なっていますが、今年中には後編を公開いたし

ますのでぜひぜひ読んであげてチョ♡≧(´▽`)≦

 

 

あと、イラストカットもどんどん増やしていくので、

次第に世界が広がっていく孤独な予言者ページを

どうぞよろしく。。。♡ 

 

 

【酒井日香情報】

9月18日(日) 

大阪府堺市産業振興センターイベントホール

「第四回大阪文学フリマ」  に出展。

 

サークル名「ネット小説組合」

無料パンフレット配布。人生相談可。(無料)

 

お待ちしています。。。

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(第77回目 祈り 8、)

 山本が入院している病室へと向かいながら、山本の身重の妻・奈緒子は、空を見上げた。大晦日の夜にふさわしい、美しい月だった。

 病院から夫の意識が戻った知らせを受けると、身重の体で矢も楯もたまらずに、一人タクシーで病院へと駆けつけた。

 病院のロビーを渡り、病棟の入り口にある小部屋の窓から、首を出して不審者をチェックしている守衛に、見舞いであることを告げる。

 守衛室の前に置かれたノートに、入る時刻と名前を書くと、守衛が、あ、と声を出した。

「あなた、山本亮一さんの家族?」

「え……? ええ、そうですけど……」

 奈緒子が、顔を上げる。

「荷物を預かっててさ」

「荷物……?」

「ああ。ちょっと待って」

 そういうと守衛は、足元から重そうにバッグを持ち上げた。出てきたのは、安っぽい、黒いスポーツバッグだ。奈緒子には特に心当たりがない。

 病室に着くと山本は、点滴を刺されたまま静かに眠っていた。やっと集中治療室から出て、一般病棟に移されたばかりだ。

 奈緒子は、その枕もとに、海外医療ボランティアのパンフレットを置いてやった。

(亮ちゃんの眼が覚めたら、きっと言おう……。自分の思うままに、生きていいよって……。やりたいようにやっていいんだよって、きっと言うんだ……。人生は、一度しかないんだもの……)

 奈緒子は、山本の顔を優しく拭いてやって、額にキスをすると、さっき渡された黒いスポーツバッグを開けてみた。そしてドサッと、床にバッグを落とした。

 中にあったのは、ぎっしりと詰まった札束だった。

「あ、うあ……! お、お金っ! な……! 何これっ……?! な、なんでこんなに、お金が?!」

 うろたえる奈緒子の背後から、かすかな声がした。

「郷原だ……」

「あ……、え……? 亮ちゃん、眼が、覚めたの……?」

 山本は、夢とも現ともつかない調子で、ぼんやりとつぶやいた。

「郷原だ、きっと……」

 山本は遠い眼をして、それを見た奈緒子も、泣きながら笑っていた。大丈夫……。やり直せる、きっと……。

 

(次話に続く)

 

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(第76回目 祈り 7、)

 年の移り変わりを華やかに盛り上げようと、デコレーションされた、賑やかな夕闇の街。この大東京は、孤独な地方出身者で溢れ返っている。だから、盆と暮れにはみんながふるさとへと帰っていって、妙に街は静かなのだが、それでも大晦日の夜ともなると、ここ、明治神宮の周辺には、無数の人々が繰り出してくる。

 北山あかりは、そんな街をふらふらと、さっきまでほっつき歩いていて、疲れたので、通りにある1杯150円のコーヒーショップへと入ったのだった。そこで、最低の値段の、150円のSサイズホットコーヒーを注文。それから、タバコの煙が充満する禁煙席に座ると、拾い集めてきたさまざまな求人雑誌を広げ、履歴書をひたすら書き始めた。

 大晦日の今日。もうとっくに、一般企業は冬休みに入っていて、あかりのバイト探し、職探しは今日もはかどらなかった。

 郷原から借りた100万円は、すでに98万2千4百円になってしまっていた。郷原と別れてからずっと、あかりは、マンガ喫茶に寝泊りしながら、アパート探し、職探しをしているのだが、年末で時期が悪いせいか、なかなか思うように行かない。あんまりこんな調子でいると、残金が目減りするばかりだから、じっとしてもいられなくて、開いてないのはわかっているのに、今日も朝から歩いて不動産屋を探し、バイトを探した。朝から食べたのはメロンパン1個だけだった。

 それでもまだ見つからなくて、こうしてコーヒーショップで、求人雑誌と首っ引きなのである。

 まだ20代半ばの若いあかりにとって、一番簡単なのは体を売ることだが、それをしたらもう二度と、郷原とは会えなくなるような気がしていた。

 簡単にお金を稼ぐのは、きっと間違っているのだ――。あかりは、水商売の世界に飛び込んで、なんとなくそれがわかってきた。

 簡単にお金を稼ぐということは、そのぶん、素直な幸せや、人の温かさが見えなくなってしまうということ――。お金と引き換えに、大切な大切な何かを、きっと失ってゆく――。

 それがわかるわ、あたし、今なら……。だから、働く苦しさをちゃんと、見つめなくちゃ……。

 あかりはそう思って、安い時給でも、若い女の子がやっていて変じゃないと思えるような職を探した。

 受付係とか、ウエートレスとか、コールセンターとか、。人材派遣とか、マネキンとか、運送会社の仕分けとか。でも、求人雑誌の明るい謳い文句に見え隠れする、ピンハネの構図が、どうしてもあかりの心を萎えさせる。

 世の中は、なんか変だな……。働く人の賃金はこんなに安いのに、世の中にはつまらないものを作ったり、売り買いするだけで大きな儲けを作り出す人たちがいる……。

 そう思いかけて、あかりは首を振った。

(ううん……。幸せって、そういうことじゃない……。そんな風に、お金や派手さに基準を置いたら、あたしの人生は不幸になってしまう。自分で勝手に、自分の人生を他人と比べて、不幸で塗りつぶすなんてバカだよ。あたしは、あたしなりの幸せを見つけていけばいい……。そうすれば、こんな日々だって、きっと意味のある毎日になる。惨めな一日だって、二度と戻らない生きていた証だと思えば、味わうべきなのよ。楽しく惨めに過ごせばいい……)

 ふと見上げると、安いコーヒーショップの外は、とっぷりと暮れて、もう夕食時である。あかりが見上げた窓の先を、年越しそばの出前に行くらしきおかもちが、自転車で通りすぎてゆく。

 あかりは早めに、いつものマンガ喫茶へと帰ることにした。街に出ると、2年参りでもするつもりなのだろう、気の早い人たちが、もう連れ立って明治神宮へと繰り出していた。参道には縁起物の熊手や破魔矢やお守りを手にした人々が、賑やかに行き交っている。

 あかりの胸になぜか、あの孤独な瞳が浮かんできた。お母さんとつぶやいて、自分の眼をじっと郷原が見つめたあのときから、あかりの心は戸惑っていた。彼の中に、最愛の父親の面影を、それから、手放した娘の姿を見た気がした。

 カップルや家族連れが多かった。今ごろりえは、飯田継男の離婚した妻に手を引かれ、あかりが見たこともない男と3人、連れ立って神社へ詣でているのだろうか。飯田の元女房のことを、ママと呼んでいるのだろうか。

 あかりは人ごみの中に、トレンチコートに両手を突っ込んで、眼鏡越しにはにかんで笑っている郷原を探したけれど、どこにも彼はいなかった。いつも半纏を着ていた、植木屋の父親も探したけれど、見つからない。

 こんなにたくさん、人がいるのに――。世の中には、こんなにわんさか人間がいるのに、どうして今ここに、お父ちゃんも、お母ちゃんも、りえも、郷原さんもいないんだろう……。あたしの周りには、なんで誰もいないんだろう……。

 あかりは、参道の人の流れに混ざった。人に揉みくちゃにされているうちに、よろよろと、賽銭を投げいれる場所に出てしまった。仕方がないので、郷原にもらった100万円のうちから、10円だけ取り出すと、賽銭を投げかかったが、やっぱりハッと我に返って、10円玉を再びポケットに戻した。

 おカネ――。今のあたしと郷原さんを結ぶ、たった一つの絆――。やっぱり、たとえ1円でも、無駄なことに使いたくはない――。

 あかりはそう思い直すと、空手で柏手を叩き、お辞儀だけした。

 それから、震える手を合わせて、祈った。願ってはいけないことは、あかりにはわかっている。

 願ってはいけないのだ。それは、自分の気持ちに気づくことになってしまうから――。

 でも、願わずにはいられない。もう一度、あの孤独な眼をした男に、めぐり逢えることを――。

 でも、願ってはいけない。願っては――。

 あかりは考えあぐねて、こんな祈り方をした。あかりの祈りの台詞は、こう続いた。

 神様。あたしは、間違っていました。

 あたしはずっと、神社に来ると、合格しますようにとか、片思いの男の子が振り向いてくれますようにとか、おカネ持ちになれますようにとか、自分勝手な欲や希望ばかりを祈ってきましたね。

 でも、もうこれからは、それは止めることにします。

 見えない未来を勝手に期待するのは、不幸なことだから――。願いを持つと、その願いが叶わないことを嘆いて、呪って生きてしまうから――。

 だから、郷原さんともう一度、会えますようにとは、願いません。たとえ会えても、会えなくても、郷原さんがあたしにしてくれた親切や、話してくれたことは本当だから――。

 あの夜確かに、わかり合えたのだと、信じているから――。

 信じて、幸せでいようと思うから――。

 もし、一つだけ神様にお願いがあるとしたら、どうか、これ以上郷原さんの心が、孤独で凍りつきませんように……。郷原さんにとっても、あの夜が心を温めてくれますように……。

 あたしのお願いは、それだけ。

 それだけです、神様――。

 あかりはそう祈って、最後に、今は会うことも叶わない、娘のりえの幸せを強く願って顔を上げた。

 元気にまた、人ごみの参道を戻ってゆく。

 途中で売られている、おみくじ――。いつも引いていたけれど、もう必要ない。だって、あかりは幸せなのだから――。未来に、なんの憂いもないのだから――。

「よしっ! がんばるぞっ! うん!」

 あかりは涙を拳で拭って、大きく息をすると、人ごみの街の中を泳いでいった。空にはぽっかりと、上弦の明るい月が輝き、あかりの明日を祝福していた

 

(次話に続く)

 

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(第75回目 祈り 6、)

 手術室の赤いランプ――。山本亮一の命――。

 助かるかどうか、わからない……。手術に取り掛かる外科医が、手術室に消える前、冷たくそう言った。

 山本の血圧は、失血のショックと無呼吸で著しく下がり、生命活動はぎりぎりのところまで弱まっていた。意識もない。限りなく死に近づいた、生――。

 山本が、自分の胸に突き刺した短刀は、正確には心臓を貫いておらず、肺にめり込んでおり、そこに大量の血液が溜まって呼吸が出来なくて、なんとも苦しい自殺方法だということだった。まるで溺死するのと同じような状態だという。

 医者のくせに、自分の心臓の位置が、わからなかったのだろうか?

 いいや……。これが運なのだ……。これこそが、運なのだ……。事件が起ってみるまでは、それがどうなるのか、誰にもわからない……。心臓を一突きしたつもりが、少し逸れて、肺に命中してしまったこと、おかげで即死には至らなかったことこそが、神の与えたもうた山本の、運――。そこまでは、どんな占いも、ぜったいに読めはしない。運に人間が干渉することなど、あり得ない……。

 生きろ………。生きてくれ山本………。

 郷原は、山本が手術室へと担ぎ込まれるのを見届けると、そのままよろよろと、病院の待合ロビーのほうへ、無意識のまま歩いていた。肩から染み出してくる、山本が手術した銃創から溢れ出した血液が、中指を伝って、ポタポタと、廊下に水玉模様を作っていった。

 そして、味気ない長椅子の上に、座り込んだ。こんな出会い方でなければ、きっと山本を、いい奴だと思えたのに――。

 俺は……。俺は、化け物………。関わる者すべてを飲み込み、死の淵に追いやる化け物……。俺は……。

 夜も更けた病院のロビーで一人、闇を見つめる郷原の耳に、冷たい靴音が近づいてくる。

 コトリ、コトリ、コトリ、コトリ……。4つの、靴音……。

 靴音たちは、郷原の手前3メートルくらいのところで止まった。そこから、老人がひとり、更に踏み出した。

「フフフ……。この手術が無事に終了しなければ、さっそく腕の切断式ですよ、郷原さん。ククク……。いいですね?」

「………………」

 うつむいて、何も聞こえない風に、下を向いたままの郷原は泣いていた。

「フフ……。神をも恐れぬ化け物の分際で、涙を流すとは……。滑稽です。クク……」

 志垣の言葉も虚ろなほど、郷原の心は壊れていた。

「郷原……」

 川嶋が、郷原の隣に座って、その肩を叩く。それでも郷原は、闇を見つめたままだった。

 男たちは薄暗いロビーでじっと、山本の命の答えが出るのを、静かに待った。賭博のため――。ゲームのためだけに――。

 やがて、白衣に着替えた医者が、郷原たちの元へとやってきた。どうやら、山本の処置を終えたらしい。身を乗り出すように、川嶋は容態を尋ねた。。

「せ、先生っ……! や、山本はっ……!」

「まぁ、命だけはどうにか……」

「な、なんとっ!!」

 志垣が、すっとんきょうな声を上げる。

「命はどうにか、取り留めましたがしかし、回復するかどうか……。脳波や脈拍が、かなり弱まっています。今夜を乗り切れるかどうかでしょう。ところで、あの人の家族は……?」

「………今夜は、来られないと……。今、遠いところにいるもので」

 川嶋が、うつむいて答えた。

「そうですか。今夜はこのまま集中治療室です。意識が戻るかどうかは、なんとも……。万が一のことも考えて、お身内の方に連絡してあげてください。では……」

 医者はそれだけ言うと、ロビーの奥の暗闇へと消えていった。川嶋が、志垣を見やる。

「志垣会長……。今回の賭けは、どう考えても会長の負けです。郷原の占いは、完膚なきまでに的中したんだ。どうか郷原に、約束通り賭け金を払ってやってください」

「ふむ……。いいでしょう。今回は、完全に私の負けだ。しかし、寺本さん、川嶋さん」

「え………?」

 小切手にサインをしながら、志垣智成が、寺本厳と川嶋貢に、視線を向ける。

「あなた方は、いつまでこんな賭博に、この男を使うつもりで?」

「そ、それは……」

「この男は、こんなことに飼い殺す男ではない」

「…………………」

 川嶋が、口ごもる。寺本も、腕を組んで黙り込んだ。

 志垣はうつむいたままの郷原の背中に、声を浴びせていった。

「郷原さん、あなたは、こんな世界にいるべき人間ではない……。あなたは、あなたの力を生かせる世界に行くべきだ」

 ずっと虚ろだった郷原が、志垣の言葉に顔を上げる。

「俺の力を、生かせる世界………?」

「そう……。あなたは、絶望している……。未来など読めたところで、誰も助けられない自分に……。人を陥れ、死の淵に追い込むしかできない自分に……」

「う、うう………」

 郷原は、うめいた。

 志垣は妖怪だった。どこまでが演技で、どこまでが本気なのか、わからない男だと川嶋は思った。さきほどまで酔って上機嫌そうだったのに、今はまるで、判決を下す裁判官のようだ。

「本当はあなた、助けたいのです……。か弱き人を……。貧困者を……。女や子どもや、喘ぎ苦しむ労働者たちを……。そうじゃないんですか? 郷原さん……。あなたは本当は、貧者のためにこそ、命を賭けたい人なのではないのですか?」

「うっ………」

 耳を塞ぐ。唇を噛む。郷原の体中が震えて、はらはらと涙の雫が、床にこぼれていった。

「そうやって、政治家や金持ちの保身だけを占わされるのか……? どいつもこいつも、俺を利用するだけ利用して、占いが済めば人間とも思わないくせに!! 俺の悲しみや苦しみなど、誰も想像しないくせに! 占い師のことなんて、誰も人間だと考えていないっ! それでも、そんな世界で生きろと?! この先も、ずっと一生利用されて、利用するくせにバカにされて、踏みにじられて生きろと?!」

 わめく郷原。静まり返った病院の、暗く、冷たいロビーに、その声が響く。まるで、舞台の上の独白のように――。

 志垣は、舞台上手で黄金の錫を持ち、君臨する全能の神役のように、郷原に残酷な宣告をした。

「何を寝ぼけたことを……。占い師など、人間でなくて当然です。占いは、一方的に人間を規定する。星座や、カードや、相などというバカげたもので……。その時点で人間を、人間として扱っていない占い師……。占い理論の前では、人間は単なる記号に成り下がる……。人間を人間として扱わぬことを生業とするものが、他人から人間として扱われないからといって、なにを憤ることがあるでしょう。当然の因果応報じゃないですか。フフフ……」

「っつ………!!」

 子どものように震えている郷原の肩を抱いて、川嶋が懇願するように志垣を見上げた。

「し、志垣さん、今は……。今はもう、これ以上郷原を、揺さぶらないでやってください……。自分自身の占いで、誰より傷ついているのは郷原だ……。でも、こいつはこんな風にしか、生きられないのです、今は……」

「姉、ですか」

 志垣が、核心を突いた。

「な、なぜ、それを……?」

 郷原の背中を抱きながら、川嶋が、思わず眼を見開く。

「郷原深雪……。もう何年もホスピスに入ったままの、郷原さんの姉……。病院の白い壁しか知らない、かわいそうな姉……。10代の頃から入退院を繰り返していた姉の治療費のために、中卒の弟は、ウソで固めた占い師になって、博打を繰り返し、心身をぼろぼろにしてゆく……。悲しい悲しい、親に見捨てられた姉弟……。手っ取り早くカネを稼ぐには、占い師ぐらいしか手段がなかった弟……。ククク……。美しい話です、実に……。フフフ……、ハハハハ!」

 志垣は、ロビー中に響き渡るような声で笑い声を立てた。

「まぁ、いいでしょう。しかし、断言しますが郷原さん……。あなたの力はいずれ、欲深い政財界の人間に注目されるようになる……。わかりませんか……?あなたは、その気になれば、この国の王にすらなれるのだということを……」

 闇に怯える子どものように、震える目をして、志垣を見つめる郷原。王という言葉……。いつも、占い師だ、詐欺師だと嘲笑され、バカにされてきた自分が、王……? 王、だって……?

「そうです。あなたは、天上の悪徳を操る王、闇の太陽にさえなれる男……。いつか、支配してやりなさい、その占いの力で……。あなたがた姉弟を踏みにじった、世間の者どもを……。憎くて仕方のない、カネ持ちたちを……。政治家を、財界人を、この国のすべてを……。フフフ……。ハーッハッハッハ……!!」

「う、うぅっ……!!」

 郷原は喘ぎ、たまらず、川嶋に縋りついた。父親に助けを乞う、少年のように――。

 志垣智成は、それだけ言うと、約束通り都合4億の小切手を切って、そのまま病院から去っていった。いつか、あなたは闇の王となる日が来る――。そんな呪いの予言を、郷原に残して……。

 

(次話に続く)

 

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(第74回目 祈り 5、)

 郷原は、夜のネオンの中を、ひたすら走った。赤坂から、六本木を目指して――。
 

 六本木通りへと続く道は、今夜は渋滞している。タクシーを利用して、足止めを食っているうちに、取り返しのつかないことになったら――!!

 そう思うと、居ても立ってもいられなくて、ひたすら走っていった。自分の占いを、外すために――。自分の敗北と引き換えに、山本を止めるために――。死ぬために郷原はひた走る。夜の中を……。

 郷原の後をついてきた浜崎と川嶋は、思いがけない郷原の足の速さに、驚いていた。息を切らせる浜崎。川嶋は早々に見切りをつけて、タクシーに手を上げた。浜崎も、それに一緒に乗っていくことにした。

 ひた走る郷原。縫合したばかりの肩の傷が、徐々に再び広がって、血が滲み始めている。

(だめだっ!! 早まってはだめだっ!! 山本っ……!!)

 郷原は夢中で、祈った。

 その頃、デスティニーは、第四ラウンドの後半。相変わらず、逃げつづける原口である。

「くそっ!! 何が、八百長をしようだっ!! 笑わせるなっ!! こんなものとすり替えやがってクソ医者っ……!」

 リング上を逃げ惑いながら、山本に向かって唾を吐く原口である。

 しかし、試合が始まってから山本は、一度も打撃を橋爪に、指示しないままだった。観客からは次第に、ブーイングの声である。

「おいっ! ヤブ医者っ! いい加減、橋爪に打たせろっ!! 俺らはもう一度、現役の頃みたいな橋爪のストレートが見たいんだよっ!」

「ふざけんなっ! 負けろっ! 橋爪っ!! 原口にいくら賭けたと思ってんだっ!!」

 いろんな声が、リングに向かって浴びせ掛けられる。橋爪は、殴打してもいいという指示が与えられないので、原口をロープへと追い込んでは下がり、また追い込んでは下がるということを繰り返していた。

(……ったくっ! いつまでこんな鬼ごっこをさせるつもりだ、山本っ……! パンチを3発も打てばこんなガキ、簡単に沈められるものをっ……!!)

 ここでゴング――。原口と、橋爪はそれぞれ、コーナーへ下がる。

 コーナーへ着くなり、橋爪は声を荒げた。

「おいあんた、どういうつもりだっ!! さっきはさっきで、八百長をしようなんて持ちかけておいて、俺になんの指示も出さないじゃないか! 俺の体力だって、限界がある……。いくらあんな小僧、わけないとはいえ、こうも鬼ごっこが続けば、追い詰めるばかりの俺のほうが消耗する! 次は2、3発打たせろっ! いいな!!」

 橋爪は、山本に怒鳴っていたが、山本は淡々と、橋爪にミネラルウォーターを渡すだけだった。

 チラリと、相手サイドを見る橋爪――。池田が、原口の獲物を、持ち替えさせている。とうとう最後の武器、50㎝の長ドスを手にすることにした、原口・池田陣営であった。本気なのだ――。

 橋爪は、マズいなという気分になってきた。原口は、案外足が良いのだ。むしろ、追い詰めらることで、体力を消耗しないで済んでいる。逆に橋爪は、追い込んでは下がるの繰り返しだから、2倍以上消耗するのだ。このまま、こんな風に疲れさせられてしまえば、きっとスキが生まれて、7年前の東洋太平洋チャンピオンといえども、ひょっとするとど素人に、刺し殺されてしまうかも知れない。

(もしかして――)

 橋爪は、思った。

(もしかして、この男……。さっき、原口と池田のところに出かけていって、まさか3人で、この俺をハメようという作戦を練ったんじゃ……)

 疑惑に揺れる、橋爪の心。それを見透かすように、山本が、あと10秒で第五ラウンドの開始というタイミングで、橋爪に満面の笑顔を見せた。

「だいじょうぶ、橋爪さん……。僕がきっとみんなを、怪我ひとつさせずに、家族の元へと帰す。お金はもしかしたら、もらえないかも知れないけど、無事に帰れて働けるなら、またきっと貯められるよ……。やっぱり、カネのために命を犠牲にするなんて、間違ってる。僕は……」

 その山本のつぶやきを、橋爪はケッと吐き捨てた。

「これだから、お坊ちゃんの相手はイヤだったんだ……。いいから、お前は次こそパンチボタンを押せ。1回でもいい。とにかく俺に打たせろ。今度打撃ボタンを押さなかったら、俺はお前の命令など無視するからな!」

「………………」

 山本は、橋爪の言葉を、悲しそうな目で聞くだけだった。

 そして、第五ラウンドのゴング――。やはり山本は、パンチ許可ボタンを押そうとしない。お客たちは、そんな山本に罵声を浴びせ掛けた。反対に、50㎝の獲物を持った原口は、リーチが長くなったぶん、今までよりも平気で突きかかってくる。橋爪は、交わすのも、だんだんしんどくなってきた。

 ラウンド開始から、10秒――。30秒――。1分――。1分30秒――。

 また、鬼ごっこのまま、第五ラウンドが終わるのか……?誰もが試合が動かない苛立ちを感じていた、そのときだ。

 山本の反対側に控えていた池田の眼に、キラリと輝く、銀色の閃光――。

 あ――。あれは――。すり替えられた短刀、じゃないのか??なぜ山本が今、手にしている……??

 池田は、目の前の山本の行動が読めなくて、ただそう思った。

 山本は、フリースをたくし上げて、薄いシャツの上から指で、胸の骨の位置を探るような仕草をしている。まるで、メスを入れる部分を見極めているかのように――。次の瞬間、山本は位置を確認すると、短刀の切っ先を胸骨の隙間に当てて、刃先にのしかかるようにして、思い切り突き立てた。なんの躊躇もなく――。

 池田が見たのは、なんともあっけない光景であった。そのとき、原口の必殺の突きは、吹き出た山本の血に一瞬、視界が奪われて、橋爪のわき腹を掠めただけで空を切った。

 あ――。誰かが、罵声の中で静かに、指を差す。その隣近所が、なんとなく、その指の先を見る。その視線が連鎖していって、3秒後には、その場にいた全員の眼が、一点に注がれた。

 そこには、スローモーションのように崩れ落ちる、山本亮一の姿――。血の花びらが、山本のフリースをたちまち赤く彩ってゆく。

 夢のように鮮やかな、静かな光景だった。全員が思わず息を呑む。女性客が、大きな悲鳴を上げていた。

「山本っ―――!!!」

 その時だ。絶叫が、観客たちの背後から響いた。駆け寄る人影――。見物人を突き飛ばすように、踊り出た長身の男。郷原悟であった。郷原は、すぐに山本を抱き起こした。

「お前っ!! お前、どこまでバカなんだお前はっ!! こんなクズどもを助けるために、自分が犠牲になるなんてっ……!!」

 郷原に抱きかかえられた山本は、薄っすらと微笑んでいた。とても満足げな眼の色を浮かべて――。両手が、自分の胸に、短刀を突き立てていた。その手は、溢れる鮮血で、べっとりと染まっていた。

「すぐに医者をっ……!! 誰か、救急車をっ!!」

 郷原は叫んだ。城乃内貴章が、バーカウンターから近づいてくる。

「バカが……。自分から命を、どぶに捨てやがって……」

 郷原は、涙が流れるままに、城乃内に懇願していた。

「城乃内さんっ…! 頼むっ……! すぐに救急車をっ……!! 救急車を呼んでくれっ……!!」

 城乃内は、山本を抱いて泣き崩れる郷原の前に、しゃがみ込んだ。

「そりゃあだめだ、郷原……。ここは違法ゲームバー……。救急車なんか呼んでみろ……。大事になって、組にも本家にも迷惑をかけることになる……。こいつが勝手に自害したんだ。放っておけ」

「……!!!」

 郷原は、城乃内を睨めつけると、ありったけの声で怒鳴った。

「だっ、誰か、誰か手を貸してくれっ! 山本をすぐ病院へっ!!」

 躊躇している、観客たち……。みんなが、思いがけない状況に、固まったままだった。

「郷原先生っ!」

 そこへ、浜崎慎吾と、川嶋貢が到着した。すぐに山本の元へと駆け寄る二人。山本はすでに、うめくように苦しがり、口からごぼごぼと血を吐いている。

「マズい……。すぐに病院へ運ぼう! 試合は中止だっ! いいな城乃内!」

 川嶋が、城乃内を怒鳴る。

「川嶋の若旦那がそういうなら……。おい、今日の試合は、原口たちの不戦勝だ」

「え~!!」

 ブーイングが、ホール全体を包んだ。

「うるさい! セコンドがこれじゃあ、試合は終わりだっ! おい、手を貸してやれ」

「はいっ!」

 すぐに店内にいた黒服が、物置から担架を持ってきて、山本を乗せた。

「しっかりしろっ!山本っ!!」

 郷原が先頭に立って、山本の担架を担ぐ。浜崎と川嶋も、持ち上げるのを手伝った。そのとき、郷原の腕の傷は、再びぱっくりと開いてしまって、トレンチコートをじっとりと血でぬらしたが、郷原はそんなことも気づかないまま、渾身の力を筋肉に伝えて、山本を持ち上げた。そして、外へ出るための扉へ……。

 扉を開けた瞬間、時間差でデスティニーへと駆けつけた、志垣智成と眼が合った。

「な………! なんとっ……!!」

 扉の向こうから現れた、血まみれの山本――。そして、獣のようなおぞましい憎悪で、自分を睨めつける郷原――。

「なんとっ!! なんとっ……!!」

 志垣は、あまりの的中に、思わず足元がよろけた。そして唇を、肩を、指先を、足元をすべてガタガタと震わせて、心底怯えたように、志垣智成は郷原悟をののしった。

「あ、悪魔だっ……。お前は、悪魔だ郷原っ……!」

「………………」

「お、お前は、ひ、人でないっ!! お前は何者だっ!郷原……!! よ、妖怪っ! ば、ばけもの……。ばけものだっ……。お前は、人の姿をした化け物だ郷原――!!」

「うるさい、どけっ!!」

 郷原は、志垣を突き飛ばして、山本の担架を担ぎ、階段を駆け上がっていった。

「わ、わははっ!! あ、悪魔……。あの男は悪魔!! グ、グフフフ!! 人の姿をしたおぞましい、化け物っ!! 化け物っ!!」

「だ、大丈夫ですか、御大っ!」

 涎を垂れ流して、郷原の消え行く後ろ姿を指差す志垣を、御付きの部下が支える。

「あ、悪魔……。だがしかし、欲しい……。たまらなく欲しい、あの男の予言の力……。この志垣の力を、磐石なものにするために……。この国に、私の仏国土を実現させるために……。フフフ……。欲しいっ! 郷原がっ……! 郷原の、予言の力がっ!!」

「し、志垣さん……」

 寺本は、狂える志垣を、御付きの男とともに、見つめるしかできなかった。

 

(次話に続く)

 

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(第73回目 祈り 4)

「すまないな、郷原……」

「………………」

「お前に、こんな苦しい稼業をさせるなんて、本当にすまない……。俺は……」

 川嶋の沈痛な声に、郷原は寂しそうに微笑んで、首を少し左右に振ってみせる。

「なぁ、川嶋さん……」

「ん………?」

「タバコ、もう1本ちょうだい」

「なんだ……。今夜はやけに吸うんだな……。いつもタバコなんか、大嫌いなくせに……」

 そういって、スーツの胸ポケットから、いつものパーラメントを取り出した川嶋は、1本郷原にやって、カルティエのライターで、穂先に火をつけてやった。その煙を、ゆっくりと肺の中へ吸い込んで、夜景を見つめたまま郷原は言った。

「………カネ、だいぶ貯まった……?」

「ああ。お前との約束が果たせるのも、もう少しだ……。カネ貯めて、平安ファイナンスの株をすべて買い戻したら、お前と二人、ヤクザなんかから足を洗って、まっとうな銀行家を目指そうって、そう、約束したもんな郷原……。もう少しだ。そうしたらお前はもう、こんな稼業なんかしなくて済む。誰からもバカにされない人生を、日の当たる人生を、やっと胸を張って生きられる……」

「うん……。そうだね……」

 息子みたいな顔をして、郷原は、夜景の中にぼんやりと映るガラス越しの川嶋を見つめていた。少し間を置いてから、郷原が呟く。

「川嶋さん……。久子ママのこと、幸せにしてやってよ」

「ああ………?」

「俺、あの人が泣いてるの見るの、辛いんだ。久子ママにはいつも元気で、俺のこと、叱ってて欲しいんだよ。あの人俺の、もう一人の姉さんだから……」

 川嶋は、本当は気づいている。郷原が、久子のことを、ずっと前から女として愛しているのだということを……。

「ねぇ……。この占い賭博が済んだら川嶋さん、久子ママとちゃんと、子ども作りなよ」

「な、なに言ってんだ、こんなときに……」

「俺、わかるんだ。久子ママは本当に、子どもを産んで育ててみたいんだって。かわいそうだよ。川嶋さんだけを支えて、川嶋さんだけを見て生きてきたのに、子どもも授けてもらえないなんて……」

「そ、そりゃあお前、俺だって、考えてないわけじゃねぇけどよ……。でももう久子も、年齢が年齢だからなぁ……」

 そういって、しきりに照れる川嶋を、やっと郷原は振り返った。

「女ってね、男が、抱いてやらないとダメなんだってさ。そういう、生き物なんだって。ちゃんとママのこと、抱いてやってよ川嶋さん……。あの人は、それだけでいいんだからさ。川嶋さんのことが、本当に大好きなんだよ」

「………………」

 なんだか、別れの言葉のようだった。遺言……。そんな風な寂しさ――。川嶋は、唇を震わせていた。

「まさかお前、今夜は敗れるとでも……?」

 その問いかけに、郷原は眼を伏せて、寂しそうにうつむいた。

「わからない……。でも、山本を助けてやりたい……。山本を無事に、家族のところへ帰してやりたい……。俺は、どうしたら……?」

「………………」

 黙り込む川嶋だった。本当は川嶋も、山本が平安ファイナンスに作った借金など、許してやっても良かった。山本は、もうじゅうぶんカネを落としてくれたのだ。占い賭博に参加してくれるだけで、平安ファイナンスと寺本組は、何億と儲かるのだから――。

 そう思えば、川嶋もまた、山本を無事に帰してやりたい気持ちは同じである。

 しかし……。組がそれを、どう思うか……。特にカネが大好きな、あの寺本の親父……。もう山本に、診断書をたくさん書かせるつもりで、あれこれ用意を始めているはず――。

「だが郷原……。お前は、自分の占いに干渉することは出来ないぞ……? ここで山本の無事を祈るしか……。しかし、山本が無傷で勝利すれば、お前の人生は志垣のものになってしまう……。俺は、そんなこと信じない。今度もきっとお前の予知は当たる。俺は確信している。山本はきっと、お前が言うとおり……」

 川嶋が、そう言った瞬間だ。おおおっ!! というどよめきが、モニターを見つめている寺本、志垣、スタッフたちから上がった。

 その声に驚いて、慌てて川嶋と郷原は、大型モニターの前に駆けつけた。画面の中――。固定カメラ数台で撮影しているだけでは、どうにも具合がよくない。状況が掴みにくかった。

「どうしたんだっ!」

 川嶋が、側に立っていたスタッフの、浜崎慎吾を問い詰めた。

「そ、それが……。原口の獲物が、すり替わってたんスよ!!」

「な………、なんだと……?!」

 川嶋の顔が、見る間に青ざめる。郷原も、目を剥いていた。

「今、3ラウンドがどうにか終わって、4ラウンド目に入ったんですけど、原口がやっと獲物を竹刀から、短刀に持ち替えたんです。それで、おおっ!と思って、食い入るように見ていたら、なんか、それがただの筒だったみたいで……」

 モニターに首を向けると、確かに、青ざめて、焦りきった顔で、必死に怒鳴っている池田と、妙な黒い筒でひたすら空を裂き、逃げ惑う原口の姿が見える。

(あ――………!!!)

 その瞬間、郷原のたましいは、神のいかづちに打たれたように、すべてを読み通したのだった。

「わかった! 読めた!山本はやっぱり、自害するつもりなんだっ!!」

「な……、なんだとっ?!」

 全員が、郷原のほうを一斉に振り返る。

「山本が、自分ですり変えたんだっ! ドスをっ……! 自分でケリをつけるために……!! あの死相は、そういう意味だったっ!!」

 郷原はたまらず、まだ濡れているトレンチコートを翻して、駆け出していた。ロイヤルスィートルームのドアを開けようと、施錠に手をかけたとき、スタッフが数人、止めに入った。

「ダメです! 先生は会場にいけません! そういう決まりです!」

「うるさいっ! 離せよっ! 早く止めないと山本がっ!!」

 川嶋がたまらず、郷原に味方した。

「わ、私からも頼みます! 山本を、救ってやってください、今回ばかりはっ!」

 床の上に手をついて、寺本厳と志垣智成の足元に、額をこすりつける川嶋だっ
た。

「志垣さん……、おやっさん……。お願いだ! 郷原を行かせてやってください……。落とし前が必要なら、この私が……! どうか郷原の気の済むように……!」

「し、しかし……」

 うろたえる寺本である。意外にも、志垣が乗り気な声を出した。

「いいじゃないですか、寺本さん。私も、この目で直接、試合を見届けたくなりました。我々も会場へ急ごうじゃありませんか。もうここまで来たら、郷原も運命には干渉できません……。行かせてやりましょう。自分の予言が死をもたらすその瞬間を、見届けさせるために……。ククク……!!」

 志垣の眼が、血走っていた。

「う、ううっ、わかった……。行けっ!! 今回は特別に許そう」

 郷原は、矢も立てもたまらず、ドアを開け放つと、駆け出していた。その後を追う浜崎と、川嶋だった。

「フフフ……。では、我々も参りましょうか寺本さん……。年寄りは、タクシーでね」

 志垣が、寺本に狡猾な笑みを見せた。

「あ、ああ……。そうですな、志垣さん……」

 寺本厳は頷いて、自分たちもホテルのスィートルームを後にした。

 

(次話に続く)

 

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(第72回目 祈り 3、)

 試合開始まで、残り25分――。赤坂シンフォニーホテルの最上階、1泊120万円の、ロイヤルスィートルーム。

 志垣智成はその部屋に置かれた、ゆったりしたソファで、ふんぞりかえってシェリーを飲んでいた。

「フフ……。わくわくしますねぇ、占い賭博……。競馬や競艇、マカオのカジノなど目ではないほど、楽しいゲームだと聞いてはいたが、まさか、ここまでどきどきするとは……」

 その言葉を、遠い眼をして聞き流す郷原。リビングに大型テレビモニターを置いて、試合開始を待つ志垣たちだった。

 その志垣はもう、勝った気になって、ふんぞりかえると、隣にいる郷原の肩に手を回すような仕草をしていたが、郷原は無表情なまま、刃物のような眼をして、まっすぐ前だけを向いていた。

 テレビモニターは今、裏デスの特設リングと、その周辺にバラバラと集まっている見物人たちを、固定カメラで映している。リングを取り囲むように、幾重にも、黒い頭と折りたたみ椅子が見えた。

 会場の生の音声も、わりとマイクが拾っているから、普通のボリュームの話し声だと聞こえないけれど、野次の大声なら、すべてここにも聞こえてくるはずだ。

 スタッフたちは、ぞくぞくと集まってくる、郷原の占い予想への賭けの状況を集計して、オッズにしていく作業に追われていた。あと10分で占い賭博の投票は、締め切りなのである。

 裏デスの、本当のスペシャルイベント――。ハンデボクシングが一般会員向けの見世物であるのに対し、ネット会員は郷原の占いが当たるか、外れるかこそを賭けにして楽しむ。本当は、こちらで動くテラ銭のほうが、莫大な利益を生んでいるのだ。

 裏デスはひとえに、郷原悟の占い賭博を成立させる実験場――、ゲーム盤のようなもの――。

 今夜の占い賭博、一番人気は、“勝者のみ的中”であった。つまり、郷原の占い通り、試合自体に勝つのは池田原口コンビだけれど、山本が倒れるとかいう予想は当たらないだろう、という予想だ。

「フフフ……。相変わらず、賭場では人気者だな郷原。会員専用闇のコミュニティサイト、“裏デス掲示板” には今、お前を支持する書き込みが、何百通と寄せられている。昔のオグリキャップみたいだ。応援馬券ならぬ、応援占い券が、飛ぶように売れている……」

 部下が操作するパソコンの手元を覗きながら、紳士風の顔だちの寺本が、嬉しそうに呟いた。

「そりゃあどうも……」

 ぶっきらぼうに返事をして、シェリーを煽る郷原だった。

 ちなみに、2番人気は、“勝者・状況ともに外れ”であった。やはり、橋爪勝利は揺るがないし、その他の状況だって、セコンドの山本が倒れるなんかあり得ないよ、という見方。

 以下、“勝者・状況ともにパーフェクトに完全的中” が3番人気、“勝者は外れるが状況だけ的中する” が4番人気、そんな勝ち馬投票券ならぬ、“勝ち占い投票券” の売れ行きであった。

 モニターの中には、すでにセコンドの山本と、池田が映り、原口と橋爪はもう、それぞれのコーナーに寄って、膝をほぐしたり、肩をほぐしたりしている。

 こんなアングラな地下の、薄汚い賭場である。選手入場の華々しい花道など、あろうはずもない。まるで田舎町の高校のボクシング部みたいに、少し無様な感じで、淡々と原口、橋爪は、試合が始まるのを待っていた。

「しかし、郷原さんは立派だ。私は、占い師などという連中は、どいつもこいつも無責任だと思っていました。でも、郷原さんは違う……。こうして、自分の占いに責任を持つのだから、あなたは立派だ。おためごかしの占い師どもは、みんな郷原さんの姿勢を見習うべきです。これでこそ、ウソのない態度というもの。世間の奴らは生ぬるい。郷原さんみたいになれないのなら、取り締まるべきだ、占い師など……。国家公安委員会はなにをやっているんでしょうかねぇ、まったく。こんな社会悪を取り締まらないのですから……」

 志垣はすでに酔って、上機嫌だった。占い賭博の予想自体が終わっているから、あとは楽しく結果待ちをするだけだ。すでに勝った気になっているのか、黒服におかわりを注がせた。

 郷原は、ただ静かに絶望していた。コートの内ポケットに、いつでも手をかけられるよう、意識しておく。

(やっぱり、山本が自害するなんてあり得ない。ましてや原口が、なんの恨みもないはずの山本を刺すだなんて、あり得ない――。あのビジョンは、ウソのビジョンだ……。北山に心が傾いた俺が、戸惑いで瞬間、垣間見ただけの、偽りの未来――)

 拳銃のある位置を、しっかりと把握する。占いが外れた瞬間、この連中の目を盗んで俺は、心から笑って、弾丸を一発頭にブチ込むのだ――。

 やがて、会場のざわめきが収まった。すべての作業を終えたスタッフが全員、後ろ手に手を組み、モニター席の後ろに控える。全員が、大型の液晶画面を見つめていた。

 画面の中に、マイクを手にした城乃内貴章が現れる。一緒にいるのは、バーテン風の、黒服男。城乃内は、少し黒服と言葉を交わしてから、マイクを黒服に渡し、自分はリングから離れたバーカウンターのほうへと移動した。そこでゆったりと城乃内は、試合の成り行きを見物するつもりなのだろう。

 この会場にいる者たちは、郷原悟の占いの内容を知らない。郷原が、勝つのは池田と原口だが、妙な勝ち方をして、山本がなぜか死ぬような目に会うという占い予想を出したことを、全員が知らない。

 当然、城乃内も――。赤坂の占い賭博会場と、六本木のデスマッチボクシング会場は、完全に隔たれていた。

 やがて、ルールの説明が、黒服より行われる。試合は、1ラウンド2分、インターバル1分の、ラウンド無制限デスマッチ。

 1ラウンドのゴングが鳴った瞬間、山本は、そのラウンド中、橋爪が殴打する回数を決める。ボタンを押さない、という選択ももちろんありだが、上限は1ラウンドにつき20回まで。

 一方の原口は、ラウンド開始前に獲物を選択。途中で獲物を持ち替えることは出来ない。ヒットアンドアウェーである。つまり、一度橋爪に命中したら、連続技を繰り出してはいけないことになっていた。池田は原口の刃物なり、木刀なりがヒットしたら、青い札を出すか、それとも出さないかを決めるることができる。

 青札が上がらないときはストップ。これ以上攻撃するなの意。青札は、そのまま攻撃しつづけろの意。一度上げた青札はラウンドが終了するまで変更できない。だから、一度出してしまったら、そのラウンド中原口は、橋爪に対して背中を向けることができなくなる。もし向けてしまえば、ペナルティとして、次のラウンドは獲物を使えないというルールだった。

 ぼんやりモニターを眺めていた郷原の眼に、黒服がルールを読み上げたあと、山本が手を上げる様子が映った。思わず視線が止まる。

「おい、聞こえないぞ音声! 山本の声を拾えっ!」

「は、はいっ……!」

 郷原の怒鳴り声に、すぐにアンプに繋いだコントロール・パネルを、微調整するスタッフであった。ツマミを回し、ケーブルを確認して、なんとかソファの郷原たちに、リング周辺の音声が流れて来た。かなりノイズ交じりで、聞き取りにくかったが、山本はルールの確認を取っていたようである。デスティニーのスタッフからマイクを受け取ると、口元に近づけて発言していた。

「……………と、いうことですか?」

 山本の声だ。

「ああ。そうだ。セコンドが試合を降りるとか、辞めるといったことは認められない」

「そうですか……。じゃあ、試合はどうしたって、やるしかないんですね……」

「当たり前だろ?この期に及んで、降りるなんてこと許されるわけないだろう」

 さも当然といった感じで、黒服が言う。

「そうだ! ここまで来て中止だなんて、寝言言うなボケ医者!」

 野次る観客の声を背中で受け止めて、山本は猶も食い下がった。

「じゃ、じゃあ、たとえば試合中、酔ったお客さんに襲われたりとか、心臓発作が起って倒れたりして、セコンドの僕や池田さんが戦えなくなったら……? そのときはルール上、どうなるんです?」

「そんなこと起こるわけないだろう。なにくだらないことを聞いている」

 黒服が、バカにしたように切り返したが、それでも、そこから逃げない山本だった。

「いいや……! 未来のことなんか、誰にもわかるもんかっ! ここにいる誰が、10分後に急な心臓発作を起こさないと言い切れる?! 大地震が起らないと言い切れる?! どうなんだよっ! ええ?! セコンドにもしものことがあったら、試合は続行なのか、それとも中断なのか、きちんと明確にしろっ!」

 会場が、ざわめいた。黒服は判断に困って、支配人城乃内のほうを見た。すかさず、会場内のスタッフが、バーカウンターに腰掛けてリングを見ていた城乃内の元へと走り、マイクを向ける。城乃内は、おいおい……!と少し注目されたことに照れたように肩をすくめると、マイクに口を寄せて発言した。

「そうだな。まぁ、セコンドにもしものことがあったら、そのときは相手チームの勝ちってことでいいんじゃねぇのか?」

「そうですか。わかりました。セコンドが続行不能になれば、試合は終わって勝敗もつくと。そういうこと……。フフ……。了解です」

 ようやくこれで気が済んだのか、山本は静かにマイクをスタッフへと返すと、橋爪のいるコーナーポストの下に、腰を落ち着けた。

 山本をなだめるように、橋爪がなにやら囁きかける。やはり、マイクの音声は拾うが、普通の会話というのは聞こえない。

 たぶん橋爪が逆に、山本に指示を与えているのだろう。落ち着けとか、恐れるなとか、そういうこと――。橋爪のほうが、山本をリードしているのがわかる。やはり、チャンプの矜持なのだろうか。

 橋爪は、モニター越しに見る限り、落ち着き払っていた。

 やがて、野次や口笛、拍手が響いて、ついに第一ラウンドが始まった。志垣も寺本も、モニターを食い入るように見つめている。

 郷原は、モニターの前にいるのが辛くて、立ち上がると、ひとり窓辺へと向かった。

 ふと、傍らに人影――。夜景を見つめていた郷原の隣に、川嶋が立っていた。

 

(次話に続く)

 

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(第71回目 祈り 2、)

「な、なぜキミが、ここに……?」

 キャップを目深に被り、フリースのポケットに両手を突っ込んだまま、山本は言った。

「フフ……。提案がありましてね、お二人に……」

 不敵な、力強い、それでいてどこか張りつめた山本の声。池田と原口は、緊張して身構えた。

(この期に及んで小細工など、されてたまるかっ……!!)

 そんな態度だった。

「まぁ、そんなに身構えないで。こんな勝負、間違っていると思いませんか、理事長……」

「………???」

 山本が言わんとすることが飲み込めなくて、池田と原口は顔を見合わせた。ずかずかと、ロッカールームに入り込んだ山本は、室内の中央に置かれた、会議用の長テーブルの前の、パイプ椅子へと勝手に腰掛ける。テーブルの上には案の定、これから試合で使われる刃物、木刀、竹刀などが置いてあった。ドライバーやピンセット、木屑などの工作のあとまで残っている。。

 やはり……。こんなに無造作に獲物を、試合前から控え室に置かれては、細工をしない手はないだろう。

「フフフ……。勝とうと必死ですねぇ、二人とも……。フフフ……」

 テーブルに置かれた獲物を、手に取って笑う山本。

「何しにやってきたっ!! お前の作戦になど乗らないぞっ!! 帰れっ!! それに触るなっ!!」

 そういって、声を荒げ、テーブルの上の獲物や、道具類をかき集める池田である。山本が笑いながら手にした30㎝の短刀も、手からもぎ取った。しかし山本はマイペースである。

「いいんですか?僕は、全員が無事に怪我ひとつせずに、カネを掴める方法を、提案しに来てやったのに……」

「な、なんだと……?」

 池田がその言葉に、警戒と関心の入り混じった眼で、山本を見つめた。不敵な笑いで肩を震わせ、提案を切り出す山本である。

「間違ってるでしょ?こんな勝負なんてねぇ?原口くん……」

「……なにが言いたいんだ、あんた……」

 山本は、立ち上がると、一歩前へと踏み出して原口を見た。

「フフフ……。要するに、結局みんなカネだってことさ」

「カネ………?」

「ああ。原口くんも理事長も、橋爪さんも、みんなカネ、欲しいわけでしょう?」

「そ、そりゃあ、そうだけど……」

 窪んだ青白い頬を汗で濡らした原口が、伏目がちに本音で頷く。その全身からは今日の試合への、自信のなさが窺えた。

「だったら、みんなで示し合わせて、八百長にしませんか」

「な……、なに……??」

 池田が、山本の思いがけない言葉に眼を剥いた。

「僕は、昨日ひと晩中考えた……。どうしたらみんな、カネが掴めるのか……。そうして考えた結果、やっぱり、こうするのが一番じゃないかと……。示し合わせて、八百長試合にして、全員でカネを分配するんです、理事長」

「ううっ……、しっ、しかしっ! 昨日までのあの態度っ! あ、あれは何だった? あのやる気満々だった、強がってた態度は……」

「決まってる。あんなの、必死の芝居だ。ああいう態度でもしなければ、僕に再び自由は訪れない。逃げるチャンスも生まれない」

 山本は、今日の試合に不安そうな原口を見据えた。

「原口くん……。残念だけど、きみは橋爪さんには勝てないよ。いくらドスを持って戦うからって、向こうはプロだ。きみが無事に、この試合を終えて、カネを掴んで社会復帰する方法はただ一つ。みんなで八百長試合にすることだ。わかるだろ……? だから、手を組もうじゃないか、な?」

「うっ………」

 山本の言葉に、張りつめていた原口の神経は、激しく揺さぶられていた。それを見る、池田――。高速回転する脳――。山本のこの言葉……。信用していいのか……?

「は、橋爪は……? 橋爪は、八百長にすることを了承しているのか……?」

 池田が、疑心暗鬼の眼をして、山本のほうを見る。

 八百長にすることを承服させておいて、そのくせ、それを利用して付け入られたのでは敵わないと、池田は警戒しているのだ。

「ええ。橋爪さんにだって、家族がいる……。この試合が終わって、何もかも自由になったら、知人の建設会社で働くんだと言っていた。奥さんと子どもとで、人生をやり直したいと……。今、ここに橋爪さんが居ないのは、二人で控え室から抜け出してしまうと、バレるからです。橋爪さんは今、僕が池田さんや原口くんと話せる時間を作るため、室内でわざと物音を立てて、僕が控え室にいないのをごまかしている……。時間がありません。早く決めなければ……」

 原口と二人、山本を挟むように、唖然と突っ立っていた池田だったが、くるりと背中を向けると、自分もタバコに火をつけた。

 猛烈な計算……。信用していいのか? 山本のこの、提案を……。

「八百長するとして、しかし、どうやったら?それにカネはどうするっ……。私は正直言って、私のカネを4人で分配しようと言うのなら、この話は乗らない! 冗談じゃない、そんなのっ……!」

「フフ……。もちろん、そんなのわかってます。リスクは、言い出しっぺが背負うべきだ。僕が負けます理事長。だから、僕から取る5千万円を、原口くんや橋爪さんに、分けてあげて欲しいんです」

「な、なんだと?!」

 狂気の提案に、池田は眼をしばたたいた。原口も、口をぽかんと開けたまま、山本に見入っていた。

「し、しかしっ……! どうやって?? まさか、橋爪がガードを甘くして、自らこの原口に、刺されるとでもいうのかっ……??」

「いいえ。血を流すのは、僕ですよ理事長……」

「な、なんだと……?!」

「セコンドが続行不能になる、ということをたぶん、ここの連中は想定していない。そこに付け込むわけだ。僕が試合中に倒れたり、気絶したりすれば、不戦勝ということで池田さんと原口くんの勝ちになる」

「う、ううっ……!」

 池田と原口は、山本の提案に5秒ほど、考えただろうか。しかし、その間に二人の考えは、今の山本の提案は、やっぱりフカし、ハッタリだと思えてきた。

 だって、どこの世界に、八百長試合のために自分の命を犠牲にするアホがいる――?やっぱり作戦だっ!!俺たちの心理を撹乱する、何らかの作戦っ!!こんな提案になど、誰が乗るかっ!!

「バカがっ……!! フカしやがってっ……!! 出てけっ!! ちらりとでも話しを聞こうとした俺たちが、間違いだったっ!! 試合ではボコボコにしてやるからなっ!!」

 池田は怒り心頭といった感じで怒鳴ると、山本を突き飛ばしてドアのほうへと追いやった。そして、思い切り体当たりして、ロッカールームから追い出した。よろけた山本は、廊下に尻餅をついて、勢いよく締め出されたドアを眺める。

 そして、小さい声でひとりごちた。

「まぁいいや……。一応は、上手くいった……。フフフ……」

 そういって、つぶやいて、山本は微かに笑みを浮かべた。ともかく、目的は達成したのだ。あとは、試合開始前に観客たちの前で、言質を取るだけ――。そうすれば、悲しい橋爪さんや、原口くんが、殺しあわずに済む……。

 夕べホテルで一人、一生懸命つくったアレに、あとで気づいてももう遅いからな、池田――。

 山本は、一人ほくそ笑んだ。

 

(次話に続く)

 

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(第70回目 祈り 1、)

 首都高の高架が、六本木通りと平行に、どこまでも伸びていた。

 東京メトロ “六本木駅” を降りて、麻布方向へとしばし歩く。

 騒がしい交通と、人いきれを渡り、六本木らしい煌びやかな通りから、やや奥まった裏路地を進む。

 すると、大きな雑居ビルに飲み込まれるような格好で、鼻が曲がりそうなゴミ溜まりと、陰鬱な店が見えてくる。

 ビルの1階部分に “Destiny” と、ゴシック風の文字。その真下には、ペンキをベタ塗りしたように重厚な暗緑色の、ロダン作“地獄門”を真似た扉。中が何の店なのか、通り過ぎただけではまったくわからない外観である。

 その店の入り口は、こんな調子で、入るのをためらわせてしまうほど威圧感があった。退廃的で、いかにも野良犬や野良猫たちがたむろしそうな、悪徳の臭いを発散させていた。

 暗い藍色のライトが浮かび上がらせる、威圧感のある地獄門のミニ・レプリカを入ると、エントランス――。ネクタイをした黒服が、立っている。城乃内貴章がやってくると、黒服は「支配人、ご苦労さまです!」と頭を下げた。

 城乃内は、右手を軽く上げただけの挨拶をすると、店内へと通じるドアの中へ入っていった。その向こうには、激しいクラブビートと、眼もくらむような5色のライト、フラッシュが交錯している。

 ガラシャツの胸に金のチェーンを光らせた城乃内は、それなりに客が入っているダンスフロアを抜けると、その奥の階段室へ続く防火扉を開け、階段を地階へと降りていった。

 この階段は、“裏デス” の会員しか降りられない。この階段の先にある地下2階が、闇のゲームバー “裏デス” なのだ。

 階段をワンフロア分下りきると、また防火扉を開ける。その扉を入ってすぐに、小さな支配人室があって、その奥には、広々とした薄暗いホール――。ホコリっぽくて湿気ていて、殺風景なそこには、ビリヤード台と、ロープを張られた小汚いリングがあった。

 今、この時間はまだ、通常営業の時間帯だ。数十分後にはメインイベントが始まるが、まだ少し早いせいか、フロアをうろつくお客の数はまばらである。

 しかし、今日のメインイベント“ハンデボクシングデスマッチ”が行われる直前になれば、5、60人は集まってくるだろう。

「ボチボチってところか……。ククク……」

 城乃内は、会場の客の入り具合を見渡してから、支配人室へと入っていった。これから寺本組の使い走りが、店で使う現金を運んでくる時刻なのだ。

 それを見届ける、キャップを目深に被った男。

 窺うように、見つからないようにキョロキョロすると、彼は、ハンデボクシングの試合に参加する池田と、原口の控え室を探した。

 ハンデボクシングの試合開始まで、残り50分を切っている。男は、最後の望みをかけた作戦に出ようとしているのだった。

 そのとき池田は、原口と同じ控え室の中、習ったばかりのフットワークの練習を、この期に及んでまだやっている原口を、腕を組んで眺めていた。

「おい、そろそろ止めたほうがいいぞ。試合前に動き回って、体力を消耗させてどうする」

「うるさい!! 僕が戦うんだっ!! 僕の勝手だろっ!!」

 そう言って原口は、姿見の前で執拗にイメージトレーニングを続けていた。全身が緊張感でピリピリと殺気だっている。池田は、チッと舌打ちすると、その原口を見つめたまま、、思案を巡らせた。

(原口の貧弱なボディ――。とても、橋爪から逃げ続けられるスタミナがあるとは、思えない……。さて、どうするかな……)

 これから始まるハンデボクシングは、1ラウンド2分、インターバル1分の、ラウンド無制限デスマッチである。しかし、3ラウンドも原口が持つかなぁと、常連のお客たちはほとんどが思っていて、今日の原口のオッズは、異常な高騰ぶりを示していたのであった。

(試合開始から恐らく、原口は、すぐにコーナーに追い詰められるはずだ……。しかし、問題は山本……。山本が押す、橋爪のパンチ許容回数ボタン……)

 今度の試合の趣向は、こうだ。

 山本は、クイズ番組のボタンのような箱を持って、セコンドに望む。リング上には、電光掲示板。そこに、山本が押したボタンの回数が表示され、チャンピオン橋爪は、そこに表示された回数しか、原口を殴打できないルールである。

 もし、打撃回数をオーバーしたり、逆にラウンド中、ボタンが押された回数の打撃を消化できなかった場合は、即、橋爪の負けということになる。ちなみにヒットしなかったパンチは、カウントされない。あくまでも、相手にダメージを与えるパンチの数を、山本が決めるのである。

 一方、原口に用意された獲物は4つ。50㎝の木刀、50㎝の竹刀、30㎝の短ドス、50㎝の長ドスで、この4つ全部を最低1回は使わなければならない。それぞれの獲物は最大3ラウンド使用までで、それを越えて使い続けることができるのは、試合がそれ以上にもつれ込んだ場合の、最後に手にした獲物だけだ。従って殺傷力の弱い竹刀、木刀で、各1ラウンドずつは持ちこたえなければならないのだ。最後に手にした獲物で、最後まで戦わなければならないから、決め手はやはり、50㎝の長ドスになる。最初から使ってしまうと、3ラウンド経過で使用できなくなってしまうから、もちろんこれを最後に持ってくるのが妥当だが、そうなると原口は3ラウンドは持ちこたえる必要がある。

 あるいは作戦としては、最大9ラウンドは長ドス以外で引っ張れるから、序盤はなるべく長ドス以外でしのぎ、橋爪が疲れてきたところで最後に本命を使う、という戦略もあるだろう。

 そして、1回獲物がヒットしたあとは、原口が連続技を繰り出していいのかどうか、池田が采配する。2回連続で刺すことを、自己判断でやってはいけなかったが、池田が手元の青い札を上げた場合には、容赦なく連続技を出して良いルールだった。ただしこれも、一度青札を上げたらそのラウンド中は相手に背中を向けられない決まりで、そうなったら原口はひたすら切り込むしかなくなる。背中を向けたら即ペナルティーとなり、次のラウンドでは一回、武器の使用ができなくなる。

 だから、ラウンド制限時間内での指示のタイミングが重要なのだ。

 そこを、どうするか――。タバコをくゆらせて、池田はひたすらそんなことを考えていた。

 そのときだ。コンコン、と、軽いノックの音。

「だれだ……?」

 いぶかしげに、音のした入り口のほうに、首を向ける池田。恐る恐る、安っぽいスチール製のドアをそっと、窺うようにごく薄く開けると、そこには、キャップを目深に被った男の姿があった。池田は、警戒して眼を細め尋ねる。

「誰だ……?」

「山本です、池田さん……」

「な……! なに……!! なんだと……?!」

 意外な人物の登場に驚き、ドアを掴んでいた池田の手が緩んだその一瞬を捉え、するりと、控え室の中に身をすべり込ませる山本。

 鏡の前でコンセントレーションを高めていた原口も、目を丸くひん剥いて、思いがけない客の訪問にうろたえていた。

 

(次話に続く)

 

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(第69回目 占い賭博 7、)

「フフフ……。苛立ったってダメです。生きるというなら、賭けなさい。だいたい、世間のやつらは占い師などという、いかれぽんちに甘すぎる……。人様に圧迫感を与え、人生を迷わせる予言をするからには、外したら責任をとらせるべきなのだ……。世の中の誰も、占いを糾弾しないから、世間にはバカな占い信者が溢れかえっているのです。私は、占い師は責任を取るべきだと思います。郷原さん、言い切る、信じるならば賭けなさい……。さぁ……!!」

「わかったよ……。んじゃあ、腕でもバッサリ取ってもらおうじゃねぇか……」

「右腕? 左腕?」

 ペンを取り出し、寺本と川嶋の目の前で、更に証文にしたためてゆく志垣であった。

「じゃあ、左腕だ」

 まるでふてくされた子どもみたいに、背中を向けて、ぶっきらぼうに言う郷原を、川嶋は、いたたまれない顔で見つめていた。

 カネのため、すべての責任を一身に背負うには、郷原の背中は繊細過ぎて、女性的だった。だから川嶋は辛くて、思わず顔を背けてしまう。見届ける責任が自分には、あるはずだと思いながら……。

 志垣は、投げやりな態度の郷原を見つめ、いたぶるようにニヤリと笑って言った。

「いいでしょう……。では、試合終了後1時間経ってもまだ、山本が生存していたなら、この志垣、さらに1億円を追加いたしましょう。あなたと違って私は、体を張るしかないドブネズミではありませんから、カネを賭けます。山本が死んだら、私の部下に居合い抜きの達人がいますから、その男をすぐにこの場に呼んで、あなたの腕を一刀両断させます。いいですね、ククク!!」

「…………………」

 ハンデボクシングのゴングまで、あと1時間と15分――。その試合が終わったとき、まさに運命が明らかになる………。

 郷原は苛立って、人のいる場所から離れた窓辺に立つと、珍しく2本目のシガーに火をつけた。

 そして、考える……。占いは終わったけれど、なんとか山本を救えないものかと、考える……。昨日からわからない、あの山本の、最後の明るさ……。いまどき珍しいあんな人間を、こんな薄汚い賭博で死なせるわけにはいかない……。家族の元に、無事に帰してやりたい――。それがせめて、自分にできる精一杯のこと――。

(そうだ……。さっき垣間見えたあの映像――。あの映像は間違いなく、山本が倒れている映像だった。しかしなぜだ……? なぜ、山本が倒れなきゃならない……?

 倒れる――。倒される――。あるいは、刺される――。刺される?? 誰に――??)

 刃物……。池田、原口、橋爪、山本の4人のうちで、刃物を持っていいのは原口だけだ。

(ということは、原口が、山本を刺す――?? どうして……。しかし、考えられるとしたら、山本が自分で自分を刺すか、原口が何かの理由で山本を刺すとしか……。そうとしか、考えられない……)

 しかし山本は、自分で自分を傷つける術を持たない。どう考えてもそうなのだ。昨夜山本は、城乃内の部下につきっきりで監視されていた。ホテルの部屋の中には、ハンデボクシングを円滑に終わらせるために、刃物や凶器になりそうなものは、一切置いていなかったはずだ。山本の所持品もすべて、ホテルに入るまえに、城乃内がチェックしている。だとすると……。

(山本が自分で自傷する、自殺を選ぶという可能性は、ありえない……。どうにかして、凶器を調達する以外には……。冷静に考えればそうなんだ。なのに俺は……。山本が、自分で死ぬ覚悟を決めていると、勝手に思ってしまっていた――)

 郷原の心が、真っ二つに張り裂けそうだった。

(もしそうだとしたら、山本が、刺される――? 誰に? 唯一凶器を持っている、原口に――?? 原口が、山本を刺すのかも知れないということなら、占いは外れる……)

 まず、その恐怖が郷原の体を包んだ。

(だって、どうして原口が、山本を刺さなきゃならない? 動機がない……。追い詰められた弱者の原口がキレて、橋爪以外に池田や、支配人の城乃内を刺す、というのなら、動機もなんとなく掴める気がするが、なぜ、まるで接触のないであろう山本を刺すんだ……?)

 郷原はシガーを咥えたまま、ゾッと恐ろしくなって、自分の右腕で、自分の上体を抱いた。

(ま……、負ける……。今度こそ……。あのビジョンは、気の迷い……。当たる気がしない、今回ばかりは……)

 思わず呟く郷原だった。なぜこんなにも心が弱っている……?

[北山あかりを、愛したからさ……]

 また、頭に響くもう一人の自分の声……。

[わかっていただろう? 誰かを愛してしまえば、もう自分ではなにも決められなくなると……。わかっていて、なぜ腕に抱いた……? 頬を寄せた……?体中で野良猫の呼吸を感じていた……?)

「うるさいっ……!!!」

 自分の声を振り払うように、激しくかぶりを振ると、たまらず郷原は、さっき脱いだトレンチコートを探す。

 クローゼットの中――。夢中で、コートの内ポケットをまさぐった。すぐにわかった、あの硬い感触――。郷原のお守り――。

 これを身に付けていないと、とてもじゃないがこれ以上、正気で居られない。まだ濡れたままのコートを羽織る。拳銃を抱いていないと、不安で仕方がなくて……。

「どうしたよ郷原。そんな濡れたコートなんか、また羽織りやがって。言っておくが、山本に、試合開始前のアドバイスをしに行くなど認めんぞ。お前の気持ちが山本に寄っているのは、わかっているがな……」

 刻々と集まる占い賭博のオッズに、眼を輝かせながら、寺本厳がちらりと郷原を見た。

「……そんなんじゃありません、そんなんじゃ……」

 郷原は、うつむいて否定した。

[ウソだ……]

 また、心の声……。

[ウソだ郷原……。助けたいくせに……。山本を死なせるくらいだったら、いっそ占いなど外れたほうがいいと思っているくせに……。しかし、山本が生きればお前は死ぬ……! あとは神に任せるしかない……。占いが、当たるのか外れるのか……。皮肉なものだな! 運を弄ぶ占い自体が、また運任せであるという、この真実……! ククク……! 占いが当たるか外れるかそのものを、占い師は見抜けないのだから……! ハーッハッハ……!]

「黙れ……!! 黙れっ……!! うるさいっ!!」

 郷原はよろよろと、モニターから離れて一人、東京の夜景を見渡せるガラスの窓辺に近づいた。耳の奥に、吹雪の唸り声が響く。

 今頃、親子3人、寄り添いあって暮らしたあの海辺の町は、雪に閉ざされているのだろうか――。

 そう思いながら郷原は、夜景のかなたになぜか、北山あかりの姿を探していた。

 

(次話に続く)

 

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